そこは紙一重の世界
この空間は、一つの世界と等しかった。
そこから出ることも叶わず、また望んで入ることも叶わず。
初めてここに来たときは、まるで独房にでも閉じこめられた気分だったと名前は言う。
「しかし、不便な世界でもないんだ、これが。腹も減らない、眠ろうと思えば眠れるし、欲しいものはある程度の物なら何故か手に入ると言った具合にだな、……何をしてる?アツヤ」
「出口さがしてる」
「だから……」
無理だと言うのに。そう言いながら、名前は足下でどうにか白い地面をほじくり返そうとしていたアツヤの首根っこを、猫を持つように掴んだ。
「はなせよぅ名前!」
「まぁまぁ、落ち着かないか。飴ちゃんやるから」
「……いる」
名前の手から自分の髪色と同じ色をした飴玉を受け取り、アツヤはそれをカラコロと口の中で転がす。
「名前はいつからここにいるの」
「さぁ、どうだったか……」
名前は首を捻った。答えを濁しているわけでもなく、ただ本当に分からなかったのだ。
「一時間もしてないかもしれないし、十年も経っているかもしれないな」
「何だよ、それ。もし十年もたってたら、名前おばさんじゃんか」
「物の例えだよ、アツヤ。ただ確かに言えるのは、私はおばさんじゃないということだ」
パチンと名前が指を鳴らす。
パッとアツヤの頭上に現れ、ごわわんと音を上げたのは金属製のタライだった。
「いってぇ!!何だよこれ!」
「言っただろう?ある程度の物は手に入ると」
名前はにっこりと微笑む。
その笑顔の裏に、何か只ならぬ黒い物を感じ取ったアツヤは少し顔色を青くしたのだった。