「ここが……君たちのグラウンド?」
「ああ、そうだよ」
雷門イレブンたちが案内されたのは、森を少し進んだ場所にあったサッカーフィールドだった。
と言っても、先日のアンリミテッドシャイニングとの戦いで使用したそれとは違い、ここのフィールドは丸太とロープを組んで作ったゴールとベンチが並び、ただ地面に白線を引いただけの、至ってシンプルな作りである。
「良いのか? 勝手なことをして」
「構わないさ。ここは僕のテリトリーなんだから」
やや声を落として問い掛けてきた仲間──カイに一瞥をくれて、少年はこともなげに答えた。
そう、と短く頷いたカイも、それ以上追求するつもりはなかったらしい。彼から視線を外し、MFのいるべき位置へと歩いて行く。
「どうだ?」
「駄目ですね。あいつ、質問する間ずっとそっぽ向いてて……」
傍らの神童に肘で小突かれた依織は、ほぼ唇を動かさずにそう返した。
道中に掛かった時間は、ほんの数分だ。その中で、依織は天馬や狩屋が少年に質問を向けるところを、つぶさに観察していた。
しかし、結果は惨敗。彼女の嘘を見抜く観察力は、相手の目を見なければ使えない。
天馬が固い声で尋ねた、『君はゴッドエデンのチームなのか?』と言う問いは──
「質問の意味が、よく分からないな」
──そんな風に、曖昧に誤魔化されただけだった。
「僕はシュウ。エンシャントダークのキャプテンだ」
ここへ来てようやく名乗った少年ことシュウは、コイントスの際神童に対し緩やかに微笑んで見せる。
キャプテンでありFW。同じポジションと立場でありながらも、昨日出会った白竜とはその雰囲気は雲泥の差だ。
剣城の記憶にもシュウたちの顔は残っていない為、結局彼らがゴッドエデンに所属するチームなのか否か判別が出来ない。
「……行くよ」
「おっけー」
こうして、観客も審判もいない試合が始まった。
先攻はエンシャントダークだ。シュウがセンターのボールを蹴り出すと、それを受け取ったカイが緩やかなバックパスを繰り出す。
雷門イレブンはいつもとはまた違う緊張が抜けないまま、ボールから目を離さずに走り出した。
エンシャントダークは、フライボールを繰り返してボールをキープしている。
そのプレーには大凡戦意と呼べるものが感じられず、しまいには相手MFの林音がその場でリフティングを始める始末だ。
これには気を張っていた雷門イレブンも意表を突かれる物で、取ってくれと言わんばかりに跳ね回るボールに面食らってしまう。
「あいつら、やる気あるのか!?」
「プレッシャーを掛けるぞ!!」
思わず怒りを露わにする三国、そして声を張り上げた霧野に、雷門のDFたちが徐々に迫るエンシャントダークに向かっていく。
林音は猛進してきた雷門のDF陣に対し嘲るような笑みを貼り付けると、ボールを高く打ち上げる。それを追いもう1人のMF、悠木がジャンプするも、それを追い越しボールを奪ったのが信助だ。
「よぉし! 行くぞ──」
信助からのパスを受け取った天馬は、一瞬息を飲み込んで動きを止めた。いつの間にか、目の前にシュウの姿があったのだ。
虚を突かれながらも伸びてきた脚を辛うじて避けて、天馬はボールこそ守り切ったもののバランスを崩してたたらを踏む。
「(いつの間に……!)」
「天馬!」
轟いた呼び声に、天馬は直ぐさまパスを打ち上げた。ボールを受け取ったのは依織だ。
「させないよっ……と!」
「!!」
刹那、飄々とした様子で進路に飛び込んできたカイに対し、彼女の足がリズミカルにステップを踏み、細く迸った電流が足元に広がる土を僅かに巻き上げる。
「スパークリングウルフ!!」
あわや奪われる寸前、電流を纏う狼と化したボールは不規則に跳ねてカイの足元を潜り抜けていった。
「剣城!」そして更にパスが回ったのは、ゴール前に走り込んでいた剣城である。
「デビルバーーーースト!!」
一直線に打ち上げられたボールに、体を旋回させた剣城の強烈な一撃が叩き込まれる。集約されたエネルギーと赤黒い闘気を纏ったシュートは、眼前のエンシャントダークのゴールを寸分の狂いなく狙った。
「キルブリッジ!!」
──しかし、その渾身のシュートは、相手キーパー芦矢の作り出した光のアーチに吸い寄せられて、彼の手へと収まっていく。
掌に乗せたボールを一瞥し、剣城にも視線を投げ掛けた芦矢は、小馬鹿にするように唇の端を歪めた。
「やっぱりこんなもんか」
「何だと……!?」
そこに来て、剣城はようやっと試合が始まってから肌に感じていた違和感のようなものの正体に勘付いた。
彼らは本気を出していない。本気を出すつもりすらないのだ。こちらが全力を出せば出すほど、エンシャントダークはそれをあしらい、流し、自分たちのペースに乗せてしまう。
「完っ全に遊ばれてるな。……腹立つ」
「こっちの動きを読める……そう言うことか」
低い声でぼやいたのは、後ろにいた依織だった。
彼女の目はじっとりとシュウたちを睨め付けている。2人の会話が聞こえたのか、シュウは丸い目を細めて見せた。
「気付いたかい? そう──僕らエンシャントダークは、相手の動きを見切り、力を奪うことを得意とする」
「言わば、マイナスの力を持つチーム……ってことだね」
違和感の答えを返すが否や、エンシャントダークは一気に雷門陣へと攻め入ってくる。ディフェンス、と振り向き様に神童がゴールへ向かって叫ぶ頃には、彼らは既に雷門陣内を侵略していた。
「この辺で良いだろ? シュウ」
「ああ。終わらせよう」
2人の会話の意味を理解する暇もなく、カイのパスを受け取ったシュウが、それを天高く打ち上げる。
それを追い掛け跳躍したシュウは、そこから再びカイへパスを放つ。打ち下ろされたボールは強大な風圧を巻き起こし、ブロックしようとした雷門イレブンたちを次々と弾き飛ばした。
カイから放たれたダイレクトパスは、更に力を増して悠木へと渡り、雷門イレブンたちは為す術なく吹き飛ばされていく。
十分な威力を孕んだボールは、最後に林音へ渡った。もう周囲に彼を阻む者はなく、残すはゴールを守る三国1人。
そして凶悪とも言える威力を持ったシュートが、とうとう三国に牙を剥く。
ほら、やっぱり。華麗に着地しながら、シュウはまるでスローモーションのようにゴールに迫るシュートを見て、心の中で独り言ちた。
「(強くなりたいなんて、言葉ばかり。本当に力がなければ、大事なものなんて守れやしない)」
これで終わりだ。見切りを付けて、ゴールへ背を向けたその時だ。
「──まだだッ!!」
思わず目を見開き、シュウは再びゴールを振り返る。
そこには、風圧に吹き飛ばされても立ち上がり、猛然とシュートを止めに掛かろうと走る天馬の姿があった。
「絶対に、止め──っ」
「メェ」
「止めぇ………………えっ??」
その瞬間天馬も、周りにいた仲間たちも、エンシャントダークたちですら、目を丸くしてその光景を凝視するはめになった。
子ヤギだ。まだ生まれてひと月も経たないであろう白いヤギが、何も知らない顔でトコトコとフィールドに歩いてきたのである。
しかも、丁度ゴールとシュートの間に割り込む形で──
「〜〜〜〜ッそよかぜステップ!!」
一瞬混乱こそしたものの、天馬は迷うことなく必殺技を繰り出して子ヤギを抱えこむ。
刹那、天馬の髪を掠めたシュートが炸裂し、三国もろともゴールネットに突き刺さる。その風圧で、天馬は子ヤギごとサイドライン外に前のめりに転がっていった。
「っ天馬!さっきの小さいのは大丈夫か!?」
失点に悔しがるのも束の間、弾かれたように声を上げた三国に、シュウはハッと我に返る。
立ち上がった雷門イレブンたちも、視線はゴールではなくサイドライン外に蹲った天馬に向いていた。
「はい、大丈夫です!」
起き上がった天馬の腕の隙間から、元気そうな子ヤギがひょっこりと顔を出したことで、雷門イレブンたちはほっと息を吐いた。
「わぁ、本物のヤギだ!」仲間たちに囲まれ、ヤギの頭を撫でる天馬の姿を、シュウは呆然と見つめる。
今の今まで必死に自分たちに勝とうと、覇気を剥き出しにしていた彼らの面影はそこにない。どころか、失点することも無視して、彼は真っ先に小さな命を助けに行った。その仲間たちもまた然り、天馬を責める様子は一切見えない。
「さぁ、再開しよう!」
「……いや。試合は終わりだ」
今度こそ止めてみせる、と子ヤギを見送りながら立ち上がった天馬は、目を瞬いてそう答えたシュウを見つめた。
その言葉通り、既にシュウからは元から殆どなかった戦意が完全に削がれているのが分かる。おい、と諫めに掛かったカイに、シュウは穏やかに微笑んだ。
「良いから。こいつら僕に任せてよ」
「……お前がそう言うなら」
肩を竦めたカイは、恐らくこんな事態に慣れているのだろう。特に反論をすることなく頷いて、他の仲間たちを伴い森の奥へと消えていく。
まるで試合のことを忘れたかのように帰っていくエンシャントダークを、天馬たちはキョトンとしながら見送るしかない。
「な、何で? どういうこと?」
「──さて。聞いてくれ」
疑問符を頭上に浮かべて呟いた天馬に答えるかのように、シュウは口を開く。森を背に、腕を広げ、にこやかに彼は言った。
「ここの森は、君たちの自由に使って良いことにする」
「えっ!? ど、どうして急に?」
「ああ、それに君たちがこの島で強くなりたいなら、手伝ってあげるよ」
詰め寄った天馬に臆さず、掌を返したシュウは何てこともないように言葉を続ける。
訝しみ、疑いの目を向けられても、彼は怯む様子を見せない。でも、と天馬が堪えきれずに問い掛けた。
「言ってること、さっきと違いすぎるよ」
「え?」
そこでシュウは、初めて天馬の問いに言葉を詰まらせた。目は宙を泳ぎ、喉の奥から言葉にならない唸り声が漏れる。
何かを誤魔化すわけではなく、単純にどう答えれば良いか分からないらしい。神童はちらりと依織に視線を向けて、彼女が敵意のない目でシュウを見ながら小さく頷いたのを確認した。
「──そう! 君たち、面白いからさ。特に君はね」
「えっ……俺が?」
面白い、と評されて首を傾げる天馬に、シュウは「うん、面白い」と言葉を繰り返す。
その表情には、先程まであった冷たい雰囲気は感じられない。天馬もようやく緊張を解いて、少し困った色を混ぜながらも、ようやっと微笑んだ。
「改めて、僕の名前はシュウ。よろしくね」
「うん──俺は松風天馬。よろしく!」
握手を交わす2人に、仲間たちもまだどこか納得が行かないまま、それでも危機が去ったことが分かって肩の力を抜く。
そんな彼らの様子を、騒ぎを聞きつけた円堂たちが木陰からひっそりと見守っていた。