分厚い扉の前に立って、大きく深呼吸をする。
もう泣くのは止めよう。最後くらい、みんなの前では笑っていたい。
意を決して、私は扉を開ける。
スタジアムに飛び込んだ次の瞬間、待ちかまえいてた源田さんに高く抱き上げられた。
抱きしめられたとかではなく、抱き上げられた──って。
「きょああああっ!?」
「反応遅いだろ」
下の方で佐久間さんの声が聞こえたのだが、私は所謂高い高いされた状態であまつさえジャイアントスイングのごとく振り回されて、ただひたすら悲鳴を上げる。
10秒程して地面に降ろされた頃には、視界がクルクル回っていた。
「なっ、何、するんですか……!」
ふらふらしながら必死で抗議すると、「黙っていた罰だ」と何やら悪い笑顔になった鬼道さんが私を見下ろす。
「満場一致であの方法で行くことにした。寧ろあれくらいで済んだことに感謝するんだな」
「すまん、御鏡」
「ちょっと楽しかった」真顔で言う源田さんに、私はちょっぴりひきつった笑いを浮かべた。
そんな私の背中に、健也くんと洞面くんがへばりつく。
さっきと同じようで違うのは、2人が満面の笑みということだ。
「どうせもうこうしたくても出来なくなっちゃうんだから、文句は言わせませんよ織乃さん!」
自信満々に言う健也くんに、乾いた笑いが漏れる。鬼道さんが、座り込んだ私の手を取って立ち上がらせた。
「さぁ、最後の最後まで、きっちり働いてもらうぞ。御鏡」
そう言って笑う鬼道さんの後ろには、柔らかい笑みを浮かべるみんなの姿がある。
再び涙腺が緩んだらしい佐久間さんが、ぐすんと鼻を鳴らしながら半ば叫ぶように言った。
「今日は早めに終わって送別会してやるんだから、手を抜いたら承知しないからな!!」
「どんな脅し文句だよ」と、小さく噴き出した土門さんに佐久間さんが食ってかかっていく。
──そうしていつも以上に働いて、部活を終えて。
着替えを済ませて部室に戻ると、みんなにそれぞれ労いの言葉を掛けられながら、ぐしゃぐしゃに頭を撫で回された。
最後だからって、源田さんに健也くんや洞面くんと一緒くたにまとめて抱き締められて(家族みたいだなと土門さんが笑っていた)。
アドレス交換すんぞと言う咲山さんや辺見さんに、携帯を持っていないと事実を答えると呆れた顔をされて。
「やっぱり色々つらい」と呻く佐久間さんに両腕を広げてみれば、ちょっと泣きながら抱きつかれて。
「──今日まで、本当に……沢山、お世話になりました」
そう、静かに告げる私に、鬼道さんはとても優しく──微笑んだ。
「世話になったのはこっちだろう? ──ありがとう、御鏡」
私は、今日初めての混じりっ気のない心からの笑みを浮かべる。
ああ、私。やっぱり、みんなと会えて本当に良かった。
そうして、それから──
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「御鏡さんのお宅ですか?」
引っ越し当日の朝のことである。
空っぽになったの家の前で車に最低限の荷物を積んでいると、小さな花束を抱えた宅配業者の人が、お兄ちゃんに声をかけた。
一言二言交わして去っていくその人に、お兄ちゃんは会釈する。
そしてふと花束を見つめ、お兄ちゃんはふいに微笑んだ。
「──織乃」
「え?」
その花束を、お兄ちゃんは私に差し出す。
首を傾げながら花束に添えられたカードを見た私は、じわりと目尻が熱くなるのを感じた。
帝国サッカー部一同代表──ファンシーなカードに似合わない、ボールペンで書いたカッチリとした文字が踊っている。
紛れもなく、鬼道さんの字だ。泣きながら花束に顔を寄せる私の頭を、お兄ちゃんが撫でる。
「鬼道財閥からだってさ。案外気障なことするんだなぁ、あいつ」
笑いながら、お兄ちゃんはハンドタオルを差し出した。
それを受け取りながら、私は釣られて笑みを浮かべる。
「──良い友達が出来たな」
「……うん」
お父さんの呼ぶ声を聞きながら、私は花束をそっと抱きしめる。
最初は、本当に理不尽な出会い。
それから、色々なことがあって、色々なことを学んで。
全てが目に見えないものだけど、私はあそこで、本当に沢山のものを手に入れた。
大丈夫。
それを忘れない限り、私は海を渡ったこの先でも、やって行くことが出来る。
「──ありがとう」
呟き、花束を大切に抱えて。
私は地面を蹴り上げた。