街を彩る色鮮やかなイルミネーション、華やかでどこかほんのり浮き足立った空気。
世間はもうすぐクリスマスで、それは勿論、私たちサッカー部にだって等しく訪れるものなのですが。
「な……んですか、このぎっちぎちのスケジュール……」
総帥はどうやら、それを許してはくれないようで。
鬼道さんから渡された冬休みの活動スケジュールを見た私は、ただ絶句するしかなかった。
「冬休み入って大晦日まで練習、年明け3日後からまた練習……」
「まぁ、夏休みのスケジュールも似たようなものだったがな」
何かを悟ったように呟く鬼道さんがどこか遠くを見つめる。既に達観の域に達しているらしい。
世間はクリスマスムード一色だというのに、私たちのいる部室はまさに鈍色である。
まぁ、クリスマスだからといって特に予定が入っているわけではないから問題はないのだが(あれ何か悲しくなってきた)。
流石に総帥も三が日は考慮してくれたようだし、ここは譲歩して諦めるしかないのかもしれない。
「……それで、御鏡。この日なんだが」
トン、と。溜め息を吐いていると、徐に鬼道さんがスケジュールの日にちを指でさした。
25日。クリスマス当日である。
「悪いが、早退する」
「ふえ」
虚を突かれたせいか、口から間の抜けた声が漏れた。
珍しい、鬼道さんが部活を早退するなんて。そんな風な気持ちが表情に現れたのか、こちらを一瞥した鬼道さんは「夕方に家の用がな」と、ややぶっきらぼうに言って返す。
「了解しました、……総帥には」
「今朝伝えておいた」
私が出席表の25日にチェックを入れるのを眺めながら、鬼道さんは嫌そうな顔で溜め息を吐いた。
──どうやら、あまり楽しい予定ではないらしい。
「……が、頑張って下さい?」
「…………ああ」
はあ、と再び溜め息。どう足掻こうが、嫌なイベントには変わりないようだ。
少し内容が気になるが、そこはプライバシーの何やらというわけで私は押し黙る。
「──でも、こんなスケジュールだとまた皆さん色々言うでしょうね」
「言いたくもなるさ」
ごもっともです。
私が頷いたのと、スタジアムから部員たちがどやどやと部室に戻ってきたのは、ほぼ同時だった。
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「──総帥って、実は休みって言葉を知らないんじゃねえの……?」
私の発表した冬休みの日程に絞り出すような声で言うのは、テーブルに突っ伏した辺見さんである。
剥き出しの額をテーブルに押し付けて溜め息を吐く辺見さんを視界に入れつつ、私は続けた。
「えっと……冬休みは明日からですけど、どうしても外せない理由があって欠席する場合、なるべく早く進言して下さい」
「んじゃマネージャー。俺明後日は集会あるんで欠席」
いや何の集会?
咲山さんの真顔の発言に私が思わず顔をひきつらせると、顔を上げた辺見さんが咲山さんに噛みつく。
「咲山ァ!お前テキトーこいてサボろうとしてんじゃねーよ!」
「チッ」
「(あ、嘘か……)」
うっかり咲山さんが盗んだバイクで走り出す姿を想像した私は、その言葉に胸を撫で下ろした。
その時、「そう言えば」と思い出したように源田さんが口を開く。
「御鏡は、冬休みに何か予定は入っていないのか?」
「うぇ?あ、はい……多分」
源田さんの言葉を受けて、私はスケジュールと睨めっこして自分の記憶と照らし合わせる。
思い出す限り、今のところ何の予定もない。強いて言えば、24日に出張から帰ってくるお父さんとお母さんがデートに行くぐらいだろうか。
しかしこうして見返すと、天下のクリスマスに何の予定も──というか労働の予定しか入っていないと言うのも寂しいものである。
「……クリスマス会でも出来れば、楽しいんでしょうけどね」
そう、苦し紛れに呟いたその時。
『やれば良いのではないか』
低い声が、答えた。
一瞬沈黙する私たち。視線を走らせると、みんな一様に「俺じゃない」というように首を振る。
──と、なると。
『何を呆けている、お前たち』
「そっ……そそそそ、総帥ッ!?」
思わず声を上げると、フンと鼻を鳴らすような影山総帥の声。
壁の角辺りが音源らしく、内部にスピーカーでも内蔵されているのかやけにクリアな音質だ。
「影山総帥、何か……どうかなさったんですか……!?」
頭でも打ったんですかとでも言いたげな程、震える声で尋ねるのは鬼道さんである。
鬼道さんの言葉に総帥は、何てことないように軽い調子で続けた。
『休み無しで練習させて、体を壊されても面倒だからな。マネージャー、24日はクリスマス会とやらに時間を割くと良い』
「は……は、はい……」
クリスマス会と言う言葉がびっくりするほど似合わないのはさておき、総帥が、あの影山総帥が、何かいつもと比べてものすごく良心的なことを言っている……!!私たちは少なからず感動した。
『ただし、25日──は全員が揃わんので無しとして、26日は学園に泊まりがけで練習すること』
あ、違うやっぱりいつも通りだ。
「また合宿!?」とほぼ反射的に抗議の声を上げた佐久間さんに、総帥が地を這うような声で凄む。
『学園が嫌ならば、佐久間。お前だけまた山に行っても良いんだぞ』
「いえ全く問題ありません」
姿の見えない総帥に、佐久間さんは一瞬で顔を青くしてびしりと90度頭を下げた。訓練されてるなぁ。
『それでは諸君、頑張りたまえ』
何て心無いことを。そう思っているうちに、通信が切れたのかスピーカーはそのまま沈黙する。
微妙な静寂が、部室に訪れた。
「と──とりあえず、練習……再開しましょうか?」
「……そうだな」
私の言葉に疲れたように頷いた鬼道さんは、マントを翻し部員を連れ立ちスタジアムへと出て行く。
私はそれを追う前に、ペンケースから緑のボールペンを取り出して、スケジュールをめくった。
家族以外の人とクリスマスイブを過ごすなんて、初めてかもしれない──舞い上がりそうな気持ちを押さえつつ、私は24日の欄にボールペンを走らせる。
「(きっと、すごい騒がしくなるんだろうな……でも、ちょっと楽しそう)」
あの合宿の時みたいに、総帥が何か企んでいなければの話だけど──と。
自分が一瞬考えたことに寒気がして、私は身震いする。
うん、今回はなるべくネガティブなことは考えないでおこう。
心配したらこっちの負けだ!そう、平常心だ、平常心を保って──
『マネージャー』
「もぎゃあ!!」
突然息を吹き返したスピーカーに、怪獣のような奇声を上げてしまった。
「ななななな何でしょうか総帥!!」
『25日は、お前も早退の予定ではないのか』
はい?と、思わず首を傾げる。
25日に早退……って、それは鬼道さんの予定なのでは?総帥は考え込むように黙り込む。
『まぁ、聞いていないのなら良い』
「は、はぁ……」
そのまま静かになるスピーカー。
今度こそ通信が切れたらしい。
「……何だったんだろう」
呟いても分かることはない。
私がその答えを知るのは、2日後──クリスマスイブのことである。