覚悟する
言葉の綾ってやつだ、あれは。
落ち着け俺の頭、都合の良い部分だけ拾うんじゃない。
『私、好きだなぁ。飛鷹くんみたいな人』
とどのつまり、好みにハマってるってことだろ。
じゃあどっちにしろダメじゃねえか。俺にどう反応しろってんだあいつは。
……というような脳内議論を、昨日の夕方から事あるごとに繰り返している自分が情けない。
別に、惚れた腫れたに興味を寄せてるわけではないが、だからといって完全に無関心かと聞かれるとそういう訳でもない。
この俺がそんなことを考えるんだから、女の名前にとっちゃ恋愛沙汰も趣味の一環みたいなもんなのかもしれない。だからこそ、多分あんなことを言ったわけで。
「……あー……」
とりあえず、一度冷静になろう。ポケットから櫛を取り出して髪を整え、ゆっくり呼吸した。
めったに言われないこと言われたから、少し動揺してるだけだ。女一人の一言にここまで揺らぐなんて情けないにも程があるが。
何にせよ、あいつはきっと変わらず俺に接してくる筈なんだから、俺も同じように接する。それだけだ。
息を整えて、店の引き戸に手を掛けようとした瞬間。
「どうした名前。やけに元気がないな?」
店から聞こえてきた響木さんの声に手が止まる。
そして、次に答えたあいつの言葉に、体が固まった。
「……どうしよう叔父さん、私、失恋したかもしれない…」
……しつれんって何だったっけか。
頭が考えることを放棄し掛けた数秒後、笑い交じりの響木さんの声が続く。
「何だ、あいつがハッキリそう言ったのか?」
「いや言ってはいな……叔父さん、私が誰を好きか知ってるの?」
「お前ほど分かりやすい奴もいないからな」
響木さん、俺は名前を分かりやすい奴とは思えないです。
呆然と思いながら、聞き耳を立てる俺は周りから見たら完全な不審者だろう。
というか、これは、いつどのタイミングで入れば良いんだ……。
(……いや、別に聞こえてなかったていで今入っちまえば良いことだろ)
そう思うのだが、どうも足が動かない。俺に出歯亀の趣味は無かった筈だ。名前の好きな奴がどうなんて、これっぽっちも気にしてない、気にならない筈なのに、何故。
「大体、何でそんな考えに思い至ったんだ、お前は」
「だって、遠回しに告白しても無反応だったし……昨日別れるときだっていつも通りだったし」
漏れる大きな溜息と、ガタガタと椅子が動く音。
中を覗くわけにもいかないから、音で様子を判別するしかない。
……何か、ストーカーでもしてる気分になってしまった自分がすごく嫌だ。
周りの目もそろそろ痛くなってきたし、いい加減腹くくって中に入るか。無駄に力んで、再び引き戸に手をかけようとした瞬間。
「やっぱり、飛鷹くんも私みたいなドジな奴は嫌なのかなぁ……」
腹くくっても出来ないものは出来ない。文字通りそれを痛感した瞬間だった。
うっかり引き戸じゃなくて隣の壁に激突した指を抑えながら、眉間に皺を寄せる。
今、あいつは何て言った?
「まぁ、多少しっかりしていた方が助かるだろうな、誰だって」
「酷いよ叔父さん、私結構へこんでるのに」
声からして、確かに名前は落胆しているらしい。覇気のない声色で、あいつは続ける。
「しっかり者ってどうすればなれるの叔父さん……」
「お前の場合母親の腹の中からやり直す必要があるだろうな」
「辛辣過ぎる!」
続いて、ガッタンと椅子が倒れるような音。
勢いよく立ち上がりすぎて、椅子をひっくり返したとかそんなところだろう。
カンカンと、鍋をお玉で叩くような音を出しながら、響木さんの声が聞こえる。
若干、俺がいる方に向かって発声されたように聞こえたのは気のせいだろうか。
「どうせ、明日で最後なんだ。当たって砕けるつもりで、もう一回行ってこい」
「ダメだったら骨は拾ってね、叔父さん……」
――とりあえず、分かったことが二つ。
俺が明日、本戦で戦いに行くこと以外に相当な覚悟をしていなければならないらしいと言うことと、今日は何があったって名前と普通に接することは不可能に近いということだ。
熱くなった頬をどう冷ますか、ろくな解決法も思いつかないまま、俺は店の前に突っ立ってそれだけのことを理解した。