服よし靴よし荷物よし。
そんでもってついでに覚悟よし。
私はザックを背負って、自分の両頬をパチンと叩いた。
今日から2泊3日、地獄の(仮)冬山合宿の始まりです。
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「お、おはようございまー……す」
「ああ、おはよう御鏡」
いつもなら登校してきた生徒でごった返している学園入り口前。まだ早朝の為、そこにいるのは合宿に行く帝国サッカー部の面々だけだ。
私の小さな挨拶に気付いた源田さんが、振り向きざまに少し微笑んだ。私はそれに何となく安心して、みんなの輪の中に加わる。
「……来たか、御鏡」
「は……はい。おはようございます、鬼道さん」
いつもより、心なしか鬼道さんの声色が険しい。得体の知れない合宿の直前のせいで、ピリピリしているようである。
他のみんなもそれはやはり同じなようで、どこかそわそわしていて落ち着かない。腕時計をのぞき込んだ寺門さんが、イライラとした調子で呟く。
「もう予定時刻になったぞ。送迎はこの時間に来るはずじゃなかったのか?」
「……来たぞ」
顔を顰め、肩をさすりながら校門の外を覗き込んでいた咲山さんが、少ししてぼそりと言った。
キッ、と軽いブレーキ音を響かせて私たちの前に留まる大型バス。
サッカー部専用のものなのか、車体のカラーリングがユニフォームとお揃いになっている。
ふと、バスのステップに足を掛けた佐久間さんが、周りを見渡した。
「そういえば……影山総帥は、合宿にはついて来ないのか?」
「手配をするだけ≠セそうだ」
鬼道さんの返答は、先日総帥が言った言葉そのまんま。
自分は高みで見物しているからお前たちはせいぜい雪の中でもがくといい、という声が頭の中で再生された(勿論あくまでも私の想像だが)。
「御鏡」
溜息を吐いて私がみんなに続いてバスのステップを踏もうとすると、ふいに後ろにいた鬼道さんに呼び止められる。
「これを。……影山総帥からだ」
そう言って彼に手渡されたのは、1枚の茶封筒。
総帥から、と言われて先日のとんでもない内容が書かれていた紙を思い出した私は、思わずギクリとした。
「な……何て、書いてあったんですか……?」
「読む前にまずマネージャーに渡すよう言われたからな。……俺はまだ知らない」
私の手に封筒を押し付けて、鬼道さんはバスに乗り込んでいく。
私は2、3秒ほど封筒を見つめて、えいやっと中身を取り出した。2つ折りにされた白い紙の表面にはまず、『部員全員に読み聞かせるように』と書いてある。総帥らしい、神経質そうな細い字だ。
開くと、そこにはあったのは直筆ではなくパソコンで打ち出した明朝体。前回のような簡潔なメモではなく、ちゃんと何行か綴られている手紙のようなものである。
私はざっくりと紙面を流し読みしつつ、バスの通路に立つ。
「え──えーっと……皆さん、ちょっと良いでしょうか」
「?」
私の声で、各々好き勝手に喋っていたみんなが一斉に振り返る。
「総帥から、皆さんへの指示があるみたいで……読み上げるので、聞いていて下さい」
バスがゆっくりと走り出した。
私の後ろに立っていた鬼道さんが「聞いていなかった奴は今日の練習メニューが倍になると思え」と若干脅し混じりなことを言って、部員たちの目が一気に真剣なものになる。
意識がこちらに集まったのを感じて、私は軽く深呼吸した。こういうのはどうも苦手だ。
「えと、じ、じゃあ読みますね。えっと……帝国イレブンの諸君が、誰1人欠けることなくこの合宿に参加してくれていることを願う──=v
──今回の合宿は、知っているとは思うが2泊3日の、強化合宿である。決して柔なものではないので、心してかかるように。
目的地は、山中にあるホテル。そこがまず君たちの拠点となる場所だ。詳しいことは追々キャプテンに連絡を入れることとする──
「──それでは諸君の健闘を祈る=c…だ、そうです」
「山中のホテル?」
聞き終えてから、真っ先に怪訝な顔をするのは辺見さんだ。
「遭難がどーのこーのって言ってたが……あれは何だったんだ?」
「総帥の遊び心じゃねえの?」と笑った土門さんに、いや、と頭を振るのは源田さんだ。その表情は真面目そのものである。
「いや、あれが単なる例えだったなら、総帥はわざわざ御鏡たちに買い物へ行かせなかっただろう」
「そうは言っても……総帥は一体どんな合宿を計画していたんだ?」
首を捻った佐久間さんの言葉に、みんなが考え込むような顔をした。
合宿をするぞ、と言われてから大分日は経っているのだが、総帥は結局、今日までその内容を一切明かしてくれなかったのである。
ちなみに『あの』メモは論外だ。
ガタン──と車体が揺れて、転びそうになった私は思わずその場で足を突っ張る。後ろでは、鬼道さんが体勢を少し崩し掛けたようだった。
「とにかく──あちらに着いたら自ずと分かることだ。今は各自、合宿に備えて休んでおくように」
鬼道さんの一声に、ハイッと揃った返事が返ってくる。この人の統率力なら、確かに総帥がいなくとも大丈夫だろう。
私のバスでの仕事は終わったので、転ばないうちに、と1人そそくさと空いている席に座る。
ついでだから、と取り出した今週の練習データとシャーペンを取り出し、いざ作業しようとして。
「…………あの、鬼道さん」
「何だ」
「何故にそこへ……」迷うことなく、ストンと私の隣に腰掛けた鬼道さんに目をやれば、少し厳しい──試すような一睨みを頂いた。
「不満か」
「めめめめめ滅相もないです」
そうもギラリとゴーグルを光らせて言われると、もう私には意味もなく平謝りするしか道はない。
だけど、空いてる席はまだ他にも沢山あった筈なのに。影山総帥と同じく、鬼道さんも時々よく分からない人だと思う。
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山道を行くに連れ、ガタガタと車内の揺れが大きくなった。
「あれじゃないか?」と後ろから聞こえた藍本先輩の声に釣られて窓の外に目を向ける。
森が開けた場所に溶け込むように、居を構える大きな建物。ここが影山総帥の指定した、《山中のホテル》のようだ。
バスは駐車場に入ると、ゆっくりと停車する。外へ出て空気を吸い込むと、凍えるような冷気が肺と肌を刺激した。寒いけれど、数時間ぶりの新鮮な空気だ。
道中、車内は色々と大変だった。
辺見さんと土門さんがお菓子の屑を落として源田さんに叱られたり、咲山さんがバス酔いしたり(窓を開けて新鮮な空気を吸った方が良いと言っても、彼は頑なにマスクを取ろうとしなかった)。
……大変だった、ほんと。
少し距離を空けたところで、掛かってきた電話に応対していた鬼道さんが、携帯をポケットに入れながら戻ってくる。
「練習メニューが記載された紙は、荷物と一緒にロッジに郵送してあるそうだ。行くぞ」
「分かりました」
町とは違って、既に降り積もった雪を踏み締めながら私たちはホテルに入った。
暖かい空気と、ふわりと香ってきた木の香り。私は代表になって受付でチェックインを済ませる。
大量の荷物を乗せた荷台を押し、係員さんから貰った鍵の束を手に抱え、私はみんなが待っていたロビーに戻った。
「鍵貰ってきましたー」
「鍵?部屋割り決めてねーぞ」
テーブルにバラリと置いた銀色の鍵をつつきながら、辺見さんが首を傾げる。
「じゃんけんで良いだろ」と、利き手をぐっぱぐっぱしながら咲山さんが言った。
「織乃ちゃんはどうするんだ?」
「はい?」
ちょいちょいと肩を叩かれ振り向けば、土門さんにそんなことを聞かれる。
土門さんはニッと笑って続けた。
「なんだったら俺の部屋と一緒でどう?なーんて──いだぁッ!?」
スパーン!と土門さんの頭から良い音がする。視線を少し上げると、ホテルのスリッパを構えた源田さんが呆れ返った顔をしていた。
「御鏡は女子なんだから、1人部屋に決まってるだろう」
「ほんのジョークなのに……」
源田さんが鍵の1つを私の手に押し付ける一方で、頭を擦った土門さんがよよよと泣き真似をする。直後、「いい加減にしろ」と鬼道さんの鉄拳ならぬ鉄脚が飛んで、土門さんは冗談抜きで涙目になった。
「す、すいません、気を使わせてしまって。でも、これだと1部屋3人のグループが出ちゃいますけど……」
「構わん。常識の内だ」
鬼道さんの中で、男子と女子が同じ部屋というのは非常識の内らしい(まぁ当たり前と言えばそうだけど)。
まぁ、男兄弟の多い私としては、別に大して気になる問題ではないのだが。弟と一緒の布団で寝るなんて日常茶飯事だし、昔はお風呂も一緒だったし。
思ったことが口に出てしまっていたらしく、気付くと鬼道さんがこちらをまじまじと見つめていた。
「……はぁ」
「!?」
そしてこの溜息である。よく分からないけど何もそこまであからさまに呆れた顔をしなくても。
私が鍵をポケットに入れていると、あっちの方でも部屋割が決まったようだった。
「寺門と同室か……嫌だなぁこいつ時間とかにうるせーんだよなぁ」
「聞こえてるぞ辺見……!」
「待て、納得が行かない!もう1回だけ勝負してくれ!!」
「佐久間……いい加減お前、鬼道さんと同室になるの諦めろよ……」
……中々不安だ。
私が冷や汗を一筋垂らしていると、「静かにしろ」と鬼道さんが凛と響く声でピシャリと言った。
「まずは自分たちの荷物を部屋に置いてくること。鍵の管理は自分たちでしろよ、俺は責任は持たない。色々と確認することもあるだろうから、今から10分後にここに集合!分かったか?」
再び返ってくる威勢の良い返事。やっぱり鬼道さんの統率力は凄かった。この調子なら、3日間難なく統率の取れたまま過ごせるだろう。
何はともあれ、合宿開始です。