「そんな……こんなバカなことがあり得るのか……!」
3対3と表示されたスコアボード、そして拳を合わせて喜び合う雷門イレブンを交互に見つめ、牙山は茫然と呟いた。
そんな彼の元に、着信が入る。職員の殆どがスタジアムに集まり、教官もフィールド入りしているこの状況で電話を入れる人物など1人しかあり得ない。
牙山は怖々と携帯を耳に当てた。
「聖帝……!」
『牙山、もう良い』
淡々と、携帯越しにイシドは言った。牙山はぐっと息を飲んだが、瞬時に気を持ち直し食い下がる。
「い、いいえ、まだこれから奴らを!」
『下がれ』
有無を言わさぬ声音でその言葉が終らぬ内に言い切ったイシドは、そのまま答えが返ってくるのを待つことなく通話を切る。
「〜〜っええい、選手交代だ!!」
沈黙した電話を片手に歯を食いしばった牙山は、一拍置いて声を荒げた。
フィールド入りしていた教官たちに代わり、ベンチに控えていた選手たちが戻ってくる。牙山は再び少年たちのみとなったゼロの顔を睨めつけるようにしながら苛ついた様子で怒号を飛ばした。
「いいか、お前たちは奴らなど遠く及ばぬ過酷な特訓をしてきた。故にこの試合は勝って当然! 万一負ければ、お前たちの存在価値はない!!」
吐き捨てるように言って、そのまま牙山は足音荒くテクニカルエリアに戻って行く。
「存在価値、か……」肩を怒らせた後ろ姿を見送りながら、シュウは誰に言うでもなくぽつりと零した。
その呟きが聞こえたのだろうか。シュウの肩を、やや強めに白竜が叩く。無理やり意識を引っ張った痛みにシュウは白竜に思わずじっとりとした目を向けたが、当の本人は素知らぬ顔で行くぞ、とポジションに戻って行った。
そして両チームは改めてスターティングメンバーに戻る。子供だけのチーム、正常な形に。
キックオフはゼロからだ。ボールを受け取るなり、白竜が雷門陣内へ猛進して行く。
「来い、《聖獣 シャイニングドラゴン》!!」
「《魔神 ペガサスアーク》!!」
シャイニングドラゴンを発現させた白竜に対し、飛び出した天馬がペガサスアークを発現させる。2体の化身がぶつかり合うと、周囲にビリビリと衝撃が走った。
その間、約3秒。拮抗したかのように見えた化身同士の取っ組み合いは、天馬のペガサスアークに軍配が上がる。
「凄いぞ、天馬!」
尊敬するOBたちと一緒にプレーしたせいか、天馬は先程よりも覇気に溢れている。短い間で成長したとも言えよう。
感嘆の声を上げた霧野に小さく頷きを返しながら、天馬はさっとDFラインの先頭にいた車田へとパスを上げた。
「車田先輩!」
「ああ! 行け、信助!」
「はいッ!」
間を空けない車田からのロブパスを中空で受け止めた信助は、そのままの体勢でぶっとびジャンプを放ちゼロ陣内に切り込んでいた天馬に向かって叫ぶ。
「天馬! シュートチェインだ!」
「うん! だああああああッ!!」
雄叫びを上げると、呼応したペガサスアークが咆哮する。赤い翼を翻し、放たれたシュートは突風となってフィールドを横切った。
「ジャスティスウィング!!」
風のうねりはまるで獣が吠えるような音を上げ、そのシュートは蛇野が防ぐ間もなくゴールに突き刺さる。
これで雷門は4点目だ。やった!と手を取って喜び合う天馬と信助に、白竜はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「──少し、焦っちゃったね」
憤りに肩を震わせる白竜を落ち着かせるように、穏やかな声音でシュウは彼に声を掛ける。
振り向いた白竜の目は冷たく暗く、苛立ちをぶつけるかの如くシュウを射貫く。
「……俺たちは血の滲むような思いで、究極になることを目指してきた」
「雷門は僕らが思っていたよりも強かった。……それだけのことだよ」
シュウの声はあくまで冷静で、どこまでも白竜を宥めることに徹しているように聞こえる。それが余計に、ささくれだった彼の神経を逆撫でした。
「確かにあいつらは強い! しかし、俺は誰よりも優れた人間になると誓ったんだ! ここで負けるわけには行かない!!」
語気を強め、半ば叫ぶように返すと、シュウは少しだけ驚いたようだった。しかしそれは叫んだ本人も同じ事で、咄嗟に口を噤んで目を瞬かせながら俯いた。
シュウは雷門陣内で仲間たちにもみくちゃにされる天馬を一瞥する。どれほど痛めつけられても、差を見せつけられても、彼らは諦める様子を見せない。真っ直ぐ自分たちに立ち向かってくる。彼らの闘志が白竜の凍り付いた心を溶かし始めていることを、シュウは感じ取っていた。
「──白竜。力を解放しようか」
シュウに肩を叩かれ、白竜は我に返ったようだった。ハッと顔を上げた彼の目が、やがて燦然と輝き始める。
「そうだ。この勝負は俺たちの戦いだ。俺たちの本当の力によって勝たなければ、意味がないのだ!!」
落ち着きを取り戻し、力強く頷いた白竜にシュウはにっこりと微笑みかける。
そしてその2人の様子は、雷門イレブンたちからも見て取れた。
「奴ら、雰囲気が変わりましたね。神童先輩」
「ああ……次も何を仕掛けてくるのか分からない。油断せずに行くぞ」
呟いた依織に、神童が額に浮かんだ汗を拭いながら答える。
休む間もなく、試合は再開される。ホイッスルが鳴った瞬間、ゼロイレブンの猛攻が始まった。
発現したシャイニングドラゴンは、白竜の闘志に答えるかの如く先程よりも一層輝きを放っている。白銀の竜が吼えると、雷門陣内の陣形を崩そうとMFの4人がそれぞれ化身を発現させ、正面突破を掛けてきた。
対し、雷門イレブンは天馬、剣城、神童が化身を発現させてゼロの化身を迎え撃つ。激しいぶつかり合いはフィールドに衝撃波を放射する。今までにない白竜の気迫に、神童は彼が化身に全てのパワーを集中させる気だと感じた。
「ぐ、うううッ!」
天馬たちも度重なる化身の発現で、精神と体力を削られている。だが、ここでこの防衛ラインが崩されるわけには行かない。化身を維持するため、3人は気力を絞り続ける。
しかし、それこそが白竜の目的だった。3人の意識がこちらに向いている間に、黒い影が白竜の背後から飛び出した。
「行け、シュウ!!」
叫ぶ白竜に応え、シュウは身構える。
その髪は突風に逆立ち、勢いよく迸った黒い闘気はやがて形を為して暗黒の鬼神へと姿を変えた。
「《暗黒神 ダークエクソダス》!!」
ダークエクソダスは腕を振り上げ、巨大な斧を担いで雷門陣内を冷たい闇色の目で見下ろす。漆黒の姿はシャイニングドラゴンの眩しさと双璧を為すように、巨大で禍々しい。
「何っ!?」
「あれがシュウの──!」
完全に意表を突かれ、黒い鬼神に天馬たちの注意がそれたその瞬間を白竜は見逃さない。
すかさず彼からのパスを受け取ったシュウは、ダークエクソダスと共に雷門陣内に斬り込んだ。
「まずい……!!」
振り返る頃には、既にシュウの姿は遠く離れている。ダークエクソダスは斧を引き摺り、フィールドに亀裂を残す。
そんな彼の進行方向へ、同じく化身を発現させた依織が躍り出た。
「行かせない!!」
吼える依織に、ふ、とシュウが冷たく笑う。
ダークエクソダスは斧を振り上げて、勢いよくアストライアの頭上へ叩き込んだ。
正面からそれを受け止めたアストライアは、一瞬苦しげに眉根を寄せて霧散する。そして次の瞬間、巻き起こった爆発的な衝撃波に依織の体が中空へと放り出された。
「鷹栖!!」
「アストライアが一撃で……!」
フィールドに叩き付けられた依織に一瞬目を伏せて、三国が身構える。
地面に突き刺さった斧をダークエクソダスが引き抜くと、シュウの足元にあったボールが浮かび上がった。ダークエクソダスがそのまま斧を振り上げると、シュウはそれにシンクロして天高く跳び上がり、上空からボールに踵落としを浴びせる。
「これが僕の力!! ──魔王の斧!!」
ダークエクソダスの振るった斧の斬撃は、黒いオーラを纏った一撃となって雷門ゴールに襲い掛かる。激しい衝撃波にゴールは歪み、三国が技を繰り出す間もなくゴールに叩き込まれた。
「くっ……!」
「大丈夫ですか!?」
膝を突いた神童たちに、輝が慌てて駈け寄っていく。
霧野に肩を借りて起き上がった依織も、辛そうに眉を顰めて歯を食い縛りながらポジションに戻ってきた。
「まずいな……化身を出せるのはあと1回くらいか……!」
荒い息を繰り返しながら、剣城が呟く。
今回の試合で化身を発現させた回数はいつもの試合での比ではない。特に依織は、次に化身を出せば倒れかねない程に消耗しているだろう。いつもの調子で茶々を入れてこないのがその証拠だ。
「キャプテン……」
「だが、状況はゼロも同じ筈だ」
息を整え、神童が不安げな天馬に答える。
シュウは恐らくゼロに取っての最終兵器だ。相手が疲弊しきっていたところに、余力を存分に残したシュウをぶつける。まんまと白竜の策に嵌まったことに、神童は歯噛みする。
「フォローは任せろ、神童。俺たちもまだ体力は残ってる、あいつが出てきてもまた必殺技で押さえつけてやるさ」
「ああ、頼んだぞ霧野」
力強く笑った胸を叩く霧野に、神童も釣られて笑みを返した。
今は使える力は全て使わなければならない。どんなに小さな好機も見逃してはならない。既に後半戦の時間も僅かにしか残されていないのだ。
神童が仲間へ指示を出しながらベンチの円堂に視線を送ると、それを受け止めた円堂が小さく頷くのが見えた。マネージャーたちと春奈も先程から絶えず雷門コールを繰り返し、風丸たちOBも試合の行く末を見守っている。
「行くぞ、お前たち。化身の使いどころを見誤るなよ!」
「はい!!」
残る気力を振り絞り、3人は気合いで声を上げた。
時間も残り一桁を切ろうとしている。試合はゼロのキックオフで再開されたが、白竜は神童の読み通り化身を出さず、ドリブルで駆け上がってきた。
「DF止めろ! もうゼロは化身を出せない!!」
「任せろ!!」
大きく頷いた霧野、そして狩屋が白竜のチェックに入る。しかし2人のディフェンダーに進路を阻まれた白竜は、焦るどころかニヤリと口角を上げる。
「ふっ──果たしてそうかな?」
白竜は霧野と狩屋の動きに注意深く目を配りながら、雄叫びを上げた。
すると驚くべきことに、彼の体から前半と遜色ない輝きを放つ金色の光が溢れ出し、シャイニングドラゴンが再びフィールドに現れる。
「これは……!」
「どうして!? 化身を使える時間は限られている筈だ!」
息を飲みシャイニングドラゴンに圧倒される雷門のディフェンダーたちに、白竜は笑みを深めた。
──その背後で、彼の放つものとはまた違う光が揺らめいているのを見つけた依織が、訝しげに目を細める。
「何か、様子が変だ……!」
そこにあったのは、白竜の後衛についたカイ、悠木、青銅、林音が横一列に並び、その闘気を白竜に注いでいる不思議な光景だった。
4人が闘気を注げば注ぐほど、聖獣は力を増し長い首を擡げて巨大になっていく。成長するシャイニングドラゴンを背に、白竜は誇らしげに言い放った。
「見ろ! これは化身の力を半永久的に持続することが出来る、化身ドローイング≠セ!!」
「そんな……!」
「奴らこんなことまで!」
最早この現象は人智を越えている。煌々と光を放つシャイニングドラゴンに、天馬たちは息を飲む。
そして白竜の隣に、黒いオーラを纏うシュウが並ぶ。ダークエクソダスは既に発現されており、2人を守るように悠然と斧を構えていた。
「これだけではない……!」
2人が吼え、更に闘気を立ち上らせると、白と黒の光が螺旋状に渦巻き混じり合うと、やがて目映い閃光を放つ。
そして融合した白銀の竜と漆黒の鬼神は、光り輝く翼、長大な剣を持った新たな姿へと変貌して、雷門イレブンの前に轟然と立ち塞がった。
「これが俺たちの化身の新たなる力! 《聖騎士 アーサー》だ!!」
白竜とシュウが同時に叫ぶと、2人の闘気が爆発してスタジアム一体をビリビリと振動させる。
本能的にその脅威を察した神童は、振り返りざま声を張り上げた。
「戻れ!! 全員でゴールを守るんだ!!」
「おおッ!!」
鬼気迫る神童の声に背中を押され、前線にいたイレブンが一斉にゴール前へと駆け戻る。
白竜とシュウはそれを気にすることなく、1体の化身に力を注ぎ込んだ。アーサーがその剣を頭上に掲げると、投身にから稲妻が迸る。舞い上がったボールは閃光弾のように目映く輝き、2人のシュートで更にそのパワーを増した。
「ソードエクスカリバーーーー!!」
白銀に輝く長剣が、勢いよく中空を薙ぎ払う。
稲妻を帯びた斬撃は雷門イレブン、ゴールの三国も例に漏れず一掃し、ボロボロになったゴールに突き刺さった。
大きなクレーターを残した白竜とシュウの得点に、シード候補生たちを沸き立たせる。割れんばかりの歓声は、無論全てゼロへ向けられる賛辞だ。
「聖騎士、アーサー……!」
「どうだ、剣城。思い知ったか!」
地面に手を突いて体を起こす剣城の目の前に立った白竜が、勝ち誇った顔で彼を見下ろす。
そんな彼の耳に、ふいに誰かが小さく笑う声が届いた。
「何だ。何がおかしい」
「──いいや。何も」
仰向けに倒れ、黒い雲で覆われた空を見上げながら依織が白竜の横顔を一瞥している。にたり、と口角を上げる彼女に、白竜は言いしれぬ感情を覚えた。
とは言え、雷門イレブンが満身創痍であることに変わりはない。ゴールは拉げ、スコアボードは5対4に変わっている。シュウは白竜と同様に、天馬の前に立って冷たく彼を見下ろした。
「天馬。これでもまだ戦うの?」
「まだやれる!!」
間髪入れず。天馬は食い気味に、シュウの問いに叫ぶような勢いで答える。それに押されたのか、それとも彼の答えが予想外だったのか、シュウは僅かに表情を歪めた。
そして天馬は顔を上げる。腹の底から、心の底から発した声は自らの背中を押して、揺るがぬ信念が彼を再び立ち上がらせる。
「俺は絶対諦めない……!」
その言葉は、雷門イレブンの総意だ。同じように立ち上がった仲間たちも、その目に諦めの色は全くない。
円堂たちの言葉を借りるなら、雷門の魂=Bかれらはそれを受け継ぎ、例えそれがどんなに辛い状況であろうと、真っ直ぐに己の敵を見据える。負けることを、考えない。
ぞく、と背筋に登ったのは恐怖か、それとも興奮か。瞠目するシュウに、天馬はユニフォームの稲妻マークを握り締めた。
「勝利の女神は、諦めない奴が好きなんだ!!」