新しい1年の始まりを告げる鐘が鳴って、既に数時間。1月1日、午前11時。
「お姉ちゃん早く!」
「わたあめ売れきれちゃうよ!」
車で約20分程離れた場所にある、少し大きな神社。
元旦と言うこともあって、お参りや縁日に来ている人で神社の人口密度はかなり高くなっている。
そんな中、私は家族と一緒に初詣に来ていた。
完全に露店目当ての和樹と良樹、それぞれに手を引っ張られながら、何とか人並みを縫っていく。
「おい2人とも!今日は綿飴買いに来たわけじゃないんだぞ!?」
『分かってるもーん』
後方から大樹が諫めても、双子はべっと揃って舌を出すばかり。
「この……!」額に青筋を浮かべて、今にも怒鳴り出しそうな大樹をお兄ちゃんが宥めている。
「──って、あれ?お父さんとお母さん、どこに行ったの?」
いつの間にか視界から消えていた2人を探していると、お兄ちゃんが呆れたような溜息を吐いた。
「売店だよ。いつもの夫婦円満のお守り、買ってくるんだとさ」
──今年も両親はバカップルだ。溜息を吐きたくなるのを抑えて、私は小さく肩を竦める。
どうせ毎年のことだ、今更気にすることでもないだろう。
何はともあれお詣りの列に並び、賽銭箱に小銭を投げ入れる。
鈴は鳴らしたいと駄々をこねた双子に任せ、ガランガランとけたたましい音を聞きながら、私はパチンと手を打ち鳴らした。
私の願いは、ただひとつ。
「(今年は平和に1年を過ご──)」
「お姉ちゃんおみくじひこー!」
お願いしきる暇もなく、あっという間に参拝を終えた和樹に列から引きずり出される私。
ああ、神前が離れていく……今年も平和に過ごせないという掲示だろうか。いやだ……すごくいやだ……。
「……吉」
引いたおみくじは今年の1年を如実に表しているような気がした。
まぁ、大凶が出るよりは良いか。
「冬兄ちゃん、きちって何?どのくらい良いの?」
「ん?どのくらいかぁ……うーん。ま、普通ってトコかな!」
「普通で悪うございましたねッ」
ぎり、とお兄ちゃんの腕を抓ると、途端に漏れる悲鳴。
大体、勘で引いた紙に1年を決められていちゃやっていられない。いくらヨイショされたことが書かれていても、外れた時のために鵜呑みにしない方が良いのである。
恋愛、良い人来る──なんて書かれた自分のおみくじを半信半疑でぼんやりと眺めていると、ふと袖を良樹に引っ張られた。
「これ何てよむの?」
「え?……あー」
差し出されたおみくじに大きく記された文字に思わず言い渋っていると、脇から覗き込んできた大樹がニタリと笑う。
「大凶だよ、だ・い・きょ・う。すっげー悪いやつだぞ、ソレ」
「ええっ」
「神様はお前が悪さしてるかどうかしっかり分かってんだぞ」なんて意地の悪いことを言う大樹に、良樹の顔が泣きそうに歪む。
そしておまけに。
「お姉ちゃん大凶ってそんなわるいの?びょうきとかなる?」
良樹と同じものを引いたらしい、和樹も。
おみくじの結果も同じとは、双子パワー恐るべし──とでも言おうか、何にせよこんなところで泣かれて困るのは他ならぬ私。
私は2人のぐしゃぐしゃになったおみくじを受け取って、双方の頭をよしよしと撫でた。
「大丈夫、大丈夫。大兄ちゃんは大げさに言ってるだけだからね」
『ほんと?』
うん、と頷いてみせると、途端にホッとした顔になる双子。
その横では、居心地悪そうな顔をする大樹。全く、6年生にもなって大人気ない意地悪するんだから。
大樹へのお説教は後回しにするとして、私は境内を見回す。
「結果の悪かったおみくじはね、高い所に結べばいいの。結んできてあげるから、待っててね」
双子の世話をお兄ちゃんに任せ、目を付けた木に向かうと、後ろからそろそろと付いてくる大樹。
私は歩きながら振り向いた。
「……大樹」
「……大凶、だった」
「弟に八つ当たりしないの!」と叱りつけながら軽く頭を叩くと、ぱちん!と良い音がする。
大樹は叩かれた箇所をさすりながら、唇を尖らせた。
「今日は大樹だけ、お汁粉はお預けだからね」
「ええっ!ちょ、それは勘弁!」
「お願いしますお姉様!」慌てたように必死の形相ですり寄ってくる大樹に、私は思わず苦笑する。
ちゃんと双子に謝ったら撤回してあげる、と付け足すと、大樹はばつの悪そうな顔で頷いた。
とにもかくにも、あの子たちのおみくじを結んでやらなければ。
少し背伸びをして、高いところにあった枝を引き寄せたその時。
「──あっ」
ぴゅう、と吹いた風が、良樹の──もしくは和樹のおみくじを、私の手から浚っていく。
おみくじと言えど所詮は紙切れ。そのまま地面に付くこともなく、上へ舞い上がって飛んでいってしまうかと思った矢先。
──ぱし、と。空に向かい掛けたそれを、誰かの片手が受け止めた。
「はい、どーぞ。おねーさん」
「あ……ありがとう」
少し皺の寄ったおみくじを受け取ると、耳に届くかすかな音楽。
それは、おみくじをキャッチしてくれた男の子の付けている、ヘッドホンから漏れた音だった。
その時ふと、こちらの様子に気が付いたらしい大樹が声を上げる。
「あ、健也!」
「っえ」
健也と呼ばれた男の子が「よっす大樹」と片手を上げた。
大樹は距離を詰めて、「お前も来てたんだな」と彼に話しかける。
「まぁ、この近所じゃあ初詣行くところなんてここしかないし?」
「ああ、それもそうか」
「つーかお前、新年早々怒られてやんの。ぷぷ、だっさー」
「うるせーよ!」
何だか仲良さげ──というか、見たところ、いじりいじられ、と言った関係の方が合っているようだ。
「えっと……大樹、お友達?」
私の声に、二人がくるりとこちらを振り返る。
ヘッドホンの子は、ニッコリと人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「どうも、初めまして。大樹と同じクラスの成神健也ッス。大樹のお姉さん──ッスよね?」
「あ……うん、そうだよ。御鏡織乃です、よろしくね」
笑みを返すと、成神くんは何を思ったか狛眉を少し持ち上げて、じぃっと私を凝視する。
何?と訊く間もなく、成神くんは徐に大樹の肩に腕を掛け、私に声が届かない程度の距離を取った。
「お前が頑なにみんなを家に呼びたがらない理由がやっと分かった。何だよ、可愛いじゃんかお前の姉ちゃん!誰だキレると怖いとか言ったのは」
「キレると怖いのはホント!お前人の姉貴を変な目で見るなよ!」
「大人しめな人が怒ると怖いのは定石だろ?ていうか、別に変な目で見てねーし。ただお近づきになりたいなー何て思っただけ!」
「このマセガキ!」
「同い年のくせに何言っちゃってんのー大樹くん!」
──本当に、一体何を話しているんだろう。
普通の内緒話から何やら言い合いに発展してしまったらしい2人を遠目に眺めながら、私は改めて双子と自分のおみくじを結び直す。
すると、遠くからお父さんがたちが、「帰るぞー」と私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「大樹、帰るってよ。──それじゃ成神くん、」
「健也で良いですよ」
再びニッコリ笑った成神くん──ご好意に甘えて名前で呼ばせてもらおう──健也くんは、大樹を押しのけて私の前に立つ。
「また会えますか?織乃さん」
「ん?そうだね、今度、家に遊びに来たらいいよ」
横で、大樹がギョッとしたように「姉ちゃん!」と私の腕を引いた。
別に友達の前だからってそんなに恥ずかしがらなくても良いのに。
「今度意地でも行くからな」
「ダメ!絶対ダメ!」
言い合いを再開しかけた大樹に、「意地悪言わないの」とデコピンすれば、途端に弾かれた箇所を抑えて顔をしかめる。
健也くんはその様子を見て、このシスコンめ、と軽く笑った(本当のことだから大樹も言い返せない)。
そして私が、「またね織乃さん!」と言う健也くんに手を振り返している間も、大樹はずっとしかめっ面で。
やっと表情を崩したのは、家に帰ってきてからだった。
「……あっ、おみくじ結んでくんの忘れた!!」
「……全くもう」
今年の大樹の1年は、運の悪い感じで決まりかもしれない。