昨日は何だか色々大変だった。

買い物から帰って来た私を源田さんが「遅かったな」とまず心配してくれていて、大量の蜜柑を手に入れて天使みたいな美人な電波さんに会ったせいだと説明すると辺見さんが「ハァ?」と怪訝な顔をして、明日飲み食いするジュースなどを冷蔵庫に詰め込んで、買ってきた装飾品を意外とセンスが良いらしい万丈さんがツリーに綺麗に飾り付けて(万丈さんが真顔でツリーを飾る姿はとてもシュールでした)、エトセトラ、エトセトラ。

まぁ些細なことは置いといて、そんなこんなでクリスマス会当日。

「どうしてこうなった」

眼前で繰り広げられる光景を見つめながら、私の隣に腰を下ろした鬼道さんが顔をひきつらせた。

「往生際が悪ィぞ佐久間ぁ!」
「知ったことか!俺は絶対そんなもの付けないからな!!」

とても悪い顔をした辺見さんが、必死な形相の佐久間さんを捕まえようと躍起になっている。
その手に握られているのは、ふわふわでモコモコな真っ白いウサギ耳カチューシャ。

「一体誰が持ってきたんだ、あんなカチューシャ……」
「すいません、買い物のオマケに付いてきたんです……」

その傍らでは、凄く嫌そうな表情をした咲山さんと寺門さんが、お互い顔を合わせないように手を握り合っている。

「あいつらはいつ解放されるんだ?見る方も中々辛いんだが」
「お2人のどっちかが当たりを引いたら、らしいです」

それらの光景をざっと見回すと、鬼道さんはもう一度「どうしてこうなった」と呟く。大事なことなので2回言いました。

「やっぱ、止めといた方が良かったかな?王様ゲーム」

先端が赤く塗られた割り箸を持って、頭の後ろを書きながら苦笑するのは発案者の土門さんである。
その視線の先で、辺見さんが堪忍袋の尾が切れた佐久間さんに思いっきり蹴り飛ばされた。

「や、止めますか!王様ゲーム」

鶴の一声──と言うわけではないが、やや引きつった私の一声に、佐久間さんは辺見さんを蹴るのを中断して、咲山さんと寺門さんはバッと手を離して、急いでお手拭きを探し始める(うわあ)。

「やっぱり、あれだな。男子の人口密度が高い状況でこういうゲームはしない方が良いな!」
「気付くのが遅い」

無理やり明るく笑う土門さんに、鬼道さんが盛大に眉間に皺を寄せた。
何でヒヨコは1回も引っ掛からないんだ、と言う辺見さんの文句はスルーさせてもらおう。

とにかくこのカオスな雰囲気をどうにかしなければ、と全員が思う中、佐久間さんが「それじゃあ」と大きなバックに手を突っ込んだ。

「格ゲーやろうぜ!」

中から引っ張り出されたのは、ゲームのハードとソフト。
何人かが興味深げに身を乗り出す中、佐久間さんはテキパキと機器をテレビに繋ぎ起動させる。

「よし、勝ち抜き戦な。誰から行く?」
「あ、俺やる!」

そして始まる格闘ゲーム。
ゴングの音をBGMにしながら、周りのみんなはヤジを飛ばしたり応援したりプレイヤーを煽り始める。
やがて、「だーっ、負けた!」と辺見さんが放り投げたコントローラーを、五条さんがキャッチした。

「五条パス!」
「クク、不甲斐ないですね」

るっせーよ!と辺見さんの怒声をゴングに始まる第2ラウンド。ヤジも応援も更にヒートアップして、部室は一層騒がしくなる。

「な、何か……クリスマス会と言うよりも、ゲーム大会みたいになっちゃいましたね?」
「……そうだな」

私の呟きに鬼道さんは呆れた声で返したが、言葉に対してその表情はとても穏やかだ。
そしてふいにこちらを見ると、鬼道さんは小さく眉を動かす。

「何を笑ってるんだ。御鏡」
「え。わ……笑ってました?」

頬を押さえた私に、鬼道さんは「ああ」と喉の奥で笑った。
そして、騒ぎ立てながらゲームに興じるみんなをぼんやりと眺めつつ、静かに続ける。

「まぁ……楽しそうで何よりだ」
「──鬼道さんは?」

楽しくないんですか、と。
ぽろっと零れた私の質問に、鬼道さんは少しキョトンとした。自分に向けられた私の目と、みんなの背中を見比べて。

「──いや。……楽しい」

緩く──そっと、破顔する。ゴーグルの奥にある目を細め、口元を僅かに綻ばせて。
いつも、微笑んでも大人っぽさの消えない鬼道さんにしては、珍しく年相応の笑みだった。

「(……?)」

ふと、むずりと疼く胸。
そっと片手を胸に添えてみると、指先に小さく心音が届いた。

「ああもうっ!御鏡、交代!」
「へ、あ、はい!」

何だろうと思った矢先に佐久間さんからコントローラーを差し出され、私は腰を上げた。
テレビの前では、佐久間さんを下した咲山さんが「喧嘩上等」とコントローラーを握り締めている(言っちゃ悪いが少し怖い)。

「やるからには勝てよ。春麗の運命はお前に掛かっている!」
「え、えぇぇ……分かりました?」
「ここで人選ミスたぁ、血迷ったか佐久間」
「うるさいっ、今に見てろよ!」

敵討ちは頼んだ、と言う佐久間さんに苦笑しながら、私はコントローラーを受け取る。
胸の疼きがいつの間にか消えたことには、私は気付かなかった。




「う、そだろ……」

次々と築き上げられる屍の山。
凛とした表情でリングに佇むのは、拳を構えた妙齢の美女。
弱肉強食──それを体現したような光景が、そこには存在した。

どこにって、まぁ、液晶画面の中なんだけども。

「10人抜きってヒヨコお前、どーなってんだよ!」
「あ、あはは……」
「笑ってんなよチキショーッ!」
「あ、いたたたた!辺見さん痛い!これ痛いです!」

長椅子に座った私の背中を、前屈させるように辺見さんがグググッと押し倒す。折り畳むと言った方が良いかもしれない。
悲鳴を上げる私を見かねて、源田さんが「そのへんにしとけ」と辺見さんを引っ剥がした。

「結局、バレてしまったな。御鏡の特技」
「え?……ああー……」

自分であれだけ念を押しておいて、隠していたことを忘れてた。
「御鏡、次は俺と勝負だ!」佐久間さんが意気揚々とキャラクター選択をする中、私はまぁ良いかと開き直る。

「(だって、こんなに楽しいのなんて久しぶりなんだもん)」

じんわりと暖かい気持ちになる最中、金髪でオレンジの胴着に身を包んだ格闘家──佐久間さんの操作するキャラクターが吹き飛んだ。




「──いい加減春麗が憎たらしくなってきそうだ」
「そ、そう言わないで下さいよ」
「織乃ちゃん超強えー……」

──結局、1人を除いた部員全員と勝負した結果、私のオール一人勝ち。
画面では、チャイナ服の美女がこっちに向かって楽しそうにピースしている。

「お前はやらないのか?」

ふと源田さんが、唯一ゲームに未参加だった残りの1人──鬼道さんに、そう尋ねた。と言うか、鬼道さんってテレビゲームしたことがあるんだろうか。あんまり想像が付かない。
けれど鬼道さんはテレビ画面と私を一瞥して、いつもの悪い顔でニタリと笑う。

「──やるからには、俺はこいつらのようにはいかないぞ?」
「が、頑張りますよ」

カーン!とスピーカーから響くゴングの音に、部室に再び熱気が戻ってきた。
画面の中で、キャラクターたちが拳を交え一進一退の攻防を繰り広げる。

「行け鬼道!」
「俺たちの仇を取ってくれ!」
「耳元で騒ぐな、気が散る」

宣言通り、鬼道さんは強かった。初めてなのに何でこんなに上手いんだと思えるくらい強かった。
だからといって、ここまできたら私も負けたくはない。必殺技を駆使して、負けじと鬼道さん側の体力ゲージを削る。

画面中央上部に出るタイムリミットが迫るが、今の時点で私たちの体力は五分五分だ。このままじゃ引き分け判定になるだろう──というときに。

「……なぁヒヨコ!」
「なんっ、ですかっ?」

必死にコントローラーを操る私に、辺見さんが突然話しかけてきた。

「お前、胸何カップあんの?」
「へぁっ!?」

がちゃん!とコントローラーが手から滑り落ちる。その瞬間、各所から聞こえるジュースを噴き出す音と二度目のゴング。
画面には『YOUR LOSS』と私の負けを示す文字が浮かんでいた。

「おっしゃ!」
「おおおおっしゃじゃないですよ!!何でこんなタイミングでそんなこと聞くんですか!!」
「これも1つの戦術だっての!」

「なぁ!」と自信ありげに振り返ったその顔面に、ペットボトル(空)が激突する。
その後も辺見さんは鬼道さんや源田さんに厳しいお説教を受けたのだが、──どうしてもフォローする気にはなれなかった。




「ただいまー」

お説教終了後も、長椅子に正座させられ続けた辺見さんを後目に軽く部室の掃除をして、クリスマス会はお開きになった。

何だかあの数時間で、合宿に負けず劣らず濃い時間を過ごした気がする、なんて思いながら帰宅して玄関に入ると、まず目に入ったのが男物の大きな革靴。
お父さんが出張から帰ってきたのだと理解するのに、さして時間はかからなかった。

「──あ。おかえり、織乃ちゃん」

リビングに入ると、キッチンで洗い物をしていたお母さんが振り返って、にこりと笑う。
「楽しかった?」と尋ねたお母さんに私は頷いて、ソファで寛ぐお父さんに目を向けた。

「おかえり、お父さん」
「おー、織乃!ただいま……いや、おかえり、か?」

くてんと首を傾げ、お父さんさんはビールを呷る。
既に酔いも大分回っているらしく、テーブルには空と思しき缶が2本並んでいた。

「もう、パパ。それ以上飲んだらだめよ、体に毒ですからね」
「えー……」

パッと残りのビール取り上げられたお父さんは不満げな顔をしたが、お母さんの目尻が少しつり上がったのに気付くと大人しくなる。
いつまでも新婚気分の抜けないバカップル夫婦ではあるが、お父さんは基本的にお母さんには頭が上がらないのだ。切れたお母さんが凄まじく恐ろしいというのも理由の1つだが。

「──あ、そうだ織乃」

相変わらずだなぁ、と少し呆れながら自室に行こうとすると、ふいにお父さんが思い出したように私を引き止めた。

「何、お父さん?いつも言ってるけど、もうお風呂は一緒には入らないよ」
「……ママ、織乃が反抗期だ」
「そうじゃないでしょ、パパ」

さめざめとした様子でテーブルに突っ伏したお父さんを、お母さんが軽く笑いながら諫める(その前に中学生の娘と風呂に入りたがるお父さんに突っ込んでほしい)。
お父さんは「ああそうだった」とお母さんの持ってきてくれたお茶を啜って、改めて私に話しかけた。

「あのな、織乃。パパ明日、仕事先のお得意様が開く、クリスマスパーティーに出席することになったんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。それでな、織乃がパーティー用に着ていく服も、ちゃんと可愛いのを買ってきたから」

仕事先の人がクリスマスパーティーか──お父さんの会社は結構な大手商社なんかを対象に仕事をしているから、大規模なものになるのは何となく予想が付く。
そのために私の服も、……はい?

「……お父さん?」

耳を疑うとは、こういうことを言うのだろうか。
パーティー用の服?私の?何で?
私の顔が引きつったことに気付かないお父さんはそのままカラカラと笑いながら続けた。

「覚えてないかもしれないけど、織乃も昔、何度か顔を合わせたことがある人なんだよ」

前の取材の後子供の話になって、「娘さんもさぞお綺麗になられたことでしょうね」なんて言われて、じゃあ今度連れてきましょう!って約束してしまってな──と、とても楽しそうに言うお父さんを、この酔っ払い親父!とぶん殴りたくなった衝動に耐えきった私は偉いと思った。

25日はお前も早退ではないのか──ふいに、一昨日に言われた総帥の言葉が蘇る。
なるほど、あの人が何でそのへんの事情を知っていたのかは謎だが(というか知らない方がいい気がする)、そういう訳だったのか。

「織乃はママに似て美人になったからなー。あの人もきっとびっくりするだろうな」
「あらやだ、パパったら」

じゃれあうバカップル夫婦に軽いめまいを覚えながら、私は溜め息を吐いて頭を抱える。
全く、本当に──

「(どうしてこうなった!)」

聖夜は大嵐