帝国サッカー部のモットーは《完全主義》。
それを知ったのは、マネージャーになって5回目の部活動の時だった。
「御鏡、テーピング頼む」
「あ、わ、わかりました」
5日目にしてようやく完全に覚えたサッカーのルール云々を頭の中で復習している最中、少し左足を引きずった風な恵那先輩に頼まれた。
慌てて復習の内容を頭から追い出し、救急箱を片手にベンチに腰掛けた先輩の足下にしゃがみ込む。
「……あ、あの……恵那先輩。一昨日も左足やっていませんでした……?」
「いや、前のは臑。今日は足首」
俺よく怪我するんだよなー、と先輩はカラカラと笑った。こんな調子だと、いつか包帯だらけで部活に臨む日が来てもおかしくない気がする。笑えない……!
「どうかしたか?」きょとんとする先輩にブンブン首を激しく横に振り、救急箱から取り出したテープでヒールロック。テーピングの種類を覚えるのに一夜漬けしたのは秘密だ。
恵那先輩はゆっくり立ち上がると、足の具合を確かめながら私にお礼を言ってフィールドに戻っていった。
「(──そういえば)」
ふと、ピッチを駆け回る選手たちに目をやって思う。
サッカー部には、先輩が少ない。時期が時期だし3年生がいないのはまだ分かるが、部員の数が明らかに1年生の方が多いのだ。
上級生はスタメンの恵那先輩と渋木先輩、ベンチの藍本先輩と香田先輩くらいで、残りのメンバーは全員1年生。2軍にはもっと上級生がいるらしいが、活動場所が違うから確かめる術はない。
それに、同じ1年生の鬼道さんがキャプテンの座に就いているということも含めて、他の学校の運動部がどんなメンバー構成かは知らないが、少しだけ引っかかるものがある。
「──何、ボーっとしてるんだ」
「みぎゃあっ!?」
突然背後から掛けられた声に、私は思わず奇声を上げて飛び上がった。
ばっくんばっくん言ってる心臓を押さえながら慌てて振り返ると、肩を竦めて目を見開いている佐久間さん。どうやら私の声に驚いたらしい(何か悪いことした)。
「おっ……まえ、そんなに驚くことないだろ!こっちがビビったじゃないか」
「す、すみ、すみません!!」
全く、と呟きながら、佐久間さんは屈伸を始める。そう言えば昼休みに、委員会があるから遅れるって言いに来たっけ。部員の出席の有無を記録するのが仕事だと分かってはいるが、あの時はクラスメイト(+佐久間さんを慕う他クラスの女の子たち)の視線で死ねると思った。
もしも視線による物理攻撃が可能なら、私の体は今頃穴だらけである。
「……で?」
屈伸を終えた佐久間さんが尋ねる。……え、でって何が……?
思わず首を傾げると、佐久間さんはじれったそうに語気を強めた。
「だーかーらー!何でさっきボーっとしてたんだよ!」
「えっ、あ、ああ」
あわあわしながら頷いて、さっと先輩方に目を走らせる。距離はあるから、余程大声で話さない限り聞こえることはあるまい。
少し気が引けたが、私は1歩分ほどじりじりと佐久間さんに近づき、声を落として尋ねる。
「え、っと……サッカー部って、先輩が少ないじゃないですか。何でかなぁと思って」
「何だ、そんなことか」
そりゃあ佐久間さんにとってはそんなことかもしれませんけども。
言いそうになった口をぐっと噤むと、佐久間さんはさらりと言ってのけた。
「チームには強い人間しかいらない。要はそういうことだよ」
──さも、当たり前のことのように。突き放すような言葉に、無意識に息が詰まる。
だから、キャプテンも鬼道さんが?──問いを続けると、佐久間さんはこれにもまた頷いた。
「年だの経歴だの、そんなものはここでは関係ない。総帥が必要としてるのは、強い選手だけ。勝利だけだから」
佐久間さんは、私の磨き掛けだったボールを拾い上げる。
スタジアムの照明に照らされたボールは、鈍く光を反射していた。
「才能や能力に年が関係ないのと同じだ。他よりも弱ければ、2軍に降格されるか退部させられるかの2択」
サバイバルみたいなもんだな、と佐久間さんは事も無げに言うが、私はそれに答えられない。
だって──才能や能力がなくたって、その人がサッカーを好きだったら?ここでサッカーをしたいと、望んでいたら?
長年積み重ねたきた経験を、あの人のたった一言で突き崩されたら?
それは、なんて。
「──むなしい」
「……」
数瞬して、私はハッと顔を上げる。佐久間さんの存在が一瞬意識外にあった。
佐久間さんはというと──私の方を、睨むような目で見ている。
「──お前、バカだな」
「えっ」
「それでもって、アホだ」
「ええっ」
い、言われまくりだ!
ガーンと目を剥く私に佐久間さんは、「そんなんだから、」と言い掛けると、さっと踵を返してフィールドの方へ行ってしまう。
ああ、何か知らないけどやらかした!!
▼
「悪い、遅れた」
「いや。何を話していたんだ?」
鬼道たちと合流した佐久間は、え?と一瞬首を傾げる。
振り返ると、ベンチには顔を青ざめてそわそわしている織乃の姿が見えた。
「マネージャーに絆されたか?」
「ふざける暇があるならボールを蹴れ、辺見」
茶化す辺見の額に、鬼道が蹴ったボールがぶつかる。
「んなわけねーだろ!」と一言断りを入れた佐久間は、恵那たち2年生が少し離れた場所でパス練習をしているのを確認すると、そっと声を落として言った。
「あいつが……部に2年生が少ないのが気になったとか言ってたから、チーム編成のルールを教えていた」
「ヘェ、したら何て?」
興味なさげにそう尋ねるのは咲山である。
佐久間はふとまばたきを繰り返した後、ぐっと唇をへの字に歪ませて言った。
「むなしい、って」
「………成る程な」
少し間を空け、あくまでも冷めた声色で鬼道が返す。
ここ5日間で、彼女の根本的な性格は把握したつもりだ。温厚で、因循。そんな性格の人間が考えることなど、容易に想像できる。
今まで大事に積み上げてきたものを、指揮者の一言のみで、バラバラに、ボロボロに──跡形もなく壊される。それがとても虚しく、悲しい。
──だが、彼らはそれを割り切っているからこそ、ここにいる。
ここがどれほどシビアで厳しい世界でも、そのおかげで強くなれる。勝利が手に入る。切り捨てられた他者を思う気持ちなど、既に心の奥に仕舞って蓋をしているのだ。
「だから──あの子は、マネージャーにされたんだろうな」
「……それは、俺も思った」
ふと、ぼんやりと呟いた源田に、佐久間が同調する。
《そんなんだから》、織乃は影山に目を付けられた。優しくて気の弱い人間はすぐに人の気持ちに同調して脆くなる。そこで壊れれば、──壊してしまえば、作り直せば良いだけだ。
彼がどういった思惑で織乃をマネージャーにしたかは分からないが、所詮彼女も影山に必要とされて、ここにいる。自分たちと変わりない。
「……そういうお人好しなところが、あいつの美点なのかもしれないな」
ポツリと零れた鬼道の言葉に、その場にいた一同が彼を見て呆然とする。
メンバーの視線にハッとした鬼道はというと、さっと頬に朱を走らせて眉根を寄せた。
「何だ、何か文句があるのか」
「な、ないです!ない、けど……」
珍しく年相応に、けれど分かり難く照れた様子を見せた鬼道に、辺見が激しく首を振りながら言い淀む。
「……いや何か、鬼道さんがそういうこと言うの、珍しいなーと……」
「御鏡の温厚さが、少し移ったんじゃないか?」
小さく笑った源田に鬼道はむっと眉間に寄せると、ツンとそっぽを向いてドリブルの練習を始めた。
その後の休憩時間には、佐久間に「生意気言ってすいませんでした」と土下座する勢いで謝る織乃の姿があったという。