「──大丈夫か」
「大丈夫に見えますか……?」
痛む体をどうにか引き摺り、崩れ落ちるようにテクニカルエリアに座り込む。こちらを見下ろして尋ねてきた鬼道は、草臥れた依織の返答に「半々だな」と短く言った。
「監督……このままじゃ、俺たちに勝ち目はありません」
弱々しい色を声に混ぜながら言うのは、三国に肩を借りながら立ち上がった神童だ。天馬の患部に氷嚢を当てていた円堂は冷静な表情で彼を見遣り、頭を振る。
「確かに、奴らの力は凄い。──だがチャンスはある」
「チャンス?」
そんなものありましたっけ、と大の字になった狩屋が投げやりに呟いた。
突ける隙もなく、パワーもこちらが明らかに下回っている。それは前半戦で文字通り痛感したことだ。その中にチャンスがあるなど、到底思えない。
しかし円堂は言うのだ。確固たる確信を持って、彼らの背中を叩くように。
「ある。──何故ならお前たちは、まだ特訓の成果を出していないからだ」
「っでも、俺たち全力で戦っています!!」
弾かれたように起き上がった天馬が、声を大にして言った。だが、円堂と鬼道は頷かない。それは風丸たちも同じだった。
「本当にそう思うか?」
「特訓の、成果……」
努めて冷静な鬼道の言葉に、神童は俯いて考え込む。
──3日間、それこそ死にものぐるいで特訓した。自分たちは、それを戦いに生かせてないと言うのか。
黙り込んだ神童の肩を叩いて、円堂は雷門イレブンたちを見回しながら言った。
「この島で過ごした時間を思い出せ。自然は教えてくれたはずだ。どんな困難でも、立ち向かうことを止めなければ乗り越えられるってことを!」
「困難を、乗り越える……」
擦りむいて赤くなった手を見下ろし、天馬はぐっとそれを握り締める。
向かい側のテクニカルエリアで、シュウはその様子を冷めた目でじっと観察していた。
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疲れも癒えぬまま、やがて後半戦が始まる。
ボールはゼロからだ。ホイッスルが鳴るや否や、ボールを受け取った白竜は間を空けずにシャイニングドラゴンを発現させた。
「序盤から俺たちを潰すつもりか!」
神童は聳える竜を憎らしげに睨んだが、前半戦で見たあの圧倒を思い出すと一瞬足が竦む。
しかし天馬は彼の横を駆け抜けて、白竜目掛けて突っ込んだ。
「俺が行きます! 行くぞっ、《魔神 ペガサス》!!」
吼えた天馬の体から紫の光が迸り、魔神ペガサスへと姿を変える。
シャイニングドラゴンを伴った白竜と並走しながら、単身突っ込んでくる天馬にシュウが言い放った。
「もう諦めた方が良い! 君の力ではどうすることも出来ない!!」
「だからって逃げられない! 俺は葵を助けるんだ!!」
「天馬!」頭上から葵の声が聞こえてくる。それが天馬に更なる活力を与えた。
思い出す。自然から得た研ぎ澄まされた感覚、身についた筋肉があることを。シュウと共に登った岩場を、どう攻略したかを。
「あの白い竜を超えるには、更に高く──舞い上がる! 天まで、届けえええッ!!」
全身をバネにして、天馬はこれまで以上に高く跳躍する。体から力が溢れ、それは光となって魔神ペガサスを包み込んだ。
翼を更に大きく広げ、より雄々しく、より猛々しく。天馬の強い想いが、ペガサスを強力な姿へと進化させる。
「《魔神 ペガサスアーク》!!」
その姿に、誰もが息を飲んだ。白竜やシュウでさえも一瞬怯ませ、それと同時に高揚する。これほどの強者と戦える喜びを、圧倒的な壁を越える喜びを、長い間押し込まれてきた感情を思い出したのだ。
「天馬、君は──」
呆然とシュウが呟いたその目の前で、シャイニングドラゴンとペガサスアークが激突する。
ペガサスアークが翼を羽ばたかせ、風圧でシャイニングドラゴンが吹き飛ぶと同時に白竜のバランスも崩れる。今更そのチャンスを逃しはしない。直ぐさまボールを奪った天馬は、自陣へとバックパスを出した。
「キャプテンッ!!」
「っああ!!」
ボールを受け取った神童はマエストロを発現させ、そのままハーモニクスを繰り出す。だが、その先にあるのはゴールではなく、隙を突きゼロのDFを突破した剣城の姿だった。
「デスドロップ!!」
ゼロのゴールの目の前に飛び出した剣城は、ハーモニクスに向かって渾身のキックを加える。迫るシュートに、ゼロゴールに立ち塞がる蛇野が身構えた。
「シュートチェインか!!」
「いいや、まだだッ!!」
ペガサスアークと共に飛び込んできた天馬に、蛇野は目を見開く。
「行くぞ!」天馬はペガサスアークの翼を更に広げ、有りっ丈のパワーをそのシュートに叩き込んだ。
「サーペントファング!!」
鎌首を擡げた蛇のオーラが、ボールを捉えようとうねりを上げる。
突き出された蛇野の両腕がボールを掴んだのも束の間、そのシュートは蛇の牙を打ち砕き彼の体ごとゴールに食い込んだ。
「何だと……!?」
それまで続いていたフィフスコールが止み、スタジアムにどよめきが広がる。
ゼロの初失点、即ち、雷門の初得点。2対1に変わったスコアボードを見上げ、天馬は息を弾ませながら込み上げてきた喜びに唇を震わせた。
「や──やったァ! 決めたぞーー!!」
それを皮切りに、仲間たちが喜びの歓声を上げる。
特訓の成果を結集させた3人のシュートが、ついに1点をもぎ取ったのだ。テクニカルエリアの青年たちは顔を見合わせ、頷く。水鳥や茜は、フィフスコールに負けじと雷門コールを続けていた。
「やるね、天馬……」
「ふん……これが雷門か」
シュウは天馬を、白竜は剣城を見据えて呟く。どうやらあそこは、ただのぬるま湯ではなかったらしい。
僅かに息は乱れていたが、2人の表情に焦りや動揺はなかった。長い間、仲間や機械だけを相手取ってきた彼らに取って、目の前で進化を遂げる雷門は敵として不足ない。
その頃、ゼロのテクニカルエリアにいる牙山の元に、観覧席のイシドから電話が入ってきた。
『そろそろではないか。余興は十分楽しませて貰った』
「ハッ、聖帝」
用件を言い終えるや否や、イシドは電話を切る。
牙山はニタリと口唇を持ち上げると、直ぐさま白竜たちへハンドサインを送った。
それを確認した白竜は目を細め、後方の林音たちへ向かって指示を出す。
「──仕上げに入る!」
「おう!」
4体の黒い化身に続き、白竜がシャイニングドラゴンを発現させると、ゼロ陣内はあっと言う間に化身の壁が出来上がった。
それを見上げる天馬たちの表情に、もう迷いや恐れはない。
「化身を使える時間は限られている! ここは何としても抑え込むんだ!」
ホイッスルが鳴ると同時に、神童、天馬、剣城もまた化身を発現させる。
聳え立った8体の化身は、それだけで圧巻だ。
「それが分かっていたところで、どうにもならないんだよ!!」
「ならば連携して迎え撃つ!!」
白竜の挑発を受け、神童が吼える。
まさに化身大戦が始まろうとしたその瞬間、雷門陣内で動きが合った。それまで後方で控えていた霧野が、猛然と前線に飛び出してきたのだ。
「ディフェンス! 神童たちをサポートする!!」
「えェ!? サポートって、どうやって!」
霧野の勢いに引き摺られるようにして走り出した狩屋が叫び返す。
黒い化身を前に立ち止まった──立ち塞がった霧野は、怯まず敵を見上げた。
「俺たちにしか出来ないことがある! ──行くぞ!!」
「ああもうっ、分かったよ!」
霧野のやらんとしていることを察したのだろう、狩屋もまた彼の隣に並ぶ。そして2人はほぼ同時に腕を薙いで、必殺技を発動させた。
「ディープミスト!!」
「ハンターズネット!!」
繰り出された濃い霧が林音の視界を遮り、彼の操るナイトを光の網が捕らえる。
その一部始終を見た天城は得心が行ったように、信助を伴い逆サイドへと走り込んだ。
「なるほど、分かったド! 行くド信助! ビバ! 万里の長城ーーッ!!」
「はい!ぶっとびジャーーーーンプ!!」
地中から迫り上がった壁に包囲され、信助の後方からのジャンプで挟み撃ちになった青銅は、発現させたポーンと共に身動きが取れなくなる。
これでゼロの化身は残る3対のみになった。
「すまない、みんな!」
DF陣の決死のバックアップに、神童は更に闘気を高まらせる。この絶好の機会を、決して逃しはしない。
「これで対等です!」
「突破するぞ!!」
天馬と剣城が同時に叫ぶ。ペガサスアークは翼を翻し、ランスロットはその剣を天に掲げた。
ペガサスアークの起こした風を追い風に、ランスロットがシャイニングドラゴンに斬りかかる。シャイニングドラゴンはそれを辛うじて避けたが、バランスを崩した隙を突かれランスロットに押し負けた。
体勢を崩した白竜からボールがこぼれ落ち、転がって行く。それをすかさず剣城が天馬にパスし、更に神童へと回す。
「行くぞ輝! ただ砂場で遊んでただけじゃねえって証明してやる!!」
「うんっ!!」
そこへ、依織と輝が神童の両隣に並んで走り込んだ。ゼロのDFを躱す足取りには、確かに特訓の成果が如実に表れている。
瞬く間に前線にボールを運んだ輝は、大きく足を振り上げた。
「エクステンドゾーーン!!」
ボールに込められたエネルギーは縮退が掛かり、フィールドに大きなクレーターを作る。
輝の放ったシュートに蛇野が身構えたが、次の瞬間、ボールはフェイントを掛けたように旋回した。
「現れろ!! 《星女神 アストライア》!!」
虚を突かれた蛇野の目前に、化身を発現させた依織が躍り出る。
輝く星屑を散らし、アストライアの掲げた手からいくつもの光球が浮かび上がり、旋回する。
「アステリスフィア!!」
輝のエクステンドゾーンからの威力を引き継いぎ更に強力なシュートに進化したアステリスフィアは、 流星群のようにゴールに降り注いだ。
2対2──切り替わったスコアボードの数字に、輝と依織はごつんと拳を突き合わせた。
「俺たちと渡り合うとはな……」
「でも、これぐらいやってくれないと僕たちの力は試せない」
同点に追いついたことを喜ぶ雷門イレブンを見ながら、白竜とシュウは冷静に言葉を交わした。
まだ焦る時間ではない。しかし──不思議と、心臓が騒ぐ。白竜はユニフォームの上からぐっと胸を押さえる。
その時、ふとシュウがテクニカルエリアの方を見て、すうっと目を細めた。その視線を追った白竜は、一瞬唇を真一文字に引き結ぶ。
──そこには、ベンチで立ち上がる牙山の姿が合った。彼だけではない。教官である火北、林野、大風谷、五条、六塔が、ゼロのユニフォームを纏い立っていた。
「白竜。選手交代だ」
「……!!」
牙山がピンクのジャケットを脱ぎ捨てる。彼が着込んでいたのもまた、ゼロのユニフォームだ。白竜は一拍空け、無言で頷いた。
そのまま選手と入れ替わり、堂々とフィールドに入ってきた牙山たちに、雷門イレブンだけでなくベンチの風丸たちも目を見開く。
「バカな……!」
「っシュウ! ホントにこれで良いの? これが君の求めるサッカーなの!?」
溜まらず駈け寄ってきた天馬の問い掛けに、シュウは答えない。暗い色をした目を逸らし、ただ沈黙を貫くばかりだ。
「こんなことが許される訳がない!」
「非正規の選手が参加するなど、卑怯極まりないな」
眦を吊り上げ、風丸や鬼道が抗議したが、牙山はそれを意にも介さず鼻で笑う。
「あなた方は、立場を理解すべきではないか?」
牙山が視線を向けられたのは、依然檻に囚われたままの葵だ。彼女があそこにいる以上、雷門に拒否権はないのだ。
正に横暴──唇を噛み締めた鬼道の肩を、円堂が叩く。
「今は耐えるしかない」
「……円堂」
低い声で言った円堂の目にも、怒りが滲み出ている。冷静さを取り戻した鬼道は、長く息を吐き出し、頷いた。
雷門イレブンも動揺こそしていたが、これ以上文句を言うつもりはないらしい。言葉より行動で、サッカーで。闘志と怒りの宿った瞳で牙山たちを睨み付ける。
「さあ、始めるぞ──教育≠な!!」
怒号をスタジアムに轟かせ、牙山は犬歯を剥き出して獰猛な笑みを浮かべた。