迷い子に差し出す手



「ここ、どこ?」

それはさながら、アツヤがここにやってきた時の再現のようだった。
名前とアツヤは顔を見合わせ、突然ぽっと現れた小さな少女を見下ろす。

「うぅん……お嬢ちゃん、お名前を聞いても良いかい?」
「ん……ゆうか。豪炎寺夕香、だよ」

こてんと小首を傾げながら、夕香は言った。その体は、下半分がうっすらと透き通っている。
名前はふむと唸って、顎に手を添えた。

「どういうことだ?」

アツヤがそっと、耳打ちする。
自分の体は、たまにあちらの世界に引っ張られるとき以外は、これこの通りハッキリとしている。それは名前もまた然り。
名前はおもむろに、ぽんと手を打った。

「そうかそうか。成る程……この場合は、そうなるんだな」
「おい、一人で納得するなよ」

アツヤが顔をしかめるのを後目に、名前はしゃがみ込んで夕香との目線を合わせ、その小さな肩に両手を置く。

「夕香ちゃん。ここは、夢の世界だよ」
「ゆめ?」

そう、と名前は、アツヤが怪訝な顔をする中、穏やかに微笑んで頷いた。

「どのくらい時間がかかるかは分からんが、しばらくしたらお迎えが来るよ。それまで、お姉さんたちの話し相手になってくれないかい?」
「うん……分かった!」

途端、花が咲いたように夕香は笑う。
「女の子は笑顔が一番だ」その頭を優しく撫でる名前を、アツヤが小突いた。

「おい……名前、こいつは」
「こら、早合点するもんじゃないよ、アツヤ。─この子は、まだ生きてる」

はぁ。アツヤの口から間の抜けた音が漏れた。
夕香と名前、そして自分の体を見つめ、首を傾げる。

「大方、何かの理由であっちで目覚めることが出来ないんだろう。だから、半分」

透けているんだよ─口の形だけで、名前は言う。夕香に気取られないように。

「大丈夫、夕香ちゃんは私と違って、健康そうな子だ。きっと目覚めるよ」

「さぁ夕香ちゃん、何をお話しようか」名前はその場に胡座を掻いたが、直ぐに戻して三角座りをした。




それから、どれほど経っただろうか。
好きなお菓子や花、大好きな家族。楽しげに回り続けていた夕香の口が、ふいに引き結ばれた。

「……? 何だよ」
「お兄ちゃんの声がするっ!」

欠伸をかみ殺したアツヤが、ポカンとする。夕香は立ち上がって、辺りをキョロキョロと見回した。

「どれ、夕香ちゃん。お迎えが来たみたいだね?」
「うん!お姉さんたち、ありがとう!」

これまでにないほど嬉しそうな顔をして、夕香は二人に勢いよく頭を下げる。
名前はうんうんと頷きながら、夕香の背中に手を添え、もう一方の手でどこぞの方角を指さした。

「声は、あっちから聞こえるんだね?」
「うん」
「じゃあ、その方へずぅっと歩いてごらん。そうしたら、お兄ちゃんの所へ着く」

ただ、約束がある─そう言って、名前は夕香の目を覗き込む。

「立ち止まっても、振り返っても良いけれど。ただし、絶対に引き返しては行けないよ。迷子になってしまうからね」
「うん、分かった!」

「よし、いい子だ」最後に夕香の背中を一撫でし、少しそこから離れる名前。

夕香が一歩、足を踏み出すと─その小さな背中は、子供特有の甘い匂いを残すこともなく、そこから姿を消した。