野球場の方から、野球部たちの声と球を打ち上げる固い音が遠く響く。
練習を一時中断し、輪になってこちらの話に耳を傾ける雷門イレブンたちに、吹雪は引き結んでいた唇をゆっくりと開き語り始めた。
フィフスセクターのサッカーは間違っていると、白恋も一度反旗を翻したこと。
雷門のように、勝つことでそれを証明しようとしたこと。
しかし現実は非情で、強力なバックアップもない白恋の反乱を、フィフスセクターは易々と許しはしなかった。
始めに侵食されたのは、外堀から。学校周辺の情報操作から始まり、教師たちへ。
雪に染み込んだ毒は奥深くその手を伸ばし、吹雪が気付く頃には、白恋の選手たちのほとんどはフィフスセクターの思想に取り込まれている状況になっていたと言う。
「そして僕は──聖帝に刃向かう反乱分子として、白恋中を追放されたんだ」
「そんな……!」
項垂れる吹雪に、天馬は絶句する。
元イナズマジャパンの吹雪がコーチを勤めるチームとならば、真剣な勝負が出来るかもしれないと期待を膨らましていたのだ。
「だけど──」痛ましい視線を受けながらも、吹雪は顔を上げる。
「白恋中にはまだ、フィフスセクターに取り込まれていない選手たちがいる。僕は彼らを……白恋中を何とか救いたい」
吹雪の目に映るのは、フィフスセクターに反旗を翻した雷門イレブンの選手たち。
この数年、誰もが見て見ぬ振りをしてしようともしなかったことを成し遂げようとしている、可能性≠セ。
「お願いだ、雷門中のみんな。白恋中を、フィフスセクターの手から解放してほしい!」
「吹雪……」
深く頭を下げた吹雪に、円堂が眉を下げる。
教え子たちを救うために必死な吹雪の心が、痛いほど伝わってくるようだった。
「君たちの力が必要なんだ……革命の風を起こしている、君たちの力が!」
天馬たちは顔を見合わせる。
誰が何を言わずとも、全員の心は既に決まっていた。
「……俺たち、やります。必ず勝って、白恋中を解放します!」
神童の凛々しい声に、吹雪はハッと顔を上げる。
「ありがとう、みんな……!」闘志の籠った瞳でこちらに頷いて見せた雷門イレブンに、吹雪はぐっと唇を噛み締めた。
しかし。
「──だけど……」
「……まだ何かあるんだな、吹雪」
言葉を濁した吹雪に、鬼道が眉根を寄せる。
疑問の視線を受け、彼は小さく頷くと、言いにくそうに続けた。
「今の雷門では、白恋中に勝つのは難しい。あの絶対障壁≠破らない限り──」
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「それで……絶対障壁って言うのは、どんな必殺タクティクスなんだ?」
場所を変え、サッカー棟ミーティングルーム。
子供たちと同じ目線、同じ席に着いて尋ねた円堂に、吹雪は春奈の準備してくれたデータを映した大画面を指で指して見せる。
「絶対障壁は、中央に選手を集中的に配置することで、極限までDF力を高めた必殺タクティクスなんだ」
三層になったDFの壁は、正面から突き破ることは十中八九不可能である。
恐らくアルティメットサンダーも通用しない──その言葉に、一番後ろの席に着いた剣城が僅かに険しい顔をした。
「そんなのにどうやって戦ったら良いんですか?」
あれだけ苦労して作り上げた自分たちの必殺タクティクスも通用しないと言われれば、元来ネガティブである速水が真っ先に不安を隠しきれない声で言う。
「絶対障壁を破るには、より強力な必殺タクティクスが必要なんだ」
「……1つだけ手がある」
吹雪の言葉に続けたのは鬼道だ。
簡略されたフィールドの描かれた画面に、両サイドに空いた隙間へタッチペンで矢印を書き込む。
「絶対障壁は中央に選手を集めるから、必然的に両サイドが手薄になる。サイドから攻め上がることが出来れば、勝機はある」
「そうだろう?」確認を取った鬼道に、吹雪は頷いた。
白恋のコーチだった頃はその弱点が唯一の癌だったが、今となっては皮肉なことに、それが教え子たちを救う突破口になろうとしている──内心は酷く複雑だろう。
「つまり、絶対障壁を破るための必殺タクティクスを作らなきゃならないってことですか?」
手を上げて尋ねた依織に鬼道は頷いたが、その表情はどこか優れない。
「どうしたんだ?」と首を傾げた円堂に、彼は少しずり落ちたサングラスを指で持ち上げる。それに答えたのは吹雪だった。
「絶対障壁を振り切るほどの俊足と、突破するの決定力を兼ね備えた選手が……2人必要なんだ」
「俊足と、決定力……」
反復した神童が、顎を指で支える。
その考えが至る前に、倉間が口を開いた。
「剣城と天馬がいるだろう。こいつらは足も速いし、何より化身が使えるじゃないか」
「ああ、成る程」
それなら条件に合っている、と速水が手を打つ一方で、浜野がちょっと待って、とそれを止める。
「倉間、お前はどうすんのよ?」
「囮になる。丁度こっちには良さげな餌があるしな。なぁ、鷹栖」
ぐい、と倉間が指差したのは依織だ。
話題性で言えば、依織の注目度は今大会でもトップクラスだろう。加え、海王戦で見せた鬼のような怒濤のプレー。魅せ様によっては、最強の囮≠ノもなり得る。
依織はギシ、と傾けていた椅子を元に戻し、ニタリと笑って見せた。
「良いですね。エビで鯛を釣る──そう言う戦法も嫌いじゃないですよ」
「それに、DFを中心に引き付ければ、こいつらも攻めやすくなるだろ」
「倉間先輩……」肩を竦めた倉間に、天馬が少しばかり感動の視線を送る。
それを後頭部に受けてか、一瞬で不機嫌になった倉間はじとりと天馬を睨み付けた。
「勘違いすんなよ。勝つためには、それが一番だと思っただけだ」
「は、はい……」
何か言う前に釘刺され、天馬も苦笑するしかない。
白恋中との試合まで残り8日。彼らに残された時間は少ない。円堂は勢い良く席を立つ。
「よし! 絶対障壁を破る必殺タクティクスを、試合までに完成させるんだ!」
「はい!!」
拳を突き上げた円堂に続き、どやどやと雷門イレブン一同はミーティングルームを後にした。
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両サイドを攻めるからには、正面に要を置くわけにはいかない。
新タクティクスは試験的に天馬と剣城を両サイド後方に置き、その前方を囲うように何人かが盾になるフォーメーションを組むこととなった。
「まずは、天馬と剣城の連携を確実にすべきだろう。頼んだぞ、2人とも」
「はい!」
円堂に頷いて見せた2人が、春奈の鳴らすホイッスルを合図に走り出す。
左右交互にパスを重ね、更にひとつごとに加速する──言葉で説明すれば簡単だが、実際にやるとうまく行かない。
「来たぞ……止めろ!!」
ゴール前に立つ三国の声に、敵役のDFたちが天馬たちの前へ立ちはだかった。
パスを重ね加速する。どちらがボールを持っているのか判断させる前に、マークを振り切り壁を突破しなければならない。
「でやぁッ!!」
DFの間を掻い潜った剣城がシュートを打った。すぱっ、と空を切り裂き三国の手に収まったボールに、天馬が目をしばたく。
「あーあ……」
「惜しかったね剣城、もうちょっとだったのに……」
「──いや、全然ダメだ」
天馬の足元に寄ってきた信助の言葉は、すぐさまボールを抱えた三国に否定された。
三国はフィールドにボールを投げ入れながら、2人に──剣城に向かって続ける。
「DF陣を振り切ることに気を取られて、しっかりとした体勢でシュートが打てていない。この程度じゃ、ゴールは破れないだろうな」
「く……」
恐らく剣城もそれを肌で感じていたのだろう、悔しげに眉根を寄せて、転がったボールに舌打ちした。
「しっかりしろよー、剣城。お前らがちゃんとやんないと囮だって機能しねえんだから。ね〜倉間先輩」
「おう。気ぃ抜いてるとしばくぞ、2人とも。シャキッとしやがれ」
「……分かってます」
肩を並べた囮役≠Q人に、剣城は少し拗ねたようにそっぽを向く。
その光景を遠目に見た浜野と速水は、「なんて励ますのが下手な2人だ」と他人事のように思った。
倉間は素だろうが、依織はわざと煽るような言い方をしているようにも聞こえる。
「確かに、難しい必殺タクティクスだけど……乗り越えられない壁なんて、ない!」
「もう1回やろう剣城!」ぎゅっと拳を作った天馬のやる気に溢れた声が、スタジアムに響いた。