「いやー、びっくりした。織乃ちゃんて、年下が相手だと統率力すごいなぁ」
「あはは……慣れてるだけですよ」
声と足音の反響する廊下を歩きながら、関心したような土門さんに私は苦笑する。
「子供扱いしないでくださいよ、織乃さん!」
そう言って健也くんは頬を膨らませたが、それでも尚、私と繋いだ手を離さないあたりはやっぱり子供な気がする。
土門さんが後ろをついて来る小学生を伺いながら、スタジアム直通の扉のロックに手を掛けた。
「さて、えーと……ここが俺たちサッカー部の活動場所なわけだけど……あんまり騒がないようにな」
はーい、と返事が返ってきたのを確認し、土門さんは改めてロックを解除する。
指紋、網膜ともに確認──それなりに聞き慣れたアナウンスの声に、背後で「すげーハイテク」と驚いたような感想が聞こえた。
扉を潜り、吹き抜けのスタジアムへ出る。
その次の瞬間、ズバァン!!──と聞こえてきた大きな音に、小学生たちが身を縮めたのがわかった。
分かるよ、私もこの音に慣れるのに1週間掛かったもの。
数ヶ月前の思い出に浸る私に、音の正体──基、鋭いシュートを受け止めていた源田さんがこちらに気付いて、手を振ってくれる。
それに手を振り返していると、ふと健也くんが私の腕を引いて目をきらきらと輝かせながら言った。
「スゴいッスね、織乃さん!」
「……うん。凄いんだよ、みんな」
自分が誉められた訳でもないのに、何だか嬉しくなって健也くんの手を握り返していると、部室から出てきた鬼道さんがこちらにやって来た。
「2人とも御苦労だったな。土門、もう練習に戻って良いぞ」
「はいよ」
走り去った土門さんを見送り、鬼道さんはこちらを振り返る。
「御鏡、ここから先は俺が──」と、言い掛けた鬼道さんは私の後ろにズラリと並ぶ小学生を見て、僅かに表情をひきつらせると。
「…………やっぱり、一緒に着いていてくれないか」
「りょ、了解です……!」
少し肩を落とした鬼道さんを慰める意も込めて、私は若干語気を強めた。
そしてそのまま歩き出した鬼道さんに続きながら、私は小学生たちの様子を見る。
最初のズバァンが利いたのか、まだ何人かそわそわと落ち着きのないように見えた。
「ところで御鏡」ふとその時、前を行く鬼道さんが徐に振り返る。
「さっきから、お前の腕に張り付いているのは誰なんだ?」
「え?あー……えっと、弟の友達の、成神健也くんです」
「春日小の成神ッス。よろしくお願いします、先輩!」
私の腕に絡みついてない方の手で、健也くんは敬礼した。
「成神健也……?」鬼道さんは聞き覚えがあったのか、少し考えて小脇に抱えていた書類をめくる。
「──駅前の少年サッカークラブのMF、成神……か?」
その成神です、とニカッと笑う健也くんに、鬼道さんはそうかと1つ頷き、続けた。
「それだったら、洞面と言う奴もいるんじゃないか?」
「あ、はい。今日いますよ」
言うと、健也くんは私から離れ、後ろを振り向く。
「あー、いたいた」小さく呟いて、健也くんは片手を大きく振った。
「おーい、洞面!ちょっとこっち来いよ!」
すると、声に答えた背の小さい男の子が、沢山の足の間を縫ってやって来て、健也くんの隣へ並ぶ。
「呼んだ?成神」そう尋ねて、広げた鳥の羽ような髪を揺らしながら首を傾げた洞面くんの背中を、健也くんがしゃがんで軽く叩いた。
「先輩、こいつが洞面です」
「そうか……」
2人を見比べるように一瞥して、鬼道さんは前に向き直る。
「成神と洞面。お前たちの話は、総帥──顧問から、何度か聞いたことがある。小学生ながら、卓越したセンスを持つ選手だとな」
鬼道さんの言葉に、2人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
一方で、私はふと鬼道さんがお昼に言っていたことを思い出す。
『──多分、今の内に筋の良い奴を見つけておきたいんだろう』
私は鬼道さんたちから視線を外し、蚊帳の外に置いて行かれた残りの小学生たちを伺った。
2人にばかり構って嫌な思いをさせていないだろうかと思ったが、杞憂だったらしい。
彼らは数メートル先のフィールドでリフティングをする佐久間さんを見るのに夢中だった─が。
「あのねえちゃんスゲーッ」
「帝国のサッカー部って、女子でも入れるんだなぁ」
……何だかもの凄くとてつもない勘違いをしている。間違うのも無理はないかもしれないけども!
その会話が聞こえたらしい鬼道さんが、顔を少しひきつらせ、ゴホン!と大きく咳払いをした。
「御鏡」
「え?あっ、はい!」
名前を呼ばれてハッとする。
鬼道さんと一緒に立てた計画では、この後すぐに部活動体験をしてもらう手筈になっているのだ。
「じゃあ次は、少しだけ部活動を体験してもらいたいと思います。ボール、蹴りたい人!」
「はいっ!」
ガバッと健也くんが私に抱きつき、洞面くんが小さな手をパタパタと上げる。
他にも2人、手が挙がったのを確認して、私は鬼道さんに耳打ちした。実はまだ、実際何をするのかは明確に決めていなかったのだ。
「どうします?鬼道さん」
「丁度4人か……ミニゲーム形式にすれば、問題ないだろう」
ボールを一つ手にとって、鬼道さんは溌剌とした表情でこちらを見つめる小学生たちを見下ろす。
「安心しろ。本気は出さん」
──そう言って、口元を小さく歪めた鬼道さんに、私は何故か少し、背筋が粟立つのを感じた。
:
:
健也くんをFW、洞面くんをMFにした小学生チームと、片や鬼道さんと佐久間さん、寺門さん。そして源田さんの帝国イレブン。
実際の試合風景を見たことがなくとも、データ編集の為に、こうして部内のミニゲームを観戦したことは今までに何度かある。
本気は出さないと鬼道さんは言ったが、大丈夫なんだろうか。
私は一番のガンである佐久間さんをちらりと盗み見た。
佐久間さんなら、相手が小学生であろうと手を抜くようなことはしない気がする。良い意味でも、悪い意味でも。
「俺たちから1回でもボールを奪えたら、及第点。もしもゴールを決めるようなことがあれば、1軍のポストを空けておいてやろう」
「望むとこッス!見てて下さいよ織乃さん、カッコいいとこ見せますからね!」
意気込んだ健也くんは振り向いて、手をブンブン振る。
それに私は苦笑しながら手を振り返して、一拍空けピッとホイッスルを鳴らした。
ボールを持って前に出る健也くんと洞面くんに対し、佐久間さんと寺門さんは不敵に笑って、少し左右に広がる。
鬼道さんはそこから動かずに、2人の動きを観察するだけだ。
「あんまりナメてると、痛い目見るんスからね──洞面ッ!」
鋭く叫んで、健也くんのパスが洞面くんに渡る。
洞面くんはボールを頭のあたりで受け止めると、そのまま更に前へ出た。
寺門さんの軽いブロックをひらりと避けて、ゴール前に突進していた健也くんにボールが戻る。
鬼道さんは、相も変わらずじっとそれを静観しているだけだ。
「でやぁっ!!」
バシン!と、健也くんの気合いが入ったシュートはゴールを割ることなく源田さんの手に収まる。
ちぇっ、と口を尖らせる健也くんに、鬼道さんが一歩近付いた。
「中々良い動きをするようだな、2人とも。……だが、まだまだ無駄なモーションが多い」
ギラリと、鬼道さんのゴーグルが光に反射する。
源田さんからボールを受け取り、ダンとそれに片足を突いた。
「良いだろう……見せてやる。帝国のサッカー──その、片鱗を」
その瞬間。
ボールの姿が揺らめき、ぶれる。
「──イリュージョンボール」
前線2人のブロックを軽快に掻い潜り、相手サイドに上がっていく鬼道さんを見ながら、私は呟く。
あの技は、私がマネージャーになって間もない頃、初めて鬼道さん見せてもらった技だった。
「佐久間!」
鬼道さんの声と共に、ボールが佐久間さんの元へと回される。
佐久間さんはボールを受け取ると、一気にゴールまで切り込んだ。
DFの妨害をいとも容易くすり抜けて、佐久間さんはゴールに向かって足を振り上げる。
「させるかァっ!」
打つ──そう思った瞬間、健也くんが地面を蹴ってかました鋭いスライディングに、私は目をしばたいた。
「っと!」
不意を突いたスライディングが直接足にぶつかることはなかったが、バチリと弾かれたボールは佐久間さんの足元から離れる。
高く飛んだボールを捕まえた洞面くんが、「及第点ですね!」とVサインして見せた。
「まさか、キラースライドを使えるとはな……」
私と同じことを思ったらしい鬼道さんが、顎の先を軽く摘んで面白そうに呟く。
「だから、言ったでしょ?」
痛い目見るって──唇に指を添え、健也くんは小悪魔のように笑う。
それを見た佐久間さんが、にやりと片頬を持ち上げた。
「やるじゃないか、お前」
「先輩こそ」
探り合うように笑って、どちらともなく握手を交わす2人。おお、青春っぽい。
私がそう思った矢先、健也くんの「それに」に続いた台詞に、青春の1ページは一瞬で燃え尽きた。
「女子に負けたりしたら、男の立つ瀬がなくなりますから!」
あっ。
その瞬間、私含めサッカー部全員の表情が凍りつく。
佐久間さんは一瞬フリーズすると、笑顔のまま俯いた。──そして。
「……誰が女だって……?」
「えッ?」
肩を震わせ始めた佐久間さんに、健也くんは一歩後退する。
コロコロとタイミングよく転がってきたボールを割り潰さんばかりの勢いで踏みつけて、佐久間さんはぐわっと顔を上げた。
「──俺はッ、正真正銘の男だこのクソガキがーーーーッ!!」
「うわ、うわああああっ!?」
叫びながら、そこら中にほっとき放しだったボールで大砲ばりのシュートを打ちまくる佐久間さんと、それに悲鳴を上げながら逃げ惑う健也くん。
2人の異なる叫び声を聞きながら、鬼道さんが呟く。
「一番踏んではいけない地雷を踏んだな、あいつ……」
全くですね。
声には出さなかったが、私たちは神妙にコクリと頷いた。