当日の二週間前から地道にレシピを探したり、男子たちに見つからないように材料を集めたり、その日のためにあの頃の私はどれほど努力しただろうか。
だけど結局、肝心の出来上がりは何度チャレンジしても最悪なものしか出来なくて、当日彼に渡したのは市販のなんてことない、ヒロトたちにあげたのと同じものになったんだっけ。

「バレンタイン、ねぇ…」

中学二年生のバレンタインから、丁度きっかり十年。
仕事の休憩時間を利用してふらりと入ったスーパーでは、売り場で一番客の目につくであろうスペースに赤やピンクで彩られた包装紙や箱がずらりと並んでいた。
来週が2月14日、バレンタインだからである。

「なぁ、茜はどうすんだよ」
「…まだ、分かんない」

そのスペースを眺めながら話し合う、中学生らしき女の子が二人が視界に入った。
自分にもあんな風に悩む時期があったなんて、人生って本当不思議なものだ。

今は堂々と店頭に並ぶチョコレートたちも、当日を過ぎればワゴンセールになったり処分されたり、悲しい運命を辿るのだろう。

「名前!」

そんな風にたそがれていると、ふいに聞きなれた声が背中に投げ掛けられた。
振り返らなくても誰かなんて分かりきっている。

「リュウジ。リュウジもお昼買いに来たの?」
「うん。だってうちの社員食堂ってさ、…あー…うん、アレじゃん?」

重要なところを濁した辺りは正解だろう。
成人男子らしからぬ、サンドイッチとお茶一つが入ったビニール袋を片手にぶら下げ、リュウジは苦笑した。

私たちお日さま園の人間は、ほとんどがヒロトが継いだ吉良の会社に就職している。
リュウジはその中でも出世した方で、今や社長秘書の仕事を任されている優秀な社員だ(実際は一番ヒロトの扱いに慣れているからと言う理由で押し付けられただけなのだが。)

何見てんの、と私の背中から顔を覗かせたリュウジが、ぱちくりとまばたきを繰り返す。

「うわー…もうチョコレート売ってるんだ。バレンタインってまだ来週だよね?」
「まだ、じゃなくて、もう、なんだよ。早いところは2月頭から売ってるじゃない?」

そうだっけ?と首を傾げて、リュウジは何となくチョコレートの山から一つ、抹茶チョコを取ってしげしげと眺めた。
突っ込み待ちと捉えて良いのだろうか。

「そう言えばさぁ…名前たちって、いつもバレンタインは市販のしかくれないよね」
「市販の何が悪いの。貰えるだけマシでしょ」

もしくは「チョコなんて甘ったるいものは好かん」と豪語しているせいで年々貰えるチョコが減ってきている砂木沼に謝れ。
リュウジは「だってさ」と唇を尖らせ、箱の縁を少し骨張った指でなぞる。

「就職してからも、ずーっとそうじゃない?いつも当日ギリギリの、値下がりしたの配ってさ」
「…その辺は経理担当に言ってよ」

ちなみに経理は玲名が担当している。マキ辺りが担当だったら、こんなイベントが大好きだからもっと色の付けたものを買えるのだろうが、残念ながらあの子は昔から数字がからきしダメなのだ。

そう、昔から。
ダメなのは私の方だ。十年も一方通行で、ただの幼馴染みから抜け出そうと努力すらしなくなった、典型的なダメ女。
リュウジもリュウジで、私のことはきっとただの幼馴染みとしか思ってないのだろう。
唯一の救いは、この十年間彼に恋人が出来なかったことだろうか。少し可哀想ではあるが、そのお陰で私の心の安寧は保たれたのだから。

「─はい、名前」
「は?」

ふと、リュウジが今の今まで眺めていた抹茶チョコのパッケージを私に軽く放り投げる。
危うく落としそうになりながらそれを受け取った私に、リュウジがニコッと笑った。

「それ、俺におごって?この前貸した300円、なしにするからさ」
「は…?別に、良いけど」

唐突に何を言い出すかと思えば。
リュウジは頬に流した横髪をくるくると指で弄りながら、小さく付け足した。

「これで、俺だけ名前から二つチョコが貰えるわけだよね」
「…何、それ。バレンタイン当日にも貰う気?」

一瞬、深読みしそうになってドキリとする。
いけないいけない、先走ると必ず良くないことが起きるんだから。
レジにチョコを一つ持っていって、物の五分もしない内にリュウジの元へ戻る。
彼は相変わらず、チョコレートコーナーの前でニコニコしながら佇んでいた。

「はい、どーぞ」
「わーい」

わーいって。リュウジは変なところが子供っぽい。そう言うところも好きなんだけど、って何を言ってるんだ私は。
一人悶々している私を尻目に、リュウジはジャケットの内ポケットにチョコを滑り込ませている。

「これで義理チョコは貰ったね」
「は?」
「当日は本命でよろしく」

今何て言った。
思考が凍りついた私を差し置き、リュウジは上機嫌で出口へ足を向ける。

すれ違い様、リュウジは子供っぽさの欠片もない、艶やかな笑みを浮かべて言った。

「俺、待ってるから」
「っちょ─」

我に返って振り向いた頃には、リュウジはもう何メートルも先を走り去っていた。
あれだけ余裕たっぷりの笑顔見せつけといて走る理由はどこにあるの。あれだけ何ともないように言っといて、何でそんなに耳が赤いの。

言いたいことは色々あったけど、私はとりあえずぼんやりとした頭のまま、もう一度チョコレートコーナーに目を向ける。
あの女子中学生二人組は、いつの間にか姿を消していた。


チョコレート・インタールード
130206