79

滲み出た冷や汗で冷えた頬を、生温い風が舐めるように撫でていく。
牙山たちと睨み合いを続ける雷門イレブンの後ろで、軽い地響きを立てながら地面の一部が割れ始めた。

「な、何だ!?」

草花を散らし、地下に現れたのは鋼鉄のサッカーフィールドだ。冷たい色をしたピッチの中央には、こちらを見据えるように白いユニフォームを纏った少年たちが待ち構えている。
その中央に立つ長い白銀色の髪をした少年の腕にキャプテンマークがあるのを見た剣城は、小さく息を飲んで眉根を寄せた。

「あれは……!」
「彼らは究極の輝きを放つ者、アンリミテッドシャイニング=I」

3メートル近い高さの岩から軽々と降り立った牙山は、アンリミテッドシャイニングと称したチームを演技掛かった大袈裟な身振りで示す。

「君たちにはこれより、彼らと試合をしてもらう」
「あいつらと試合を……?」

訝しげに目を細めた依織は、改めてフィールドに佇む少年たちを見下ろした。
そしてふと感じた違和感のようなものに首を傾げていると、キャプテンマークを付けた少年が数歩前へ進み出てくる。

「──君たちが雷門イレブンか。会えて嬉しいよ。俺がキャプテンの白竜だ」

薄い笑みを浮かべながら、少年は白竜と名乗った。
言葉遣いそのものは丁寧だが、その声音にはどこか雷門イレブンたちを下に見ているかのような尊大な色が滲んでいる。
白竜は笑みを深くすると、「剣城!」と名指しして一際大きな声を上げた。

「ここから逃げ出した奴が、のこのこ戻ってきたとはな」
「俺は命令に従っただけだ」

挑発するような白竜の物言いに、剣城は怒りを押し殺したような声で切り返す。
「剣城、知ってるの?」明らかに顔見知りであろう2人のやりとりを見た天馬が目を白黒させたが、剣城は白竜を睨め付けたまま答えない。
強張った表情の剣城に、白竜は唇を歪めて鼻を鳴らした。

「ふん……まぁ良い。今の俺とお前では次元が違う。思い知るが良い」

白竜は余程自分の力に自信があるようだ。こちらを蔑むような目で見上げるアンリミテッドシャイニングの面々に視点を固定したまま、三国は低い声で短く神童に問い掛ける。

「どうする」
「……ここは、俺たちだけで受けて立つしかありません」

髪を靡かせ、表情を引き締めた神童は仲間たちを振り仰いだ。
彼らに先程までの動揺は見られない。その感情を押し潰すほど、今の雷門イレブンは鬼道や春奈、マネージャーを人質に取ったフィフスセクターの遣り口に憤っていた。

「絶対、お前たちの思い通りにはさせないぞ!」

果敢に睨み付けてくる天馬にほくそ笑み、牙山はフィールド一体に怒号のような号令を響かせる。

「──では! これより試合を始める!!」




「あ、思い出した」

ベンチまで完備された地下フィールドのテクニカルエリアは、壁や地面と同じく全て鋼鉄で出来ていた。
金属の冷たさに顔を顰めながら準備体操をしていると、その間ずっと何かを考えていたらしい依織がふいに口を開く。

「あっちのキャプテン、白竜……って言ったっけ。あいつ木戸川との試合の日、スタジアムに来てましたよ」
「何だと?」

その言葉は前屈の為に背中を押してもらっていた神童へ向けたものだったが、彼が反応よりするより早く剣城が顔を顰めた。

「会ったのか? あいつと」
「会ったと言うか、鉢合わせたと言うか……」

売店を探してる途中でぶつかったのだと答えた依織に、「あいつがスタジアムに……」と呟いたきり剣城は黙り込んでしまう。
スタジアムにいたと言うことは、試合を観に来ていたのだろう。ここゴッドエデンで特訓をしている間は、剣城のように聖帝の勅命がない限り島外に出ることは許されない。

だが1つだけ、それ以外に島を自由に行き来出来るようになる方法がある。
それは、教官たちが定めたレベルに選手が達すること。そうしてここに閉じ込められた選手たちは、シードとして本島へと戻ることが出来るのだ。
だが、当然そこに辿り着くには命を削るような特訓を乗り越えなければならない。その為、そのノルマを自力でクリアして島を出られるようになった選手は今まで1人もいなかった。
ゴッドエデンが地獄と呼ばれる所以だ。しかし、依織は本島にあるスタジアムで、偶然白竜と遭遇したと言う。

「(それじゃあ、あいつは──)」
「剣城、どうかしたの? 試合始まるよ!」

意識に割り込んできた信助の声に、剣城はハッと俯かせていた顔を上げる。
仲間たちは既にフィールドに入り始めている。彼は頭を過ぎった考えを振り払うと、急いでセンターサークルの方へと駆けた。

「! 君は……」
「ん?」

定位置についたところで、対峙した白竜が先程とは違う驚いたような声を漏らしたのが聞こえる。
白竜の視線は、剣城の隣へ並んだ依織に注がれていた。どうやら今まで剣城のことばかり注視して、他の選手は気にも留めていなかったらしい。

「そうか。君は雷門イレブンだったのか。髪型が違ったから、一瞬分からなかった」
「……その節はどうも」

察するに、白竜も先日のことを思い出したらしい。
──ただ、偶然会った敵の顔を思い出しただけにしては妙に熱っぽい目をしている。剣城は依織を見つめる白竜に、言い様のないもやもやとした不安のようなものを感じた。

「残念だ。出来れば君とは、敵として出会いたくはなかったが……仕方がない。敵対する以上、女子とは言え手加減してもらえるとは思うなよ」
「ご忠告はありがたいけど、初めからそんな甘っちょろいこと考えるほどめでたい頭はしてねえよ」

挑発気味に鼻を鳴らした依織に、白竜は楽しげに目を細める。
次の瞬間、彼の返した言葉に剣城は何故か頭を抱えたいような気持ちに駆られた。

「気に入った。気の強い女子は嫌いじゃない」
「は?」

依織の呆けた声は、ホイッスルのけたたましい音に掻き消される。
キックオフは雷門からだ。我に返った依織からボールを預けられた剣城は、余裕の表情で待ち構える白竜を睨み付けた。

「……行くぞ」
「おう!」

ボールは後ろへ、神童へと渡り、神童へは輝を伴いFW3人と一緒にアンリミテッドシャイニングの陣へと飛び込んでいく。

──そんな試合の様子を、丘を囲む森の一角、フィールドを見下ろすように聳える巨木に腰掛けて眺める少年がいた。
幹に体を投げ出すように背もたれながら、彼は感情の籠もっていない冷めた目でフィールドを見下ろし、ボールの行方を目で追い掛ける。

試合に集中する雷門イレブンは、唯一の観客の存在には気付かない。神童たちが直ぐ横を走り抜けるのを、白竜は棒立ちで見送った。
それに違和感を感じないわけではないが、今は余計なことを考えている暇はない。神童は左サイドを先行した天馬へとパスを打ち上げる。

「うりゃあああッ」

前方から聞こえた大声に、天馬はハッとそちらに注意を向けた。突っ込んできたのはアンリミテッドシャイニングのMF、新田だ。
けれどこちらに走ってくる新田の様子はどちらかと言えば隙だらけで、天馬は労することなく必殺技でそれをかいくぐる。

「そよかぜステップ!」

風を孕んだドリブルに、新田の体が宙へ放り出された。フィールドに落ちた新田は舌打ちこそしたものの、その目には悔しさは見られない。
何か言葉に出来ない不気味さを感じながらも、天馬は前方を走る剣城へボールを打ち上げた。

「剣城っ!」

ボールを受け取った剣城は、走りながら素早くアンリミテッドシャイニングの選手たちの様子を観察する。
こんな陣の深くまで進んでいるというのに、DFたちは雷門イレブンを止めようともしない。それは先程対峙した白竜も同じだった。
まるで、戦う気がそもそもないような。もしくは、戦う意味すら見出していないような。要するに、彼らの目には大凡闘志というものが見られないのだ。
試合の直前まで、白竜はかつてと同じく鋭い刃物のような闘争心を剥き出しにしていたと言うのに。

「──ッデスドロップ!!」

違和感を拭えないまま、それでも剣城は必殺シュートを繰り出した。
強力なオーバーヘッドシュートは風を巻き上げて、アンリミテッドシャイニングのゴールへと迫る。

「行っけえ!!」

力を込めて、天馬が声を叫んだその時だ。
刹那、つま先から頭まで、肌を刺し貫くような闘気が背後から襲いかかってきた。引き寄せられるように振り向いた時には既に遅く、目と鼻の先を白く光り輝く闘気を纏った影が走り抜けていく。

衝撃波に煽られて目を細めた剣城は、ゴール前に現れた影に思わず絶句した。
有り得ない。彼は一瞬前まで、センターサークル前で動く様子もなかったのに。

「いつの間に!?」

紫の闘気を孕んだデスドロップと対峙したのは、紛れもなく白竜だった。
彼が空を撫でるように手を振り上げると、ボールは爆風に煽られ、遙か頭上で雲が渦を巻き稲光が走る。
吹き荒れる突風の中、白竜は雄々しく哮った。

「ホワイトハリケーーーーン!!」

ボールに叩き付けられた闘気はそこから爆発的な風を生み出し、前線にいた選手たちを紙のように吹き飛ばす。
「来るぞ!!」圧倒的な威力を前に果敢に立ち向かったDFたちすら薙ぎ倒して、ホワイトハリケーンは三国が必殺技を繰り出す暇も与えず彼ごとゴールネットに押し込まれた。

巻き上げられた土煙が晴れた先で、スコアボードの数字が切り替わっている。
1対0。制点を取られたことよりも、白竜が剣城の必殺技を打ち返した威力をそのまま保ち雷門イレブンのゴールを割ったことが彼らにとって何より衝撃的だった。

「何てプレーなんだ……!」
「す、凄まじい威力です……!」

次元が違う。剣城は白竜の言葉を思い出し、奥歯を噛み締める。
剣城がこの島を出る直前、2人の力はほぼ互角だった。そんな彼がここまでの力を付けていると言うことは、やはり先程考えた推測は当たっていたのだ。
白竜は牙山の課したノルマをクリアしている。その上で、更に次のステージへ進むためにここにいるのだ。

剣城はちらりと後方で口に入った埃に咳き込んでいる依織を見遣る。
──あちらにどんな思惑があろうが、人質がいる以上負けるわけには行かない。彼は陰り掛けた闘争心を奮い立たせ、白竜を睨み付けた。

ショックが引かないまま、試合は再開される。
展開は先程とは違い、初めからアンリミテッドシャイニングがリードする形になった。

「影山!」

神童から輝へパスが上がるも、ボールは輝が反応すると同時にあっと言う間に白竜が奪い取ってしまう。
ボールを奪われ、反応が一瞬遅れた剣城の横を白竜は悠々と通り過ぎていく。その時、彼は見た。擦れ違いざま、白竜が挑戦的な目で自分を見るのを。

「思い知るが良い──格の違いを!!」
「!!」

放たれたボールはゴールへ向かわず、まず前方にいた依織の体を直撃した。
「鷹栖!!」思わず叫んだ剣城の舌の根が乾かぬ内に、白竜の蹴ったボールはピンボールのように選手たちの間を跳ね回り、薙ぎ倒していく。
そして最後に天城の顔面から天高く打ち上がったボールを追い跳躍した白竜は、そのまま雷門のゴールにオーバーヘッドシュートを叩き込む。

その威力は、まるで爆撃のようだった。
衝撃波はゴールポストをへし曲げて、当然そこにいた三国にも襲いかかる。
爆風がまた土煙を巻き上げ、それが晴れる頃にはスコアボードの数字は2対0へ切り替わり、ゴールポストは無残な姿に成り果てていた。




「何か、怖いです……! 今まで戦ってきたシードとも違います」
「確かに、全く次元が違う……」

三度目のキックオフを前に、雷門イレブンは拉げたゴールの前に集まっていた。
アンリミテッドシャイニングの選手たちはそれに文句を言うわけでもなく、試合が再開されるのを待っている。

「じゃあ、どうすれば……!」
「キャプテン!」

鬼道がいない今、チームに戦略を提示出来るのは神童ただ1人だ。
指示を仰ぐ天馬に固い表情で頷き、神童は泥のついた頬を乱暴に手の甲で拭う。

「分かっている。これ以上、奴らの好きにはさせない!」
「だが、奴らのスピードとボールコントロールは並じゃない……こっちが技を出す暇もなかったぞ」

その会話はアンリミテッドシャイニングたちにも聞こえたらしい。
「今のを聴いたか? 白竜」わざとらしく嘲笑したのは、相手FWの帆田だ。

「技を出す暇があったら、止められるとでも言いたいのか?」
「はは、そんなお粗末なサッカーじゃ無理だな」

余裕を見せつけるような蔑みは、雷門イレブンの怒りを煽る。
そして、三度目のホイッスルが吹き鳴らされた。

これ以上点をやることは出来ない。天馬からボールを受け取った依織は、残った僅かな力を振り絞り、化身を形成するための闘気を練り上げた。

「依織ッ!!」
「!」

後方から天馬の悲鳴にも似た叫びが聞こえると同時に、目の前に影が差す。
顔を上げた先にあったのは、目映い白銀。闘気を纏った白竜の姿だった。

「所詮、小鳥は小鳥だ。足掻くだけ無駄だと、何故分からん」
「あっ──」

刹那、視界が白く塗りつぶされる。次の瞬間、依織の体は爆風に天高く吹き飛ばされていた。

「鷹栖!!」

神童や剣城が叫ぶ中、依織の細い肢体がフィールドに叩き付けられる。それを助けに行く暇を、今更彼が与えるわけもない。

「さぁ、止めてみろ!!」

こうなってしまっては、ボールはもう簡単に雷門には戻ってこない。
「食い止めるぞ!!」歯を食い縛った霧野の鼓舞に応じたDFたちは、白竜を止めるべくその進路に突っ込んだ。
しかしそれも、旋回と共に放たれたシュートにより蛮勇と終わる。DFたちは必殺技を出す間もなく、ボールの生み出した突風に舞い上げられていく。

「あーッ! くっそ!!」
「! 大丈夫、依織!?」

跳ね起きるなり口汚く叫んだ依織に、天馬はギョッと振り返った。
依織は不機嫌そうに、白竜を追走しながら吐き捨てる。

「何なんだよ、さっきからプレーしてるの殆どあいつだけじゃねーか!」
「自分1人でも、俺たちを圧倒出来る──そうアピールしてるんだ」

舌を打つ依織に、剣城は険しい表情で返す。声色は冷静そのものだったが、内心は焦燥心と怒りで燃えていた。
毒を吐かれていることも知らず、雷門のDFラインを崩壊させた白竜は、高く跳ね上がったボールに追随し、その足にかつてない闘気を集めている。

「技というのはこうするんだ!! ホワイト──ハリケーーーーン!!」

繰り出される彼の必殺技は、まるで1つの災害のようだった。
闘気は渦を巻き、衝撃波は自陣に駆け戻った雷門イレブンたちをいとも容易く弾き飛ばし、台風のような威力を保ったまま身構えた三国に襲いかかる。繰り出したフェンス・オブ・ガイアはその役目を果たすことなく、ホワイトハリケーンにより木っ端微塵に破壊された。

「終わった……」
「雷門が、完敗なんて……!」

得点、そして同時に試合終了のホイッスルが鳴り響き、ベンチで試合を見守っていた青山と一乃は青ざめながら息を飲む。
スコアボードの数字は3対0に変わっている。いつもの試合なら、まだ逆転の余地はあるかもしれないと自身を鼓舞するところだ。
しかし、この試合は明らかに異常で、暴力的だった。現に仲間たちは傷付き倒れ、中にはフィールドに伏したままピクリともしない者もいる。

「これが、あいつらのサッカー……!」
「こんなことが──ううっ」

「天馬!」痛む体を支えながら膝で立っていた天馬も、とうとうその場に倒れてしまう。
かく言う神童も限界が近い。膝は笑い、視界が眩む。牙山が下卑た笑いを浮かべているのが、ただただ腹立たしい。

「格の違いを感じてもらえたかな」

白竜は、雷門イレブンを──倒れ、辛うじて意識を保っている剣城を、冷ややかに見下ろした。
そして、彼の眼前で白竜は動かない依織の腕を取る。完全に気を失っているのか、彼女は指先すら動かさない。

「力を奮う場所を間違えるからこうなるんだ」

そう呟いた白竜の目は、やはり自分たちを見るそれとは明らかに違う。ああ、やはり──と、剣城はあの時立て掛けた仮説が間違っていなかったことを悟り、眉間に皺が寄るのを感じた。

「全員、ゴッドエデンへ運べ!」
「ハッ」

牙山の命令に、待機していた黒服たちが雷門イレブンを包囲する。テクニカルエリアの一乃たちも例に漏れずだ。
唯一元気の残っている一乃と青山が抵抗している間にも、雷門イレブンたちは意識のない者から装甲車に連行されようとしている。

このままでは、あの牙山の思い通りのシナリオになってしまう。最後の気力を振り絞って、どうにかこの場を打開しようと神童が闘気を練り上げた、その時だった。

「……何だ?」

突如響いた、きぃん、と耳鳴りにも似た音に牙山は音のした方に目を向ける。
──何か、飛んでくる。その瞬間、彼はハッと部下たちを振り向いた。

「全員、戦闘態勢!!」
「ハッ──」

しかし、その指示も次の瞬間意味のないものへと変わる。
空を切る音と共にフィールドに飛来したのは、5つのサッカーボールだった。
フィールドに着地したボールの3つはその場でドリルのように回転して土埃を巻き上げ、あとの2つは雷門イレブンを抱えた黒服や牙山の周りを蜂のように飛び回り翻弄する。
巻き起こった砂嵐は牙山たちの視界を奪う。天馬は遠離る意識の中で見覚えのあるシルエットを見た。

「円堂、かんと、く──」

煙る視界の中で、その人がゆっくりと振り向いて近付いてくる気配がする。
その顔をハッキリと視認出来ないまま、天馬の意識はそこでぷつりと途切れてしまった。