06

「見てらんねー……」

小さく毒突いて、依織は乱暴に前髪を掻き上げる。
荒れ果てたグラウンドでは、鮮やかなリフティングでボールをキープし続ける剣城に、天馬が果敢に立ち向かっている。

剣城が提示したルールはこうだ。1回でも自分からボールを奪えば天馬の勝ち、サッカー部の存続も認める。
しかし逆に、奪えずに負ければサッカー部の未来はない。天馬の憧れだったサッカー部は消えてしまう。

対人でのサッカーに関しては、天馬はほぼ素人だ。
勝機は薄いにも関わらず──のっそりとやって来た雷門の理事長こと金山は、あっさりと2人の勝負を許可したのである。
サッカー部にも、改革が必要だと思っていた──そう言った時の金山と久遠の交わした険しい視線は、離れた場所にいた依織にもしっかりと見ることが出来た。

「(何が改革だ、狸じじいめ……!)」

舌打ちし、依織は小脇に抱えたままだったサッカーボールに爪を立てる。
サッカー協会から各学校にフィフスセクターの息が掛かった教員が送り込まれているのは百も承知だ。だが、まさかあんな卑怯の塊のような面構えをした奴らだったなんて。

「(校長の方は今度揺すっとこう)」

八つ当たり以外の何物でもない。
仏頂面に更に拍車を掛ける依織の眼下で、天馬が剣城の打ったボールに吹き飛ばされた。

──本当は、今すぐこのボールをあの場に打ち込んでやりたい。
しかし、時が来るまでそれは出来ないのだ。友人を助けたいのに使命が邪魔をする。その歯痒さが依織を苛む。普段周りから淡白だ何だと言われてはいるが、依織とて友人がやられる姿を見たいわけがない。

──しかし、彼女には1つ気になることがある。それは、剣城が時折ちらつかせる表情だ。
一貫して周りを見下すような笑みを貼り付けてはいるが、どうも依織には彼が演技をしているようにしか見えない。

「(……下らないとか何だとか、ホントに思ってんのかな。あいつ)」

人の感情を読みとる観察力に関しては、従姉のお墨付きである。だが、このタイミングだ。本人にその真意を聞くことなど出来やしない。
依織は長い溜息を吐き、黙って事の成り行きを見守り続けた。このままでは、そう遠くない内に天馬も倒れてしまう。
さて、どうしたものか。

「……あ、そうか」

自分で止められないのなら、周りに止めてもらえばいい。
ポンと手を打ち、依織はボールを小脇に抱えて踵を返す。他力本願でも、何もやらないよりはずっとマシだ。
依織の足は、桜並木を潜ったずっと向こう──体育館よりも大きいように見える、ひとつの施設へ向かった。

「えーっと……ここか」

階段を上がって、依織はその施設を見上げる。
今や雷門中学校の象徴とも言えるそれ。サッカー棟だ。

「──ん? 何だ、お前」
「うわっ」

頭上の稲妻マークに気を取られていた依織は、突然開いた自動ドアに肩を揺らす。
そこから出てきたのは、サッカー部の黄色いユニフォームを纏った少年たちだ。グラウンドに倒れていた選手たちとはまた違う色のユニフォームである。

「そのリボンの色は……新入生だな。サッカー棟に何か用か?」

尋ねてきたのは、1人違う形のユニフォームを着た、特徴的な髪型をした少年だ。依織は、ああ、と言い淀んだ後、グラウンドの方を指さした。

「用っていうか……グラウンドで新入生が何かバタバタしてるんで、教えた方が良いんじゃないかなぁ、と」
「新入生がグラウンドで……?」

怪訝な顔をしたのは、キャプテンマークをつけた少年である。
揃ってグラウンドのある方向へ目を向けると、丁度砂塵が上がると共に大きな音がした。

「……! 行こう、みんな」
「ああ」

大きく目を見開いた少年を筆頭に、サッカー部たちはグラウンドへと走っていく。
一瞬ポカンとした依織は、慌ててそれを追いかけた。




近付いていくごとに、音は段々と大きくなっていく。ようやくグラウンドが視界に入ったところで、キャプテンの少年がハッと息を飲んだ。

「っそのボール、貸してくれ」
「あ、はい」

依織からボールを受け取るなり、少年はぽんとそれを中空へ放り投げる。ゆっくりと落ちていくボールを、鞭のように撓った彼の足が捉えた。

「よしっ」

彼の打ったボールが天馬に襲いかかる剣城のシュートを大きく弾き、ツインテールの少年がぐっと拳を作る。
ふぅ、と一息ついた少年は、再びキリリと表情を引き締めた。

「──お前たち。サッカー部の神聖なグラウンドで何を騒いでいる!」

声を張り上げた少年が、グラウンドの2人を見下ろす。
天馬は驚いたように顔を上げ、対して剣城は落ち着き払った様子で彼を見上げた。

「神童くん!」

春奈が驚いたように声を上げる。
やっと現れたか──依織は、剣城の口がそう動くのを見た。

「俺は、雷門中キャプテン神童拓人。そして、ここにいるのが──」

少年──神童の声に合わせ、後ろからやってきた仲間たちが続々と彼の周りに集まる。
薄く陰っていた雲の切れ間から光が射して、朝日がそこを神々しく照らし出した。

「──雷門イレブンだ!」

天馬が大きく目を見開く。
依織は再び物陰に身を潜めながら、その様子を見つめた。

「(そう言えば──雷門のサッカー部は、1軍と2軍の2組に分かれてるんだっけ)」

そして、剣城が倒したのは2軍。
しかしあの様子から察するに、彼はそのことを知っていたようにも見える。現に彼は先程、「やっと来たか」と漏らしていたのだから。

「(2軍を潰したのは見せしめと、1軍を呼び寄せる為ってことか)」

中々卑劣な手口を使う。組織のやり口に、依織は内心小さく舌打ちする。

「もう一度聞こう。神聖なグラウンドで、お前たちは何をしているんだ」
「サッカー。見て分かんねえか」

再び尋ねた神童に、剣城は短く返した。
神童はベンチにいる傷だらけになった2軍の選手たちに視線を走らせると、眉間に皺を刻み剣城を睨み付ける。

「──礼儀を知らない1年が。セカンドチームを倒したからって良い気になるな!」

ピシャリと言いながら、神童は仲間を引き連れて階段を降った。剣城は、そんな彼を横目に見ながら小さく鼻で笑う。

「倒した……? ちょっと遊んでやっただけさ」

その言い様に、神童たちの目つきが一層険しくなった。
「監督、こいつらは?」目を合わせず尋ねられた久遠は、剣城に視線を留めたまま神童の問いに返す。

「……恐らく、フィフスセクターから送り込まれた者だろう」
「!」

目を見開いた神童が、久遠を見上げた。
「フィフス、セクター……?」天馬が怪訝そうに眉根を寄せたのが見えた依織は、思わず顔をしかめる。
まさか、初日からこんな形でフィフスセクターの名前が天馬の耳に入ることになろうとは思っても見なかった。

「何しに来た」
「雷門サッカー部は指示により一新される。お前らは全員お払い箱が決まった」
「何だと……!?」

顔をしかめた神童が噛みつく。それに対して、剣城は喉の奥で不敵に笑うだけだ。
「紹介しよう」彼がパキンと指を鳴らすと、いつのまにか彼の背後に集結した少年たちが揃って姿勢を正した。

「これが新たな──雷門イレブンだ。お前たちの、代わり≠フな」

黒地に大きく走った、黄色い稲妻のような模様が特徴的なユニフォーム。鋭い光を瞳に宿す彼らの目が、自分たちは敵だと象徴している。
拳を握り締め、神童は語気を強めて言い放った。

「……真の雷門イレブンは俺たちだ!」
「ああ、待ってたぜ。さぁ──本番を始めようか」

ピリピリとした緊張感が、辺り一体を包み込んでいく。
神童は厳しい表情で剣城を睨みつけながら、吐き捨てるように問いかけた。

「不当に暴れているお前たちと勝負するつもりはない。それとも、正式に試合の手続きを取ったとでも言うのか」

テン──と、神童の言葉尻が、剣城の蹴り上げたボールの音にかき消される。
手のひらでボールを掴んだ剣城は、冷たい笑みを浮かべた。

「どうやら……自分たちの置かれた状況を理解していないようだな」

彼の手からゆっくりとボールが離れる。
一瞬──跳躍した剣城は、それを中空へ打ち込んだ。
空気を切り裂くようなシュートは天馬の隣を掠め、物陰の依織の顔すれすれを飛来し──ドン、とけたたましい音を立てて、一戸の建物の扉を破壊する。
10年前から変わらず、校庭の隅に佇んでいるそれ。旧雷門サッカー部の部室だ。
あっ、と春奈が短い声を上げる。
からん、と乾いた音を立てて落ちたのは、衝撃で真っ2つに割れた部室の看板だ。

「よく聞け──これは提案ではない」

含み笑いを浮かべ、神童の肩を叩いた剣城の顔に黒い影が落ちる。

「──命令≠セ」
「っ貴様……」

歯噛みした神童は、低い声で唸る。しかし剣城は臆することなく、神童たち雷門イレブンに流眄を送った。

「じゃあ始めますか──キャプテン=v

そう言い残し、剣城は仲間を連れ立ち階段へと踵を返す。

「!」

依織が物陰から立ち上がると、丁度階段を登り切った剣城と目が合った。しかし剣城は一瞬目を鋭くしただけで、そのまま彼女から視線を外し校舎の裏へと消えて行く。
続いて階段を登ってきたのは、雷門イレブンだ。
誰もが険しい表情を浮かべ、前を歩く剣城たちの背中を睨みつけている。

「……あ」

怒気を纏う背中を見送り、しばしそれを見つめていた依織はハッと我に返った。今の内に天馬を回収しなければ。

「おい天馬──ッて、いねえ!!」

グラウンドを見下ろすも、既にそこには天馬の姿はなかった。どうやら剣城たちに気を取られ目を離している間に、どこかへ行ってしまったようである。

「……いや、どこに行ったかは分かりきってるか……!」

目の前であんなことがあったのだ。行く所など決まっている。依織は再び頭を乱暴に掻いて、サッカー棟へと走って行った。