「小学生の部活動見学?」

首の絆創膏が取れて数日。学校も始まったある日の昼休み。
お昼ご飯を食べ終えてすぐ、鬼道さんにミーティングルームへ呼び出された私は首を傾げた。

「ああ──学校見学の一環にな」

付け足して、鬼道さんは壁に背中を預ける。
お正月ムードの抜け始めた1月中旬。今日の放課後、帝国学園への入学を希望している小学生たちが学校見学に来るらしい。

「総帥が言うには、希望者には練習にも少し参加させるそうだ。多分、今のうちに筋の良い奴を見つけておきたいんだろう」
「ああ、なるほど……」

「そこで、だ」私が頷いた矢先、鬼道さんは徐に背中を壁から離し、つかつかと机の1つに歩み寄る。
そして、そこにあった──大量の書類の山に、ポンと手を乗せた。

「……ここにあるのは全て、運動部を見学に来る生徒のデータを纏めた書類だ」
「………………」

書類の束を1つ手に取りながら、鬼道さんは続ける。私は何となく言葉の先が予想できて、嫌な予感に思わず唾を呑んだ。

「ま、まさか……」
「……そのまさか、だ」

その内の1枚を手渡され、私は紙面に目を落とす。
在学している小学校、組、名前、見学希望の部活──それぞれの項目に、子供のものと見て分かる拙い文字。

「……サッカー部の見学を希望している生徒の名簿を、昼休みが終わるまでに出せというのが総帥のご命令だ」
「……さ、さいですか……」

そうですねどうせそんなことだろうと思いましたとも。
総帥の命令は、いつだって突然で無茶ぶりなのだ。もうそれにも、随分と慣れてしまったけど。

「勿論1人でやれとは言わん。デスクワークは本来マネージャーの仕事だが……今回は俺も手伝おう」
「あ、ありがとうございます……」

きっと総帥は、始めは私1人にやらせるつもりだったんだろう。
鬼道さんの申し出を有り難く受け取って、私たちは書類を半分に分けて筆記用具を握りしめる。
丁度、壁掛け時計の分針がカチリと進む小さな音が聞こえて、私たちはほぼ同時に溜息を吐いた。

「……時間までに終わらせるぞ」
「はい……」

1枚1枚書類を捲り、サッカー部見学を希望している生徒の名前を見つけてはそれを書き写していく、単調かつ手の疲れる作業。
ふとその時、鬼道さんが「ん?」と声を小さな漏らした。気になる名前を見つけたらしい。

「何だ。お前の弟も帝国に入学するのか?」
「あ……はい。家もそう遠くないし、校内に身内がいたら何かと融通が利くだろうからって……」

──まぁ本人曰く、「どこぞの馬の骨から、姉ちゃんを守れるように」でもあるそうだが。
その点は割愛して、私は口と手を動かす。鬼道さんはほんの少し眉を動かして、作業を再開した。

「まぁ、あの弟だ……お前をどこぞの馬の骨から守るためだとか、そんな理由なんじゃないのか」

がっつりばれてらっしゃる。
ぼき、と私のシャーペンの芯が折れる音が、室内に空しく響いた。




そして時間は進み、放課後。
サッカー部の部室にて。

「せめて、あと1日だけでも早く教えてくれりゃあなァ……」

めんどくせぇ、とぼやきながらロッカーの中身を整理するのは、辺見さんである。
先月──と言ってもまだ半月も経っていないが、大晦日の大掃除の日、綺麗に整頓されたはずのロッカーは辺見さんの物だけ掃除前のゴチャゴチャした状態に戻っていた。
どうやら辺見さんは、整理整頓が少し苦手なタイプらしい。

流石に小学生たちが部員のロッカーを無断で開けるような非常識な行動を取るとは思えないが、念の為──だそうだ、鬼道さん曰く。

「部活動見学は、大体校舎を2時間程回った後に行うそうだ」

ぱらぱらと総帥から預かったらしい書類を眺めながら、鬼道さんが言う。
「2時間?」それを聞いた咲山さんが、怪訝そうに眉根を寄せた。

「たかが校舎見学に2時間って、そりゃ長すぎるんじゃねーか?」
「ここの学校は無駄に大きいからな……仕方ないんだろう」

そう返した寺門さんに、私は大きく頷く。
編入して約9ヶ月。未だに校舎に知らない場所があります。

「──だから、御鏡」
「え、あ、はい?」

目頭を押さえていると、鬼道さんが私に話を振ってきた。

「校舎見学が始まってもう1時間は経っている。あとしばらくしたら、迎えに行ってやってくれ」
「迎えに、って……引率の先生はいないんですか?」

尋ねると、鬼道さんは突然苦虫を噛んだような表情になる。
「校舎の案内は1年の副主任の担当ではあるが……」鬼道さんは言い淀んだ後、口を開いた。

「……御鏡。お前は、総帥が大量の小学生を連れてスタジアムに入っていく様が想像できるか?」

どうやら、部活見学の引率は顧問が受け持つことになっているらしい。
一瞬、総帥が小学生をぞろぞろ引き連れて廊下を闊歩する様子を思い浮かべた私は、思わず顔をひきつらせた。
何かもう色々とアウトな気がする。あの悪人面は小学生には毒だ。ていうか、子供が泣く。

総帥にそれをやらせてはいけない──私がぶんぶんと頭を振っていると、鬼道さんは疲れたように溜息を吐いた。
普段から影山総帥に忠実に付き従っている鬼道さんでも、相容れないことはあるらしい。

「とにかく、総帥は既に説得済みだ。時間が来たら、念のため誰か付添いを連れてから行ってくれ」

鬼道さんの言葉に力強く頷いて、私は振り返る。
驚いたように肩を跳ねさせた部員たちの顔を、私は見回した。

たった1つ違いと言えど、相手は小学生。選ぶなら、見た目に刺激が少なくて尚且つ気が長くそうで、更に面倒見の良さそうな人を。
私はしばらく考えて、思い付いたその人の元に足早に近付いた。

「お願い、出来ますか?」




「──で、何で俺なの?」
「一番適任だと思って……」

私の隣で、ゆっくりと歩く土門さんが苦笑を漏らす。
「迷惑でしたか?」尋ねると、土門さんは慌てて首を振った。

条件に当て嵌ったのは、源田さん・土門さん・恵那先輩の3人。
だけど源田さんがいなくなったら小学生を相手している間シュート練習が出来なくなってしまうし、だから言って足を負傷中(最早日常茶飯事だが)の恵那先輩を連れ回すわけにもいかず。
そうなると、土門さんを選ぶほか私に道はなかったのだ。

本当、土門さんがいてくれて助かりました。溜息とともに呟くと、土門さんは「そりゃ光栄だ」とカラカラと笑った。

「おっ。アレじゃないか?」

ふいに土門さんが、廊下の先を指さす。
指した先を見ると、見知った顔の先生がスーツを草臥れさせて小学生を引き連れながら角を曲がってきたところだった。

「先生」
「ん……?ああ、お前たちは──サッカー部だな」

駆け寄って、はい、と頷くと、先生は肩を回して小学生たちに聞こえないように「やっと解放される」と呟く。
とりあえず、お疲れ様ですとでも先生を軽く労ろうとした矢先。

「織乃さん!」
「あっ、コラ健也!」

聞き覚えのある声と同時に体にドンと衝撃が走って、うっと声が漏れる。
伏せた目を元に戻し視線を向けると、元旦に知り合った顔が満面の笑みで私に抱きついていた。そしてその後ろには、彼の制止に失敗して苦い顔をしている弟が。

「えっと……久しぶり、成神くん」
「やだなぁ織乃さん、健也で良いって言ったじゃないスか」

ケラケラと笑って、健也くんは更にぎゅーっと私に抱きつく。
歳下と言っても健也くんとの身長は10センチも変わらない。こうされると首に髪の毛が当たってくすぐったいのだが、無碍に扱う理由にはならないだろう。
とりあえず離れない健也くんのツンツン頭をぽふぽふ撫でていると、さっきから彼の服を引っ張っていた大樹が牙を剥いた。

「姉ちゃんから離れろ直ちに離れろ今すぐ離れろすぐさま離れろ!おい聞いてんのか健也ッ!」
「聞いてますぅー愛の抱擁を邪魔しないでくれますかぁー」

愛って。私が脱力すると同時に、健也くんと大樹がギャンギャンと言い争いを始める。
ポカンとこちらを見ている小学生と先生、プラス土門さんに苦笑を漏らし、私はスッと息を吸った。

「2人とも、いい加減にしなさい」

声を低くしてピシャリと言えば、途端に大人しくなる大樹と驚いて私から離れる健也くん。
私は頷いて1歩後退。こちらを凝視する小学生たちに目を向ける。
相手がみんな年下だと思うと、かなり気が楽だ。

「──サッカー部マネージャーの、御鏡です。サッカー部の見学を希望している人は、ちょっと手を挙げてくれるかな?」

言うと、「はい!」と真っ先に手を挙げる健也くんに続き、そろそろと数十人の手が上がる。

「じゃあ、後の人たちはこの先生について行ってね。──土門さん、行きましょう」
「え。あっ、うん」

何だか驚いている土門さんと並んで歩き出すと、健也くんを筆頭についてくる小学生たち。
「姉ちゃんに手ェ出したら許さねーかんな!」……叫びながら遠ざかる大樹に関しては、家に帰ってからじっくりお母さんに絞ってもらうことにしよう。

私の邪念波を受信したらしい大樹が、曲がり角の向こうで小さな悲鳴を上げたのが聞こえた。

ニューカマー