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ブーイングと歓声が入り交じり雑音と化す中、彼らは一切の気を抜かず向かい合う。大きく開いた天井からは、今にも雷が落ちそうな程どす黒い色をした雲が渦巻いている。
味方は自陣と、テクニカルエリアの円堂たちのみ。敵だらけのスタジアムで、いよいよチームゼロ≠ニの戦いの火蓋が切って落とされた。

「──っしゃ! 行くぞ、天馬!!」
「うん!!」

キックオフは雷門からだ。気合いと共に走り出した依織に応え、天馬は彼女からのパスを受け取る。
正しくは、受け取ろうとした。それを出来なかったのは、寸前2人の間に割り込んできた白竜が瞬く間にボールを攫ってしまったからだ。

「くそっ」
「早い!!」

にやりと肩越しに笑った白竜は、そのまま雷門陣内に走り込み、迎え撃とうとした雷門イレブンをゼロの仲間と共に素早いパス回しで翻弄する。

「何て速さだ……!」
「これが究極ってやつかよ!」

ゼロは雷門イレブンを弄ぶかのように、隙間を縫うようなパスを繰り返し、簡単にゴールを取ろうとしない。先程からボールを止めようと四苦八苦する霧野や狩屋が、悔しげに呻いた。
「こんな相手に勝てるの……!?」離れて行くボールを追い掛けながら、輝の泣き言を聞いた神童がきりりと眦を吊り上げる。
こちらは人質も取られている。勝てるかどうかではなく、勝たねば待つのは絶望だけだ。

「みんな、行くぞ!!」

仲間を鼓舞するように哮った神童の指先から、光の軌跡が描き出される。
フィールドを駆け抜ける神のタクトの導きで天馬が何とかボールを取り返したが、それも一瞬のこと。影のように背後から現れたシュウが驚く間も与えずにボールを奪い、白竜へと渡した。

「白竜……!」
「フッ──」

立ち向かってきた剣城に、白竜は鼻を鳴らして足を撓らせる。放たれたボールは虚を突かれた剣城の鳩尾にめり込み、その体はフィールドの端まで弾き飛ばされた。
「剣城!!」ギョッと振り向いた依織の真横を、白竜は風のようにすり抜けていく。その時、依織は聞いた。彼が自分に向かって、こう囁くのを。

「言葉で分からぬなら何度だって力で示してやろう。君がその考えを改める、その時まで!」
「──!」

ぶわ、と巻き起こった風圧に体が蹌踉めく。
白竜が雷門のディフェンスライン最後の要、天城のスライディングをジャンプで躱せば、ゴールの前はがら空きになってしまう。無慈悲に放たれたシュートは三国ごとゴールネット深く突き刺さり、シード候補生たちから一層歓声が上がった。

「ぐっ……すまない、止められなかった……!」
「でも、僕たちも歯が立たなかった……」

三国の体を起こしながら、信助はゼロを見つめる。開始から約10分も経っていないのに、こちらは既に相当な体力を消耗させられた。それに対し、ゼロたちは依然開始直前と変わらぬ様子で悠々とそこに立ちはだかっている。
レベルが違う──その事実を痛感した。

「キャプテン!」
「──行くぞ! 《奏者 マエストロ》!!」

息つく間もなく試合は再開され、ホイッスルが鳴ると同時に神童は化身を発現した。雷門がフィフスセクターに目を付けられる切欠のひとつとなった、4本腕のタクトを奮う巨人。
マエストロを伴い、神童は仲間たちを振り返る。

「ここは化身のパワーでDFを突破するッ!!」
「はい!!」

神童を先頭に、剣城、天馬、依織、輝はゼロ陣内に飛び込む。シュウは動じず、隣の白竜に視線を向けた。

「白竜」
「ああ。そろそろ始めるか」

頷き、そんな言葉と共に白竜は徐に左手を振り上げた。仲間たちはその背中を見、この後起きる衝撃を予測して半歩後退する。

「見るが良い。これが究極の化身!!」

翳した腕に、白竜の体に、白く輝く闘気が渦巻いていく。目映い光が溢れ、スタジアム全体を揺らす咆哮と共に現れたのは、白銀に輝く巨大な竜だった。

「《聖獣 シャイニングドラゴン》!!」

大きな口を開け牙を見せつけ吼えるシャイニングドラゴンに、神童は一瞬息を飲んだが怯まずにそのまま突進する。

「決めてみせる……!!」

マエストロがタクトを大きく振る。シャイニングドラゴンはその長い尾を鞭のように撓らせると、神童の体目掛けて振り落とした。

「ぐああああッ!!」
「キャプテン!!」

フィールドに叩き付けられた神童は膝を突いてどうにか起き上がったが、今の衝撃でマエストロは霧散してしてしまった。
ふ、とそれを鼻で笑った白竜はボールを奪い、次々とシャイニングドラゴンの尾で雷門イレブンを薙ぎ払っていく。

「! 剣城!!」

進撃を続ける白竜がディフェンスラインに食い込む直前、彼の前方に剣城が飛び出した。

「出てこい、《剣聖 ランスロット》!!」

雄叫びを上げ、剣城が紫に輝く闘気を放ちランスロットを発現させる。
ランスロットは鋼の剣をシャイニングドラゴンに向かって振り下ろしたが、その刃が鱗を貫くよりも先に振り抜かれた尾に弾き飛ばされ、剣城の体もまたフィールド端まで叩き付けられた。

「こんなものか!!」
「まだだ!!」

嘲笑する白竜に、天馬と依織が自陣まで駆け戻る。
2人は視線を交わすと、同時に化身を発動した。

「出てこい俺の化身! 《魔神 ペガサス》!!」
「来いッ!! 《星女神 アストライア》!!」

2体の化身が立ちはだかったにも関わらず、白竜は余裕の笑みを崩さない。寧ろ聳えた化身──特に依織のアストライアに、高揚したかのように口角を上げる。
ペガサスの鉄拳を避け、アストライアの光球をかいくぐり、シャイニングドラゴンの尾はいとも容易く2人の体を弾き飛ばした。

「んなバカな!」
「天馬たちの化身が全く歯が立たない!?」

シャイニングドラゴンを見上げ、信助と狩屋は絶句した。白竜はスピードを緩めず、ディフェンスラインの中央へ飛び込んでくる。
これ以上引くわけには行かない、とゴール前に躍り出た霧野と天城がそれぞれ腕を翳した。しかし──

「ディープ──」
「ビバ! 万里の……!!」
「──殲滅しろ、シャイニングドラゴン!! ホワイトブレス!!」

咆哮は激しい衝撃波を纏うシュートに変わる。必殺技を発動しきる前に2人を蹴散らし、そのまま三国の繰り出したフェンス・オブ・ガイアを打ち砕いてゴールに突き刺さった。
ずん、と雷門のゴールが重厚な音を立てて揺れる。向けられた白竜の背を呆然と見つめて、信助と狩屋が呟く。

「そんな……一体どんな特訓をすればあんなのに勝てるんだよ……!?」
「冗談キツいぜ、ホント……!」

これで2点の差が開いてしまった。歓声を浴びながら、白竜は自陣へ戻って行く。擦れ違い様、剣城は彼を一瞥して呟いた。

「これが、究極の力か……!」
「その通りだ。お前たち如きに勝てるわけがない」

剣城を横目に、白竜は冷たく言い放つ。
──彼は、あんな冷徹な目をしていただろうか。確かに出会った当時から尊大な態度の目立つ少年だったが、前はこんなに相手を虫けらのように扱うようなことはしなかったはずだ。
剣城は彼を変えてしまったであろう、ゼロのテクニカルエリアに控える牙山を睨み付けた。

「……剣城!」

キックオフの直前。剣城は後ろから聞こえてきた神童の声に振り返る。
そこには、既に神童に声掛けによって集まった天馬が剣城が来るのを待っていた。

「聞いてくれ。こうなったら、俺たち3体の化身で奴のシャイニングドラゴンを押さえ込む!」
「そうか……! 3体同時なら、行けるかもしれませんね!」
「突破口はそれしかないな……」

今はそれ以外に活路を見出すことは出来ない。3人はそれぞれ頷くと、自分のポジションに戻っていく。
そして彼らは視線を交わし合うと、戦いを再開させた。ホイッスルが鳴り響き、輝の蹴り出したボールから始まり、剣城から依織へ。敵陣へ駆け上がる雷門イレブンに、ゼロが再び襲い掛かった。
無理矢理依織からボールを奪い取った白竜は、反撃の隙を与えず再びシャイニングドラゴンを発現させる。

「今だッ!!」

神童の合図と共に、天馬と剣城が化身を発現させた。さっきは依織と天馬の2人がかりで駄目だった。ならば、3体なら。
白銀の竜を取り囲む、それぞれ輝く3対の巨人たち。フィールドは化身使いが放つ特有の光に満ち、選手たちの背に色濃い影を作り出す。白竜は天馬たちの化身を見上げ、ボールを押さえたまま立ち止まった。

「よし、抑え込んだぞ!!」
「──そう思うか?」

天を仰いでいた面差しを向け、白竜は冷たい目で神童たちを睨め付ける。
そして右手を振り後方に控えていた選手たちの動きを促すと、ゼロの中からMF4人が飛び出した。

「行くぞ!」

先頭を切った青銅の号令で、4人の体から闘気が立ち上る。
林音からは鉄騎兵ナイトが、青銅からは精鋭兵ポーンが、カイからは番人の塔ルークが、悠木からは魔宰相ビジョップが。一斉に発現された4体の黒い化身たちは、シャイニングドラゴンに付き従うように左右に2体ずつ立ちはだかった。

「駄目だ、ボールを奪うどころじゃない……!」

元々白竜の動きを止めておくので精一杯だった天馬たちは、前方から迫る化身たちの圧力に蹌踉めく。
寸でのところで白竜たちの化身と競り合う天馬に、シュウが冷たく、言い聞かせるように言った。

「そうさ、天馬。君たちはまだまだ化身を使い熟せていないんだ……!」
「思い知れ! 化身を自由自在に操れる、俺たちの力を!!」

シャイニングドラゴンを伴い高く跳躍した白竜の周りを風が渦巻き、闘気が迸る。その全てを、彼はボールに込めた。

「食らうが良い──ホワイトブレス!!」

竜の咆哮がフィールドを震わせ、激しいエネルギーの込められた一撃が3人の化身を打ち砕いていく。
化身が消えると同時に天馬たちが吹き飛ばされても尚、ホワイトブレスは威力を落とすことなく雷門のゴール目掛けて飛んで行く。隕石のように向かってくるシュートを止めるべく、DF陣たちは身構えた三国を守るように飛び出した。

「これを食らったら三国が保たないド!」
「特訓が無駄じゃないってことを証明するぞ!!」
「分かってらぁ!!」

天城、霧野、狩屋がそれぞれ同時に必殺技を繰り出したが、ホワイトブレスはそれを無情にも打ち砕いていく。
「まだだ!!」けれど、そのお陰で威力は微弱ながら弱まった。ディフェンスラインまで下がっていた依織が吼え、ゴール前に立ちはだかる。

「流星、ブレーーーードッ!!」

勢いよく旋回した足がホワイトブレスを捉える。一瞬の鍔迫り合いの後依織の体は後方に叩き付けられたが、三国が直後繰り出したフェンス・オブ・ガイアはシュートを許すことなく、どうにかボールをコートの外へと弾き出した。

「すまん、鷹栖! よく止めてくれたな……!」
「っのくらい、どうってことないですよ……」

依織は顔だけ三国に向けて、小さく頷いた。全身を貫くような痛みに体が軋む。息が詰まって、声を絞り出すのがやっとだった。
「依織、大丈夫!?」震える腕で上体を起こした依織の背中を、駈け寄ってきた天馬が支える。
*
「どうした。それで全力か」

胸を聳やかした白竜は傷付いた雷門イレブンに言い放つと、テクニカルエリアの牙山に視線を向けた。
「そろそろプレッシャーを掛けるか」呟いた牙山が頷いたのを確認し、頷き返した白竜は仲間たちに視線で合図を送る。

それからの試合展開は、まさに一方的だった。
ゼロイレブンは雷門の選手にボールを叩き付けてパスを回す、暴力行為に等しいプレイを繰り返す。破壊的な威力を持ったボールは雷門イレブンを傷付ける凶器と化し、彼らを余すことなく痛めつけていく。

「さあ──お前たちの本当の力を見せてみろ」
「何……?」

痛みに倒れる雷門イレブンを見下ろして言い放った白竜に、剣城が声を絞り出しながら顔を上げた。

「分からないのか? 実験だよ。人は追い詰められる時、実力以上の力を発揮する!」
「っ俺たちは実験体じゃないぞ!!」

悔しさに勢いよく天馬が起き上がるが、白竜はそれを歯牙にも掛けず鼻で笑うばかりだ。

「いいや、実験体さ。俺たちの究極を、──完成させる為のな!!」

白竜の蹴ったボールの衝撃波が、立ち上がろうとしていた雷門イレブンを蹴散らしていく。ゴールは狙わず、敵を殲滅する。ひたすら、相手が限界を超えるのを待つ。それは既に、試合と呼べるものではない。
次々と倒れていく選手たちに、頭上から葵の悲痛な叫びが聞こえた。

「みんなァ!!」

葵は小さな拳で鉄格子を殴ったが、檻は固くビクともしない。赤くなり、痛みを訴える手を抱え、葵は啜り泣いた。

「──何が究極だ、下らねえ……」
「……何だと?」

背後から聞こえた地を這うような低い声に、雷門陣内に背を向けた白竜の足がピタリと止まる。
振り向くと、依織がフィールドに手を突きゆっくりと体を起こすところだった。

「お前らも……ここの大人たちからすれば、ただの実験体なんじゃないのか。この試合に、お前らの意思は本当にここにあるのか……?」
「……何を、ふざけたことを」

掠れ掠れではあるが、依織は鋭い眼差しでこちらを睨んでいる。
真っ赤な闘志と、焼け付くような野心を灯した目。彼女に惹かれた一因になった瞳。それを見つめ、白竜は言った。

「言ったはずだ。俺はここで戦うことで究極になる。究極であることこそ、選手として一級品だと!」
「……やっぱり、下らねえよ。そんなの」

「依織……?」天馬は俯せに倒れながら、ゆらりと立ち上がる依織を見上げる。
その表情は後ろ姿からでは窺えなかったが、声から僅かな怒気を感じた。

「お前に言われて、ずっと考えてたんだ。強くなること、──私が欲しい強さは何なのかって。でも今、ハッキリ分かった」

天馬からシュウの話を聞いた時、依織は反論できなかった。強さにこそ価値があるなんて冷たい言葉を、受け入れてしまった自分に驚いた。
そして、その時気が付いた。幼い頃からの夢がいつの間にかすり替わってしまっていたことに。

いつからだろう、強くなって欲しいと言う母の願いを履き違えてしまったのは。
強くなるためなら、どんな無茶もやってみせると思い始めてしまったのは。
それではここにいる牙山たちと同じだ。母が依織に願った強さが、そんなものである筈がないのに。

「私の求める強さは、お前たちの強さじゃない。究極なんて大人たちが作った肩書き……そんなただの飾り、私はいらない!!」
「……そうか」

一瞬、目を伏せた白竜が奥歯を噛み締める。
次の瞬間、顕現されたシャイニングドラゴンが白い尾を彼女に向かって振り抜いた。

「──残念だ。君なら理解できるのではないかと、期待した」
「依織!!」

宙を舞った依織の体が、フィールドに叩き付けられる。
天馬や葵の悲鳴の悲鳴は、群衆の歓声と、前半終了を告げるホイッスルの音に掻き消されていった。