68

窓の外で小鳥が囀り続けている。沈黙が空間を占める中、天馬と葵、そして剣城は、辛抱強く依織が口を開くのを待っていた。

「つっても……一体どこから話すべきなんだか」

少し乱れた髪を何となく指で弄びながら、依織は呟くように言う。
事実、彼女自身どう説明すれば良いのか分からないのだろう。珍しく表情に困惑の色を滲ませながら、依織はゆっくりと頭の中から言葉を選び取っていった。

「──私、九州に住む前は、稲妻町に住んでたんだ」
「えっ、そうだったの?」

反射的に口を挟んだ天馬の脇腹を、葵の肘鉄が襲う。
くぐもった呻き声を漏らして俯いた天馬に、依織は一度空咳をして気を取り直した。

「……お父さんは仕事一辺倒で、あまり私の面倒を見てくれなかったんだって。だから私は、お母さんが入院したのを切欠に親戚の家に預けられた。それが御鏡家……織乃姉さんの家だった」




依織の母は、名を美織と言う。
彼女は元々体が弱く、子供を産んだその年から更に虚弱体質に拍車が掛かり、依織が物心ついた頃には入院生活を余儀なくされていた。
仕事人間だった依織の父は、彼女が入院してからより一層仕事に励むようになった。恐らく日に日に弱っていく妻を見ていられず、何か違うことに没頭していたかったのだろう。不器用で、人と接するのが苦手なワーカーホリック。彼はそう言う人間だった。

子育てに関して夫は頼りにならなかったが、幸いなことに美織には年の5つ離れた姉がいた。
姉は子育てに慣れていたこともあり、姪である依織を可愛がってくれていたので、美織は彼女に自分の娘を預けることにさして抵抗はなかった。

そうして依織は、御鏡家に預けられた。FFIが終了して数ヶ月後──彼女が3歳、織乃が14歳の頃のことである。
優しい叔母夫婦と、4人の子供たち。しかし、多くの人に囲まれても、幼い依織の心は晴れなかった。まだたったの3歳。親に甘えたい年頃だと言うのに、母は病室から出られず、父も仕事から戻らない。
依織は寂しかった。けれど、それがどうしようもならないことだと幼いながらに肌で感じていたから、何も言わなかった。

太陽と出会ったのは、そんな時だ。
御鏡家の隣人だった雨宮家に、依織と同じ年頃の子供がいると知った叔母が彼と引き合わせてくれたのが切欠である。
当時から太陽は体が弱く入退院を繰り返してはいたが、それでも今よりは元気が良かった。天気の良い日は、いつも太陽と遊んだ。依織は少し、寂しくなくなった。

しかし、それも長くは続かない。
美織の病状が悪化したのは、依織が御鏡家に預けられた約半年後のことだった。
日に日に弱っていく母を、依織も感じていたのだろう。見舞いで母と会っている時は明るく振る舞っていても、家に帰ると寂しさがぶり返して塞ぎ込んでしまう。

何か、夢中になれるようなことがあれば。
そう考えた織乃が依織に差し出したのが──サッカーボールだった。

丁度太陽がサッカー好きだったこともあり、依織はあっさりと、まるでそれが当然であったかのようにサッカーにのめり込んだ。
ボールを追い掛けている間は、ただそれだけで頭が一杯になる。寂しいことも悲しいことも、忘れられる。
拙いプレーだったが、依織はそれでも楽しかった。母と離れている間は、彼女にとってサッカーが一番の拠り所になったのだ。

『ねぇおかあさん、サッカーってしってる!?』

美織も、依織が自分のせいで塞ぎがちになっていたことを知っていたのだろう。
ある日サッカーボールを抱え顔を輝かせてやって来た依織の話を、美織は延々と笑顔のまま聞いていた。

『依織の将来の夢は、サッカー選手かな?』
『うんっ! たいようといっしょにね、シュートうって、ゴールとるの!』
『そっかぁ。そうなったらお母さん、依織の応援に行くからね』

その時の母の表情は、よく覚えていない。ただ、その言葉と声だけが、鮮明に残っている。
──美織が亡くなったのは、それから数ヶ月後のことだった。

強くて素敵な女の子になってね、依織。
そんな遺言を、一人娘に残して。




「──変な話だよな。お母さんの記憶なんてほとんど忘れちゃったのに、その言葉ばっかりハッキリ頭に残ってる」

写真立ての縁を撫でながら、依織はぼんやりと言った。
まだ元気だった頃の美しい母と、写真慣れしていない強張った表情の父。そして母の膝に座っている小さな自分。手元にある、唯一の家族写真。

「覚えてないことも多いけど……有兄さんたちに会ったのもその頃だったかな」

愛する妻を亡くした父は余計自分の殻に閉じこもり、そんな状態の人間に小さな子供を任せられないと判断した叔母は、彼が立ち直るまで依織を預かり続けることを決めた。
織乃は完全に塞ぎ込んでしまった依織が少しでも早く元気になれるように、鬼道や友人たちに彼女を指導してもらえるように頼んだ。サッカーが依織の拠り所であることは変わらなかったからだ。

弱音を吐いても泣き言を言っても鬼道のスパルタな指導は揺らがなかった為、その頃から負けず嫌いだった依織もムキになって無我夢中にサッカーに打ち込んだ。それが返って彼女を早い内に立ち直らせる切欠になったので、結果オーライだろう。

依織はただ、一心不乱に強さを求めた。
強くなる。ただ僅かに残った母との約束を果たすために。

「それから小学校に上がる直前に、お父さんも大分元気になって……」

転勤に伴い、父は最愛の妻との──家族との思い出の残る家の所有権を御鏡家に預けた。いつかこの町に戻ってきたときの為に。悲しい過去とも向き合うために。
泣きじゃくって別れを渋る太陽と手紙を交わす約束をして、 依織は父と共に稲妻町を離れた。
それが今から6年ほど前のことである。

「──と、まぁ……この辺りまでが、前置きなんだけど」
「…………ん? えっ、前置き!?」

静かな語り口から一転、軽く言ってのけた依織に、天馬たちの反応も一瞬遅れてしまう。
「そう、前置き」上体を少し後ろに倒して、依織は疲れたような大きな溜息を吐いた。

「実は私さぁ、お父さんにサッカーすんの反対されてんだよ」
「ええっ、何で!?」

天馬と葵が同時に立ち上がって叫ぶ。剣城は少しだけ目を見開いていた。
やっぱりそんな反応だよな、と彼女はある程度予測していたようで、呟きながら写真立てを机に置く。

「天馬たちには前言ったけど、私も小さい頃は結構体弱くてさ。今は鍛えたから全然そんなことないんだけど、お父さんの中の私ってその頃から変わってないらしくて」

娘が一番孤独な頃に、自分のことで精一杯で構ってやれなかった罪悪感があるのだろう。父は依織に対し過保護になっており、彼女がサッカーをすることにずっと難色を示していた。

お前は女の子なんだから、もっとお淑やかになるべきだ──それが昨今の父の口癖だ。
年々少しずつ母と面影の似てきた娘が、汗と泥にまみれてボールを追い掛けること自体が嫌だったのかもしれない。

「でも、お前はそんな理由で納得なんて出来ないだろ」
「当たり前じゃん。あんまりうるさいんで、あっちではよくこっそり地元のサッカークラブに混じらせてもらってたよ。でも……」

小さい頃から鬼道たちに指導を受けていた依織のセンスは、クラブの中でも飛び抜けていた。
しかし彼女は正規の選手ではない。当然、それを良くないと思う人間も出てくる。 クラブには男子しかいなかった為、女のくせに強いなんておかしい、と言い掛かりを付けられることもよくあることで、いつの間にかそれに対してやり返すことが日常になった。

「でもその内お父さんにクラブのこともバレて、余計サッカーに反対されるようになっちゃって……」

問答無用でクラブの出入りを禁止されても、父のいない間は独りでこっそりボールを蹴った。
相手のいない壁に向かって跳ね返るボールを蹴り続けることはとても寂しく、虚しいだけだったけれど。

「(そう言えば、喋り方を変えたのもその頃だったけ)」

女のくせに、と性別を理由に差別されることに腹が立って、ならば女らしさを捨てようと思った。
喋り方を変え、髪型を変え、服装も中性的な物を好んだ。上辺だけでも、どうにか強く見せたくて。
父は様子の変わった娘に多少訝しんではいたが、依織がサッカーに関わらなくなったことに安堵したのか(実際はそんなことはないのだが)、大して気には留めなかった。

「──今のサッカーがおかしいって気付いたのは、5年生の頃だったかな」

サッカーをすることを許さない父から逃れられる機会は、決してなかったわけではない。
毎年御鏡の家に泊まり掛けで遊びに行く夏休みの間、依織は思う存分サッカーが出来た。太陽の見舞いも欠かさずに、2人でサッカーが出来ない時のことを愚痴り合った。

しかし、小学校5年生の夏休み。イタリアから帰国していた織乃と一緒に、その年のホーリーロードの特集番組を観ていた時のことである。
アップになった試合中の選手たちを見て、依織はその違和感を感じ取ったのだ。

『何かこの試合……気持ち悪い』

それから、彼女がフィフスセクターのことを知るまでに、さして時間は掛からなかった。
試合を管理し、人々に平等に勝利を分け与える組織。自分が自由に出来ないサッカーを更に規制されていることに腹を立てた依織は、自分もあの組織を討つ手助けがしたいと鬼道たちをどうにか説得し、フィフスセクターのスパイとのパイプ役として──革命軍に加入した。

そして約1年間。誰にも自分の使命を知られないよう、天馬たちにも御鏡家の人間にも──そして父にも、フィフスセクターと革命軍のことを隠し通して過ごした。

「だけどそれでも、雷門に通う許可は取らなくちゃいけない。まあ、案の定猛反対されたよ」

依織が雷門に通うため稲妻町に戻ることを父に告げたのは、その夏から半年ほど経った後のこと。
鬼道たちが手を回し稲妻町に移り住む準備は整い、叔母たちの協力も得て、根回しを完璧に整えた上で、依織は父を説得しに掛かった。
そうしないと、父はどんな手を使ってでも依織を稲妻町に戻らせることを許しはしなかっただろう。

『駄目だ。依織、お前は女の子なんだ。そんなことは、認められない』

それでも二つ返事で頷くことなど出来ず、父はそう言って頑として譲らなかった。
当然だろう。娘がよもやこの期に及んでサッカーと関わろうとしていたとは思ってもいなかったし、その上大きな組織と敵対しようとしているとあっては、そんなことは認められない。

しかし、依織はもううんざりだった。自由を制限されることも、若かりし頃の母と重ねられていることも。自分はただ1人の、鷹栖依織と言う人間なのに。
今思うと、面と向かって父に反抗したのはあれが初めてのことだったかもしれない。

『女の子だからとか、そんなの関係ない。私はもうずっと前から、こうするって決めてたんだ』

止めないで、お父さん。確固たる様子で自分を睨み付ける依織に、父はその時どう思ったのだろう。
父は鈍い眼で娘を見つめると、やがて小さく頭垂れ、唸るように言ったのだ。

『……そこまで決心が固いのなら、仕方がない。それならひとつ、条件がある』

それは、最初で最後かもしれない、父の譲歩。

「ホーリーロードで優勝すること=B……それがお父さんから出された、私がサッカーを続ける条件」
「優勝、すること……」

半ば呆然とした様子で、天馬は目をぱちくりとまたたかせる。順番があべこべだよな、と依織は呆れたように肩を竦めた。

「逆にそれが出来なきゃ、もうサッカーには関わるなとさ。……猶予をくれてやったつもりなんだよ、お父さんは」

父は依織がどれほどサッカーに熱意を傾けているのか知らない。知ろうとしなかった。彼女がどれほどの力と技術を培ってきたのかさえ。
そんな父の鼻を明かすことも、依織の目標のひとつになっている。

「──助けたくなくなった?」
「え?」

ふと、落ち着いたトーンで紡がれた言葉は、天馬に向けられたものだった。
依織は変わらず、何の感情も籠もっていないような表情をしている。

「ホーリーロードで優勝して、自分のサッカーを手に入れるため。それが、私がお父さんの元から離れてここにいる理由だ」

そしてそこに、社会の為や未来の為などと言う立派な理由はない。
全ては自分が好きだったサッカーを取り戻したいが為。自分自身の力で戦う為。

ともすれば、自分勝手で、自己中心的な──そんな理由。それを聞いても尚、天馬は自分の助けになりたいと思うか。依織はそれを聞きたかった。

「──そんなの、みんな同じだろ」

しかし、答えたのは天馬ではなく剣城だった。
立ち上がった彼は、実は教室を出る前に担任から預けられていたプリントで依織の頭を軽く叩いて──驚いた風の彼女を見下ろす。

「誰もそんな大層な理由持っちゃいない。ただ、自由にサッカーをしたいから……初めから、それだけだ」

俺だって、と極小さな声で付け足した剣城に、依織は目をしばたく。
一拍して、我に返った天馬もそうだよ、と頷いた。

「改めて考えてみると、このままじゃサッカーが悲しむと思ったから俺も戦ってるんだもん。革命とか選挙とか、今も正直よく分からないし……」
「まぁ、天馬はそうでしょうね」

「葵ぃ〜……」からかうように口を挟んだ葵に、天馬は鼻を挫かれたような顔になる。
けたけたと一頻り笑って息を整えた葵は、依織の隣にチョコンと腰掛けた。

「2人の言い分、聞いたでしょ? 私もおんなじ。依織に言いたいことは変わらないわよ」

「言いたいこと?」首を傾げる依織に、葵はにっこり笑って──

「依織のばかっ」
「あいたっ」

ぺちんっ、と軽く依織の頬を平手で打った。
突然のことに目を丸くする彼女に、葵はようやくすっきりしたと言わんばかりに長く息を吐き出す。

「今の話を聞いて、よ〜く分かったわ。依織はもっと、私たちに頼らなくちゃダメ! 何でも1人で解決しようとしないで、周りを見てよ」

だって、友達でしょ──囁くように告げて、葵は依織の肩口に額を押しつける。
分かって欲しかった。今の依織が孤独ではないことを。自分を始め、沢山の仲間がいることを。

そしてその思いは、伝わる。
指先の熱から、声から。依織は片手で、葵の頭を撫でた。その表情は、陰って見ることは叶わなかったが──

「──うん。分かった」

とても嬉しそうに、笑っているように思えた。

控えめなノックが部屋に響いたのは、葵が依織から離れた直後だった。しかしこの家で依織の部屋を訪れる人間など、1人しか存在しない。

「お茶とお菓子持ってきたんだけど……みんな、ショートケーキは好き?」
「好きです!」

扉越しに聞こえてきた織乃の問いにがばっと立ち上がった天馬に、「声がうるせえ」といつもの調子に戻った依織がクッションを投げつけた。




「おじゃましましたー!」
「……お邪魔しました」

3人が依織の家を出たのは、太陽が傾いて山々の向こうに隠れ始めた頃だった。
あの後、依織が織乃から借りたFFIのDVDを観始めたところ、時間が過ぎるのも忘れてうっかりのめり込んでしまったのだ。

「家の所有権をお姉さんのお家が預かってるから、鷹栖の表札が掛かってなかったんだね」
「でも、それなら何で御鏡の表札も掛かってないのかしら?」

天馬と葵が前を行く中、剣城は1人ぼんやりと宙に視線を投げながらその後ろを歩いていた。
言いたいことや思っていたことは、ほとんど天馬たちが代弁してくれた。しかし、だからこそだろうか。何かがすっきりしないのだ。腹の奥を、もやもやとした何かが覆っているような──そんな感覚が消えてなくならない。

けれど、今回の話を聞いて改めて思った。
彼女がああまでして虚勢を張る理由。天馬たちに、弱味を見せたくない理由。

依織は、強い存在でありたいのだ。サッカーの強さは勿論、心も、鋼のようでありたいと願っている。それも全て、母と最後に交わした約束を果たすため。
あの夜、誰かに守られるお姫様ポジションは嫌だと依織は語った。彼女にとって、今まで天馬たちは守るべき存在だったのだろう。何も知らない彼らが傷付かないよう、恐れないよう、何事にも動じない自分を作り続けてきた。

だがそれも、今日で終わりだと感じる。
依織はあの時笑っていたと、目に見えなくても感じることが出来たから。

「(……何だコレ)」

しかし、それでも靄の掛かったような感覚は消えない。首を傾げていると、ふと背中に視線を感じた。
その場で立ち止まり振り返ると、今し方出たばかりの玄関先に、織乃が佇んでいる。

「織乃さん……?」
「あ……ごめんね。見送りでも、しようかと思ったんだけど」

数歩剣城に歩み寄って、織乃はやや困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
天馬と葵が気付く様子はない。織乃はふいに目を細め、こんなことを尋ねて来る。

「──剣城くん。サッカーは好き?」
「え?」

それはまるで、確かめるような声音だった。
剣城は一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直す。依織は特に何も言っていなかったが、彼女もきっとフィフスセクターや革命のことを知っているのだろう。
でなければ、叔父が猛反対していることを知りながら依織と同居などしなかったはずだ。

『何でお前は、あんなに悔やんでるみたいな顔でボールを蹴ってたのか──とか』

ふいに思い出したのは、いつか依織に言われた言葉。
あの頃は彼女の言う通り、毎日優一への罪悪感と後悔を背負いながらボールを蹴っていた。
しかし、今は違う。口が裂けても言わないが、今の彼には苦楽を分かち合う仲間がいる。兄に、夢を託されていることを知っている。

「……好きじゃなければ、あいつの見舞いにも来ませんよ」
「──そっか」

どこか素直でない返答だったが、それでも織乃は満足したようだった。
薄く唇で弧を描く彼女に、剣城は目をまたたく。

「(あいつも、笑ったら)」

彼女のような、柔らかい笑みを浮かべるのだろうか。唐突に浮かんだ考えに、思わず織乃から顔を逸らす。
彼女はそれをどう取ったのか、少しだけ笑い声を漏らす気配がした。

「依織ちゃんのことを、よろしくね。剣城くん」
「……はい」

「おーい剣城〜!」ようやく剣城がいないことに気が付いたのか、遠くから天馬が呼ぶ声が聞こえてくる。
剣城は織乃に小さく会釈すると、少しだけ早足で2人の後を追い掛けた。

「(そう言えば……)」

剣城くん。そうやって自分の名前を口にする彼女の声を、前にどこか、違う場所で聞いたことがある気がする。
ちらりと肩越しに後ろを振り返った頃には、織乃の姿はそこにはなかった。




それと時を同じくして、鉄塔広場にて。
高台から、2つの背の高い影が伸びている。円堂と鬼道のものだ。

「どうしたんだ、円堂。わざわざ呼び出すなんて」

たまの休みを楽しんでいたのに、と皮肉る鬼道に対し、円堂はただ静かに町を見下ろしている。
彼の様子がいつもと違うことに気が付いた鬼道は、改めてその背中に声を掛けようとする。それよりも先に、彼は口を開いた。

「頼みがあるんだ」
「……頼み?」

改まった重たい口調。鬼道はサングラスに隠れた赤い瞳で、訝しげに細める。
振り返った円堂は、何かを決意したような──そんな表情を浮かべていた。

「俺は、雷門の監督を降りる」