「取り逃がしたか……!」
土煙が治まり静寂が再び訪れたフィールドに、アンリミテッドシャイニングのマネージャー──もとい、研究員の火北の舌打ちが響く。
それまでフィールドに倒れていた雷門イレブンは、1人残さず姿を消していた。
「いいや、狙い通りだ」
しかし牙山は、髭を撫でつけながらそう答える。
あの分厚い土煙の中、彼は子供たちとは違う、背の高い人影をいくつか視認していた。
この場にいる火北や黒服たち以外の大人は、全員施設に待機させている。最近耳にした部下の報告と今し方目にした光景を照らし合わせれば、導き出される答えは1つだ。
──奴が、この島にいる。
「雷門イレブンには、彼らの力を生み出す触媒として育って貰わねばならん」
雷門イレブンには、フィフスセクターの力を介さずに化身を顕現させた選手が4人もいる。
神童拓人、錦龍馬、鷹栖依織、松風天馬。内1人は先に見たメンバーの中にはいないようだったが、それでもモルモットにするには十分な数だ。
先日は一等矯正しやすそうな選手を1人捕らえようとして失敗したが、それも今日のことを考えると無駄足だったらしい。
「究極のチームゼロ≠生みだし、聖帝イシドシュウジ様に我らの力を認めていただける日は近い……!!」
喉を反らした牙山の野太い笑い声は、海風によって遠くへと運ばれていった。
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「う、うーん……」
ひたり、ひたりと頬に冷たいものが当たる感覚がする。
瞼を開くと、体中に鈍い痛みが走ると同時に、オレンジ色の光に照らされた岩の壁が視界に飛び込んできた。
「これって……?」
瞬きを数度繰り返し、天馬はそっと上体を起こす。
その拍子に体から滑り落ちたのは、簡素な毛布だ。手を突いたそこには、薄いマットレスがひいてある。
一体何が起きたのだろう。辺りを見回すと、どうやら広い洞窟の中に移動させられたようだった。傍らの岩に置かれたカンテラが、その炎をゆらゆらと揺らめかせている。
周りには自分と同じようにマットレスに寝かせられた仲間がいて、丁度数人が体を起こして天馬のように周囲を窺っているところだった。
「……どうやら、誰かに助けられたらしいな」
「何だ、ここは」
天馬は目を覚ました神童、先に起きていたらしい一乃や青山と一緒に、他の仲間たちを揺さ振り起こす。
「何が起きた……? さっきまで私たち、アンリミテッドシャイニングと戦っていて……」
呟いた依織ははたと言葉を止める。何となしに触れた腕に、包帯が巻き付いていたのだ。
よくよく見れば他の箇所にも、そして仲間たちの傷にも、同じように応急処置がされている。フィフスセクターの人間なら、檻にでも入れて丸1日は放置するところだろう。彼ら以外の誰かがあの時雷門イレブンを助け、治療したことは明白だった。
「誰がこんなことを……」
「! そうだ、あの時──」
その時、ハッと天馬が声を上げる。
意識を失う直前の光景を、彼は思い出す。ハッキリと見えた訳ではなかったが、天馬は確信していた。
「──円堂監督がいた」
「ええっ!?」
声を揃え、真っ先に反応したのは輝と信助だ。
他のメンバーも、まさか、と言いたげな表情で顔を見合わせている。
「でも……円堂監督がこの島にいるって話は、あくまで仮の話じゃなかったのかよ?」
言外にそんなことがあるはずがないと言った狩屋に、天馬はでも、と口籠もる。それなら、 この敵だらけの絶海の孤島で一体他の誰が自分たちを助けてくれると言うのだろう。
「でも、本当です! 本当に、円堂監督が──」
「呼んだか?」
洞窟に反響する懐かしい声に、天馬は後に続く言葉を思わず飲み込んだ。
目を見開き、彼らは弾かれたように声のした方を振り返る。
カンテラの光に照らされて、彼はそこに立っていた。
初めは足元が、そして少しだけ埃で汚れたズボンが。暗がりでハッキリと見ることが出来ないその顔を天馬たちが目を凝らして見ようとすると、彼はやがて光の満ちる方へと歩み出てくる。
「よっ。みんな、気が付いたみたいだな」
「……」
雷門を去ったときと何ひとつ変わらない笑顔で、円堂守はその姿を現した。
一同が目を皿のように見開きしばし言葉を失う中、顔を見合わせた天馬と信助は無言で頬を抓り合う。
「いてててで!!」
びりびりと後を引く頬の痛みは本物だ。
その様子に苦笑している円堂に、天馬たちは目の前の光景が夢では無いことを確信する。
瞬きをひとつ。次の瞬間、目を輝かせた天馬たちは一斉に彼に駈け寄っていた。
「円堂監督ーーーーーー!!」
縋り付かれ泣き付かれ、少しばかり服を草臥れさせた円堂は、それでも笑いながら天馬たちの頭を撫でて落ち着かせる。
「まぁ、落ち着けよ。ここにいるのは、俺だけじゃないんだ」
「え……?」
きょとんとした彼らの視界の隅に、人影が写る。円堂の傍らに進み出てきた4人の青年の姿に、天馬たちは再び呆気にとられることとなった。
「紹介しよう。風丸」
「風丸一郎太だ。よろしくな」
真っ先に紹介されたのは、円堂の幼馴染みでもある風丸だ。日本のプロリーグで活躍する選手の登場に、信助は衝撃と嬉しさのあまり涙ぐんでしまっている。
「吹雪……は、もうお馴染みだよな」
「久し振り、みんな」
白恋のみんなも相変わらず元気だよ、と吹雪は変わらぬ甘いマスクで優しく微笑んだ。
「こっちの大きいのは壁山」
「ういッス!」
ずし、と重たそうな足音を鳴らし、一際大きな体をした壁山は、洞窟の中で立つには少しばかり窮屈そうだ。彼が風丸と共に日本のプロリーグに在籍することは、サッカー界の情報に聡い子供たちに取って常識である。
「そして、不動」
「どーも」
最後に紹介されたのは、他よりもいくらか近寄りがたい雰囲気醸し出している不動明王だった。
そう見えるのは無造作に伸ばした髪と鋭い目付きのせいだろう。しかし彼はある一点に目を留めて、その表情を柔らかくする。
「よう、依織。しばらく見ない内に少し大人っぽくなったか?」
「あ、明王兄さん……!」
えっ、と仲間たちの視線がこちらに向いたことにも気付かずに、依織は呆然と不動を見つめていた。
彼もまた、鬼道や佐久間と同じように依織にサッカーを教えてくれた人間の1人。鞭を与えるのが鬼道、飴を与えるのが佐久間なら、不動はその中間の指導者だ。
「……あ? 来ないのか?」
「ぅ…………あ、後で……」
軽く両手を広げて見せた不動は、昔のように駈け寄ってこない妹分に小首を傾げる。
顔を赤らめて反射的にボソボソと答えた依織に「あ、後で行くんだ」と狩屋はツッコミ掛けたが、殴られそうな気がしたため口を噤んだ。
「──とまぁ、みんな俺と一緒にこの島を調査している仲間だ」
円堂は軽い調子で締めくくったが、目の前に並んでいるのはみんな雑誌やテレビでしか見ないようなプロの選手ばかり。アンリミテッドシャイニングとの試合で負った傷の痛みも疲労も吹き飛ぶ勢いで、天馬たちのテンションは最高潮に達している。
「す……スゴすぎます! イナズマジャパンの皆さんとお会いできるなんて……!」
「後輩思いだからな、俺たち」
爽やかに笑う風丸に、湿っぽい洞窟内の空気が入れ替わったような気さえした。以前雑誌で彼の笑顔は男女問わず人気を集めると評されていたのは、嘘では無かったようだ。
「出来れば、もう少し華やかな場所で会いたかったけどね」
「ま、こう言うのも良いじゃねーか」
「雷門の後輩たち、可愛いッス!」
岩の天井を見上げて物憂げな溜息を吐いた吹雪に対し、不動は場所のことはあまり気にしていないらしい。壁山に関しては、初めて会うひと回り年下の後輩たちに感動しっぱなしだ。
「プロリーグだよな、風丸さんとか……」
「サインとかありですかね!?」
そわそわと体を揺らしながら目を輝かせる信助を、「やめとけ!」と霧野が窘める。
サインは諦めたようだが、信助は目の当たりにしたプロリーグの選手にも臆せず元気よく飛び跳ねた。
「はーい、はーい! 僕、西園信助って言います! 1年でDFです!」
「お、俺も1年生で、松風天馬と言います!」
その勢いに釣られて、天馬もそれまで円堂たちの方に向いていた体を90度折り曲げる。
それに背中を押されるように、僕も良いですか、と輝が緊張に頬を紅潮させながら続けた。
「1年FW、影山輝です!」
「影山ァ!?」
途端、円堂と吹雪を除く3人が大口を開けて輝の顔を凝視した。信じられないと言う感情が隠し切れていない様子に、輝は思わず首を竦める。
「影山と言えば……」
視線を遠くに投げ掛けて、壁山は冷や汗を掻いた。
最終的に和解はしたものの、彼らの影山の印象と言えば悪役≠ノ尽きる。実際、あの男は悪行を積み重ね自分たちを苦しめたのだから。
脳内で低く笑う影山を思い出しながら、壁山は滲んできた汗を手の甲で拭う。
「……どうしても、悪いイメージが出てきてしまうッス……」
「はい……皆さんご存じの影山零士は、僕の叔父です。叔父が皆さんに──サッカー界に多大なるご迷惑をお掛けしていたことは知っていました」
申し訳なさそうに眉を下げ、輝は謝罪する。
しかし、でも、と言葉を続ける彼の目は、生き生きとしていた。
「叔父はサッカーを愛していたとも聞きました。だからこそ、僕もサッカーをやりたいと思ったんです!」
「何と言うか、運命の悪戯ッスねぇ……」
あの影山の甥が、10年の月日を経て目の前にいる。しかも、自分たちの後輩としてだ。しみじみと呟く壁山に、輝は嬉しそうに微笑んだ。
「こうして皆さんとプレー出来ることにも、とても縁を感じます……! きっと、叔父も喜んでいると思います!」
「……そうだな。頑張れよ、影山」
当時の仲間たちが見れば「誰だお前は」と言いそうな穏やかな笑みを浮かべる不動は、入部したときに言葉を掛けてくれた鬼道の顔を彷彿とさせる。
「よろしくお願いします!」暖かな眼差しに、輝は改めて腰を折って天馬たちと笑みを交わした。
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出口から吹き込む風が、徐々に冷たくなっていくのを感じる。きっと外は間もなく夜を迎えるのだろう。
先程雷門イレブンが寝かせられていた場所よりもひと回りほど広い空洞に移動して、一同は車座になって焚き火を囲んでいた。
「円堂監督……ここに来た理由を、俺たちにも教えて下さい」
「そうですよ! 調査って、どう言う事ですか?」
胡座を掻いた円堂に真っ先に問いを投げ掛けたのは、神童と天馬だ。ほんの今朝まで、彼らは円堂の所在を全く知らなかった。
彼は我々の手伝いをしてくれている、と言った金山たちの言葉を信じるつもりは毛頭無かったが、円堂が仲間を伴ってまでこの島に潜伏している理由は皆目見当が付かない。
膝を叩き、円堂は子供たちの顔を見回すと、重たい口を開いた。
「理由も話さずチームを離れることになってすまなかった。実は、白恋中との試合の後、ある事実を知ってしまったんだ」
「円堂くん。それは僕から話そう」
円堂の言葉が一旦途切れたのを見計らい、吹雪が続ける。
目で頷く彼に、吹雪は話を継いだ。温和な顔を引き締め、真剣な面持ちだった。
「──僕はこの島に、少年たちを閉じ込め、シードを生み出す為の恐ろしい特訓を行っている施設があることを掴んだんだ」
「恐ろしい特訓……?」
彼が円堂にその話を伝えたのは、白恋中との試合を終えた直後、ほんの一瞬のことだった。スタジアムがフィフスセクターの管理している施設である以上、悠長に説明している時間はなかったのである。
「……化身を引き出す特訓だ」
怪訝な表情になって反芻した神童に答えたのは、円堂たちではなく剣城だった。
彼の目は揺らめく焚き火の炎に向いていたが、意識そのものはもっと違う場所に飛んでいる。
化身の存在が噂され始めたのは、管理サッカーが蔓延り始める数年前。
その正体は必殺技を超える闘気を集約させて顕現される思念体だとフィフスセクターが研究の結果を発表したのは、ここ最近のことである。
それまで少年たちは、化身はただの都市伝説だと信じない者、化身使いになるために躍起になる者と、2派に分かたれていた。
フィフスセクターが目を付けたのは、主に後者の少年たちだ。フィフスセクターは各地に施設を展開し、夢のような甘言と謳い文句で集めた少年たちの指導を開始する。
勿論、平等を謳い世に名を轟かせている以上、そこで行われている特訓は厳しくもまだ良心的なものだ。その特訓を乗り越え化身使いになった少年は、僅か一握り。
フィフスセクターの研究員たちは、その現状に歯噛みした。こんな調子では、シードを量産するには事足りない。
人道性などはこの際関係ない。合理的で、一切の無駄を省き、一点の陰りも無い完璧なシステムで化身使いを生み出さなければならない。──その危うい思想は、いつしか研究員たちの毒々しい目標と成り果てた。
「シードを生み出す特訓施設──その中に、高い能力を持つプレイヤーだけを集めた、最高ランクの施設が存在することを、俺たちは突き止めた」
言葉を継ぎ、話し続ける風丸ここで狩屋が剣城をチラリと横目で見た。剣城は変わらず炎を睨み続けている。
「それが、このゴッドエデン……?」
究極のプレイヤーを生み出す、楽園の名を持つ地獄。眉を顰めて呟いた依織に、不動が頷いた。
「問題はそのやり方だ。この島では少年たちを閉じ込めて、無理矢理特訓をさせている可能性がある」
「可能性じゃない。事実です」
固い声で訂正した剣城を、不動は横目を向けて窺う。
僅かに眉間に皺を寄せる剣城の脳裏に蘇るのは、ゴッドエデンでの死と隣り合わせと言っても過言では無い、過酷な特訓の数々だ。
「奴らは裏で才能のある選手を拉致して、シードになるまで訓練場に軟禁している──そんな噂もあった。恐らく、これはゴッドエデンのことです」
「何だって?」拉致、と言う不穏な単語に三国たちも顔を青くする。よもやフィフスセクターが犯罪に手を染めているとまでは思いもしなかったのだろう。
「その話は、こいつが身をもって体験してます」
「え」
「おいっ、剣城!!」
唐突に指を指された依織は思わず声を上げていた。皮肉なことに、それがその話が事実であることを裏付けてしまったのだろう。「本当か?」と不動の厳しい視線を受けて、依織はしぶしぶ頷いた。
「そんな! 何でそんな危ない目にあったこと、俺たちに言わなかったんだよ!」
「み、未遂で済んだから必要ないと思ったんだよ! っそれに、奴らは警察の一部にも取り入ってる。話したとこで、どうにも出来ないんだ」
こちらに身を乗り出した天馬を押しのけて、依織は悔しげに言う。
今よりも遥かに強くなれる、神の特訓場へ。あの時聞いた言葉と牙山の不躾な視線が蘇り、依織は知らず知らずの内に自分の体を腕で抱え込むようにして座っていた。
「まぁ、その話は後でキツーく俺が言い聞かせるとして……」
「えっ」
「内部からは、その話について何か情報は無かったのか?」
どうやらここにいる大人は全員、レジスタンスのスパイがフィフスセクターに侵入していることは知っているらしい。
険しい表情で尋ねた風丸に、不動の言葉に頬を引き攣らせていた依織は我に返って小さく頷いた。
「特に何も……あの人が侵入してるのは、主にフィフスセクターの上層部です。多分その件は、一部の人間しか知らないところで進められてるんじゃないかと……」
「下手すると、聖帝も知らないかもしれない──ってことだね」
顎を抱え思案する吹雪に、壁山もうんうんと頷いている。それにしても、と顔を上げた剣城は、円堂をどこか恨みがましい目で見た。
「どうして俺に何も聞かなかったんです。フィフスセクターの情報で俺に分かることなら、全部話したのに……」
「……お前たちの本分は、ホーリーロードを勝ち抜くことだったからな」
苦笑を滲ませて、円堂はそう答える。
フィフスセクターを倒し、管理サッカーの制度を止めさせるには、ただホーリーロードで勝ち抜けるだけでは足りない。
政治的な戦い、情報戦、金利的な問題。それらは全て大人の、ともすれば汚い一面だ。雷門イレブンはまだまだ子供である。そんな戦いに、円堂は教え子たちを巻き込みたくはなかったのだ。
それも結局、あの牙山と名乗る男によって水泡に帰してしまったわけだが。
「円堂監督……これからどうするんですか?」
尋ねてきた神童にまず視線を向け、円堂は子供たちの顔を見回した。
どうするのか、と問い掛けておきながらも、彼らの目は既にやることを見据えているのが分かる。
円堂は大きく息を吸い込んで、立ち上がった。
「俺たちは、ここで特訓を受けている少年たちを開放して、フィフスセクターの陰謀を暴く!」
施設の内情が白日の下に晒されれば、ひょっとすると警察も重たい腰を上げてくれるかもしれない。それを信じて、彼らはここに来たのだ。
「俺たちも手伝います、円堂監督!」
その勢いに釣られて、天馬が立ち上がる。
彼の瞳は、いつものように燦々とした希望に満ち溢れていた。
「無理矢理こんなところに連れてきて特訓させるなんて、絶対に間違ってる。ゴッドエデンの選手たちを、助けましょう!」
「ああ!」