「太陽、入るぞ」
小さくノックを2回。返事を待たず、依織は扉の取っ手に手を掛ける。
開け放たれたそこから溢れる目映い夕焼けの光に一瞬目を細めながら1歩足を踏み入れると、部屋の主はベッドに腰掛けてぼんやりと中庭を眺めているところだった。
「や、依織。準決勝進出おめでとう!」
「ああ……さんきゅ。中継見てたのか?」
「ううん、天馬から電話もらったんだ」
「天馬から?」小首を傾げながら依織は太陽の隣へ腰掛ける。その日は丁度検査でテレビが見られなかったんだ、と太陽は足をゆらゆらと動かす。踵の離れたスリッパがぱたぱたと小さな音を鳴らした。
ふうん、と相槌を打ちながら、依織も何となしに窓の外を眺める。入院患者だろうか、パジャマ姿の少年が2人、噴水の周りを駆け回っている。その2人がサッカーボールを追いかけているのを見て、依織はそっと視線を外した。
「ねえ、次の試合はさ──」
「うん」
ぱた、と太陽の足からスリッパが片方滑り落ちる。
白い足の甲を見つめ、しばし押し黙る太陽の言葉を依織は辛抱強く待った。
ただ、彼の言わんとすることは何となく予想がつく。
雷門イレブンが次に戦うべき相手は、太陽が在籍している学校だ。今まで雷門イレブンを応援してきたとは言え、自分の学校のチームが相手となると複雑なものがあるのだろう。
「……相手が誰だろうと、私は手加減するつもりはねーぞ」
「──うん。それを聞いて安心した」
俯き加減のまま、視線だけを依織に向けた太陽は薄く微笑む。夕日に照らされて溶ける輪郭に、依織は眩しげに目を細めた。
「全力で、思いっきりやってくれよ。そうじゃないと面白くないからね」
「当たり前だろ」
立ち上がった太陽は、病室の窓を開け放つ。子供たちはもう院内に戻ったのか、声は聞こえてこない。
吹き込んだ柔らかな風が2人の髪を揺らす。鮮明になった日の光が二人をよりオレンジ色に染め上げ、その空間ごと別の世界に行ってしまったようにさえ思えた。
「……あ、そうだ。依織、明日から3日間くらい、お見舞いに来なくても大丈夫だよ」
「あ? 何だよ、急に」
ふいに思い出したように口火を切った太陽に、依織はつい鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
ややきつめに寄った眉根に彼女が心配しているのが分かったのだろう、太陽は慌てて「大したことじゃないんだよ」と付け加える。
「病院に新しい設備が入るとかでさ、しばらくそっちで精密検査と治療を受けることになったんだ」
「精密検査ァ?」
「ああもう、大したことじゃないんだってば!」
顔をしかめ、更に訝しむ依織に「そっちの方が性能が良いだけだから」と太陽は言い聞かせる。
じと、とした目で依織は幼馴染みの顔を覗き込んだが、太陽は動揺こそすれ嘘をついている様子はない。眉根を緩め、「分かったよ」と依織は前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
「もー、心配性なんだから……」
「うるさい」
わざとらしく溜め息を吐いて見せる太陽の背中を軽く小突く。痛いよ、と思ってもないような顔で笑っている太陽に、依織はそれ以上何か追求することはない。
──分かっている。
太陽はまだ何かを隠している。けれどそれが何なのか、依織には把握できない。
問いただしたところで、きっと彼は何でもないよと言い張るに決まっている。この幼馴染は、案外頑固な性格なのだ。
「……早く元気になれよ、ばーか」
「ん? 何か言った、依織?」
「何でもねえ」
吹き込む風に揺れる髪が、依織の表情を隠す。
変な依織、と首を傾げる太陽は、彼女が少しだけ寂しげな顔をしていたことは分からなかった。
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翌日、部室棟──一軍用部室にて。
「──これが準決勝の相手、新雲学園だ」
大きなテレビ画面に映像が写し出される。これまでの試合の記録だろう、青いユニフォームを身にまとった選手たちが、フィールドを駆け回っている。そのプレーはどれも目を見張るものばかりで、相手として一筋縄では行かないチームなのは明らかだ。
「情報によれば、全てを兼ね備えたパーフェクトプレイや、戦術、個人技……共に優れたチームと評価されている」
映像を停止させ、神童は真剣な顔つきで仲間たちを振り返る。「ちゅーかさ」と画面を顎でしゃくるのは浜野だ。
「ここの学校も、結局フィフスセクターに支配されてるわけだよね?」
「残念ながらそうだ」
眉根を寄せて頷く神童に、浜野はだよなぁ、とため息混じりに天井を仰ぐ。大会も終盤。今年は雷門の反乱の件もあり、出場しているのはフィフスセクターの息が掛かったチームばかりになるのは仕方のないことだろう。
僅かに空気が淀む中、浜野の隣に腰掛ける倉間が軽く鼻を鳴らした。
「んなこと分かり切ってることだろ。行く道は行くしかねーっての、……?」
言葉を中途半端に切って、倉間はハタと顔を上げる。見ると、天馬、信助、輝が目をきらきらと羨望に輝かせながら倉間を見つめていた。
「な、何だよ……」
「倉間先輩の言うとおりです! 行く道は行くしかないんですよね!」
「そう言うのすごくカッコいいと思います!」
興奮気味な後輩たちの感嘆の声に、少しだけ顔を赤くした倉間は「うるせーな、分かったからその顔やめろ!」と上擦った声で怒鳴る。
その様子に笑みを溢し、神童は手元の資料を捲った。
「それじゃあ、今日から練習メニューを対新雲学園に絞って──」
「大変です!」
それとほぼ同じタイミングだった。神童の声を掻き消して、一乃と青山が顔色を青くして部室に飛び込んでくる。
「どうした、何かあったのか!」
ギョッと目を見開いた車田が、いの一番に立ち上がる。
一乃と青山は、依織の情報網が機能しなくなって以降よく部活開始前に「情報収集に行ってきます」と各自で動いているのだ。今回もその口だろうが、どうにも様子がおかしい。肩で息をしながら、一乃が唇を震わせた。
「フィフスセクターが、実力行使に出たんです……!」
「実力行使……?」
ふう、とようやく呼吸を整え終えた青山が、口をつぐんでしまった一乃の代わりに話し始める。
「雷門のサッカーに触発されて、フィフスセクターに反旗を翻した学校があるのは、聞いてると思うけど……」
「天河原中とか、万能坂中とかですよね……?」
挙がったのはかつて雷門イレブンが戦った2校の名前だ。天河原では隼が改心し、ラフプレーで雷門イレブンを苦しめた万能坂の面々もあれから色々とあったそうで、今はサッカーに対する姿勢を見つめ直したらしい。
「ああ。他にも全国でそういう動きになってきてるんだ」
「へェ、全国的とはすごいね」
眉を上げ、水鳥が小さく口笛を鳴らす。多くの学校が反旗を翻せば、その分フィフスセクターは動きにくくなるだろう。それは雷門にとって喜ばしいことである。
しかし以前顔色の優れない2人に、それまで静観していた依織がハッと目付きを変えた。
「先輩、実力行使ってまさか──」
「……ああ」
一足先に事の次第に気付いた依織に、一乃と青山は顔を見合わせて頷く。そして、改めてその口火を切った。
「フィフスセクターは、そういう学校を潰し始めたんだよ……!」
「潰しただァ!?」
がたん、と車田の椅子がひっくり返らんばかりに揺れる。
彼らの脳裏に浮かんだのは、サッカーをしている中学生ならば誰もが知っている都市伝説のひとつ、『負かした相手校を装甲車で破壊するチームがある』という話だ。
まさか、という目で注目する仲間たちに、一乃が頭を振る。
「正確には……廃校にしたんです」
「!? 天河原もか!?」
声を荒らげたのは三国だ。天河原での試合は彼にとってこれまでで最も印象深いと言っても過言ではない。しかし、その言葉を青山が慌てて否定した。
「いえ、他の地域の学校で3つやられたそうです。地区予選で負けた学校だとか……」
「見せしめってことぜよ!?」
「ひでぇことするじゃねーか!!」激昂し、車田が怒りを拳に乗せて掌に叩きつける。
「ただ……廃校にされた生徒たちの中には、雷門を逆恨みしてるやつもいるって……」
そんな、と輝の顔から血の気が引く。けれど、同時に仕方のないことなのかもしれない、と思ってしまうのも事実だ。雷門に賛同した結果、学校がなくなってしまうのでは恨みたくもなるだろう。
「あんまりですよ! そんなの許せません!!」
「ああ! 冗談じゃないド!」
「この調子じゃ、俺たちの風に乗ってくれた月山国光や、白恋だってあぶねーぞ!」
口々に飛び出すのはフィフスセクターへの怒り、そして周りへ被害が広がることへの焦りだ。口許を押さえ、考え込んでいた霧野がぽつりと溢す。
「廃校とか、潰すとか……そうなると、今まで感じていた追い風が逆風になるかも……?」
「逆風か……」
不穏な単語に、神童が見えないものを見るかのように目を細める。しばしの沈黙のあと、天啓を得たかのように三国がぱっと顔を上げた。
「──いや、他校を廃校に追い込むくらい、フィフスセクターは焦っているとも考えられるぞ」
「そうだド! フィフスは、革命という風を感じ始めているんだド。だから廃校なんて手ェ使って、結局は自分たちの首絞めてるんだド!」
その閃きに、同調した天城がガタンと椅子を揺らして立ち上がる。隣で仁王立ちしていた車田が、大きく頷いた。
「よく言ったぜ天城! こいつはもうサッカー部だけの問題じゃねぇ!! 全国の中学サッカーの、自由を掛けた戦いなんだ!!」
「おォ! 戦じゃ戦じゃあ! やったるぜよ!」
吠える車田に、錦が胸を聳やかし雄叫びを上げる。かつてミーティング室がこんなに騒がしくなったことはあっただろうか。轟々と起こる戦意の熱、そのうねりに水鳥が肩を竦めて笑う。
「へっ……すげえことになってきたじゃねーか」
「先輩たちの言うとおりだよ! やろうよ、天馬! フィフスセクターは僕達が怖いんだ。そんだけ僕達が強くなってきたってことだよね?」
弾けるような笑顔で、信助が天馬を振り仰ぐ。それを受け、そうだぜ、と浜野も振り向いた。
「ちゅーか、天馬が最初に吹かせた風だもんな。やめるわけないっちゅーの」
「でも、俺……」
──だが、肝心の天馬の顔色は優れない。彼は先程から呆然としていて、周りの熱気に取り残されている。
様子のおかしい幼馴染みに、どうしたの?と葵がその顔を覗き込んだ。
「天馬の風が、とうとうフィフスセクターを動かしたってことでしょう? これってすごいことじゃない!」
「うん……でも……」
どれだけ葵が励まそうと、天馬の様子は変わらない。その横顔にひっそりと息を漏らした依織を、剣城が一瞥した。
かたん、と小さな音に天馬は顔をそちらへ向ける。神童が立ち上がり、彼の元へ歩み寄った音だ。
「みんな。新雲学園に勝って、決勝に進もう。天馬、他の学校のみんなだって、俺たちのようにサッカーをやりたいと願っているはずだ。その思いを、もっと大きくフィフスセクターにぶつけていこう。もっと強い風を起こすんだ!」
おお、と声を上げ、期待を高める仲間たちに対し、天馬はどんどん困った顔になっていく。
見かねた依織が「天馬、」と声を掛けようと手を伸ばすと、彼は思いきったように立ち上がった。異変に気付いた仲間たちが驚いた様子で天馬を見る。
「あの……俺たちが戦いを続ければ、また他の学校が潰されちゃうんじゃないでしょうか……」
「!」
唇を引き結んだ神童から目をそらし、天馬は辿々しく続けた。まるで、何かに怯えるように。
「きっと、たくさんの中学生が今、学校がなくなって困っています……何か俺、そういう人たちのこと考えたら、ちょっと怖くなっちゃって……」
「……」
「だから……っ」
そこまで言って、言葉が続かなくなったのだろう。天馬は踵を返し、「ごめんなさい!!」と言い残して部室を飛び出した。
「天馬!」
「待ってよ……!」
「ほっとけよ」
咄嗟に追いかけようとする信助、葵、輝を制止したのは、意外なことに剣城だった。でも、と言い淀む葵に視線を向けないまま、彼はぽつりと続ける。
「今は、それが一番良いんだ」
それを最後に、部室は再び痛いほどの沈黙に包まれる。──ふと、その沈黙を破り依織がゆっくりと口を開いた。
「……最初から、分かってたんですよ。いつか、こうなることは」
「え……?」
ぎし、と背もたれに体重を掛けて天井を仰いだ依織に、神童が視線を向ける。
白い喉を晒したまま、彼女はぽつぽつと語った。
「元々黒い噂のある組織ですから。いつか革命派のどこかを見せしめに潰すくらい、やると思ってたんですよ」
「でも……鷹栖だって、俺たちのこと煽ってたじゃねーか」
倉間が言っているのは、恐らく栄都学園との試合が終わった後のことだろう。
考えて下さい。我慢し続けることが、本当に先輩たちのサッカーを守ることに繋がるのかどうか──それがあの時、依織が憔悴しきった彼らに向けた言葉。現状に歯向かえ、フィフスセクターの手から逃れろ。彼女は遠回しにそう伝えた。
いつか犠牲が出ることを知りながら、それが茨の道だと分かっていながら、そちらへ進めと。
「お前はそれでも、俺たちに革命を起こさせようとしたってのか?」
「……そうなりますね」
「そうなりますねって……お前なぁ!」
苛立ちに声を僅かに張り上げた倉間を、浜野と速水が「まあまあ!」と宥める。そんな彼らの様子も意に介さず、依織は言った。小さく、ハッキリとした声で。
「──信じてたから。『もしもそんなことが起きても大丈夫。必ず何とかするから』って、言葉を」
「……? レジスタンス──鬼道監督がそう言ったのか」
「いえ……ああ、でもまぁ、半分そうかも」
曖昧な答えに、神童は倉間と視線を交わして首をかしげる。姿勢を元に戻した依織は、その言葉を繰り返すかのように続けた。
「私は今もその言葉を信じてる。犠牲になった学校も、すぐに何とかなるって。──ああ、でも」
そこで一瞬言葉を詰まらせて、彼女は前髪をくしゃりと握り締める。
「やっぱり、少しキツいですね。実際、そう言うのを目の当たりにすると……」
「鷹栖……」
眉を歪め、唸る依織に神童は痛ましげに顔をしかめ、その肩を叩く。
神童たちも天馬も、自分達に危険が及ぶことは分かっていても、その矛先が他に向かうことまで考えが及ばなかった。それを思うと、リスクを理解した上で革命に参加した依織を責めることは出来ないだろう。
「みんな、お待たせ! さっき天馬くんが走っていったんだけど何かあったの……」
暗く落ち込んだ雰囲気の中、春奈と鬼道が資料を手にやってきた。
言葉尻が消え、子供たちを見回した鬼道が険しい表情になって「何があった?」と神童に問いかける。
「実は……」
三国と一瞬視線を交わし、神童は事のあらましを二人に語った。
雷門に触発されフィフスセクターに反旗を翻した学校が潰されてしまったこと、それを知った天馬がこれ以上犠牲が広がることを恐れていること。全て聞き終えた鬼道は、深くため息を吐く。
「──廃校とは思い切った手段に出たな」
「だからって、天馬くんが責任を感じることはないわ」
重たい声の鬼道に、春奈が不安げな表情で扉の向こうをちらりと振り返った。天馬はまだ戻ってくる気配がない。
沈痛な面持ちの子供たちを見下ろし、鬼道は静かに話し始めた。
「今、少年サッカー界において、雷門は自由なサッカーの象徴だ。誰もが注目している」
最初はどこもそうだった。縛られることなく、自由であることが当たり前だった。しかしこの近年、フィフスセクターの手から逃れてサッカーをしているのは唯一雷門だけと言っても過言ではない。
「だからこそ、ホーリーロードと言う大観衆の前で、その象徴を打ち負かそうとしているんだ。雷門を破ることで、フィフスセクターの主張が正しいと象徴するためにな」
鬼道の話を聞きながら、神童はちらりと壁の方を見やる。そこに貼ってあるのは、ホーリーロードのポスターだ。
去年、中学に入学するまでは今のサッカー界の現状を知らず、ただ始まる生活に胸を踊らせ、自分の活躍を夢見ていた。
このまま雷門の心が折れてしまえば、この先同じような子供が増えていくばかりだ。
「(だったら、尚更俺たちも負けるわけにはいかない……!)」
それぞれ何か思うことがあるのか、表情の固い子供たちを見回して、しばしあって鬼道は小さな溜め息を吐く。
「……これでは練習に身が入らないな。今日の部活は中止だ、明日は厳しく行くのでそのつもりでいろ」
「……はい」
各々が頷き、荷物を取りにロッカーへ向かう。鞄を背負った依織に、鬼道が声を掛けた。
「依織、お前はこのまま俺とレジスタンス本部まで来い。奴等が強硬手段に出てきた以上、俺たちも対策を打たねばならん」
「分かりました──じゃあ剣城、今日はここで」
「……ああ」
一瞬目をすがめた剣城に見送られ、依織は鬼道を追いかけて部室棟を後にする。
駐車場へ行く道すがら、鬼道は依織にギリギリ聞こえるような低い声で尋ねてきた。
「──あいつは、この件について何か言っていたか」
「最近になって内部の分裂が激しくなってきたそうです。理由は多分、有兄さんの予想してる通り……ただそのせいで、前以上に行動が制限されてきてるって」
そうか、と短く答えて鬼道は車のキーを取り出した。依織は停めてあった黒塗りの高級車に乗り込む。柔らかい座席に沈むと、ささくれだっていた気分がほんの少しだけ落ち着いた。
「レジスタンスとしても、ここが正念場だな。あと一山……振り落とされるなよ、依織」
「……とーぜんです」
妹分がシートベルトを締めたことを確認し、鬼道はアクセルを踏み込んだ。
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:
「──困ったな……一体どこまで行ったんだろう」
薄暗く長い廊下を、1人の青年が書類を手に足早に歩いている。
声変わりはしているだろうが、まだどこか少年らしさを残した中性的な声で彼はぶつぶつと独り言を溢した。
「全くもう、夕香さんのお願いとなるとすぐにこうなんだから……うわっ!?」
「ひゃ……!」
歩きながら書類に目を落としていたその時だ。角の向こうから突然飛び出してきた人影と勢い良くぶつかってしまう。
彼の手から書類が滑り落ち、ぶつかった人影は衝撃に尻餅をついた。
「あ! す、すいませ──」
言い掛けた彼の足に、かしゃんと何かがぶつかる。反射的に足元を見ると、革靴の爪先が黒いサングラスを踏みそうになっていた。
見覚えのあるサングラスだ、と思いながらそれを拾い上げた青年は、「いたた……」と腰を擦っている彼女≠ノ手を差し伸べる。
「大丈夫ですか? 怪我は──」
「ええ……、!」
面差しを上げた彼女に、青年はややあって大きく目を見開く。その瞳に、同じく瞠目した女性の動揺した表情が映った。
「あなたは……!」