今日は日曜日。
お日様の日差しも柔らかく、時折吹いてくる風がとても気持ちがいいです。
そして今日、毎月第四日曜日はお店がお休みになります。
だから私もオフと言う訳なのです。オフって何だか格好いい響きですよね、一度使ってみたかったんです。
最近の休日の日課は、町の喫茶店やカフェテリアを回っては、そこがどんなお店なのかチェックすること。
良い点はメモに取って店長に報告し今後のお店作りに役立てるので、これも一つのお仕事になるのでしょうか。
しかし私にとってやっぱりこれは楽しいもので、素敵なお店の雰囲気とおいしい料理を食べて幸せになれるので、第四日曜日は一ヶ月の中で一番好きな日と言っても過言ではありません。
そして本日も例の如く、私は街へ繰り出し新しいお店を探しておりました。
(と言っても、この街のお店はもう粗方見て回ったから…どうしましょう、いっそ隣町まで足を伸ばしてみましょうか)
だけども恥ずかしいことに私は少々方向音痴というやつで、初めて行く町に行くと必ず迷子になってしまうのです。
地図も何もない状態で、喫茶店だけを頼りに知らぬ街を歩くと言うのは些かリスクが高い気がしました。
そんなこんなで、駅前のベンチに座り込んでうんうんと唸っていたそんな時。
「ねぇ、君」
「?」
突然上から降ってきた声に、私は顔を上げます。
そこにいたのは、身も知らぬ一人の男の人でした。
一体誰に話しかけたのだろうとキョロキョロ周りを見ると、「君だって」と彼はにっこり笑って私の隣に腰掛けます。
「君って、今ヒマ?」
「え?ええ、まぁ…」
実際何も行動に出ていないので、忙しいとは言えないでしょう。
素直に頷くと、彼はますます笑みを深めました。
「ちょうど良かった!俺も今、一人でぶらぶらしてて暇だったんだ。ねぇ、せっかくなんだし俺と遊ばない?」
「え?」
…これは。
私はハッとします。これはまさか、かの『ナンパ』というやつなのでは!
生まれてこの方17年、ナンパをされたのは初めてのことです。
しかし初体験に謎の感動を覚えるのも束の間、私は友人や先輩の言葉を思い出しました。
『名前はニブニブなんだから、ナンパとかに引っかかったらおしまいだよ!』
『知らない人についてっちゃダメよ、名前ちゃん』
…あれ、後者は先輩じゃなくてお母さんの言葉でしたっけ?
まぁとにかく、ナンパに着いていってはいけないのです。
私は意を決してベンチから腰を上げました。
「すいません、お誘いは嬉しいのですが、実は……えっと、人を待っておりまして」
「そう?でも君、さっきからずぅっとここでぼんやりしてたけど」
なんと、そんなに前から標的にされていたとは。
彼は笑みを薄ら笑いに変えて、私の肩を掴みます。
「もう30分は待ったでしょ、その人も来ないんじゃない?ね、行こうよ」
「い、いや、もうちょっと…」
ピンチです絶体絶命です。
このままでは何だか大変なことになってしまうやもしれません。
こんな時はどうすれば良いんですか先ぱーい!
心の中で助けを求めた、その次の瞬間でした。
「――名前さん!」
「はぇっ」
突如名前を呼ばれ、私はびくりと体を揺らします。
今の声は、聞いたことがあるようなないような。
振り向くと、やや急ぎ足でこちらにやって来た一人の男の人。
あれは――
(け、Kさんです…!!)
そう、よく喫茶店に来てくれる、あの彼でした。
彼は私たちの元に辿り着くと、少し固い声で言いました。
「すいません、遅れて。さ、行きましょう」
「え、あっ、はい!」
優しく私の手を引いた彼は、キッとナンパの人を睨みつけます。
その人はばつが悪そうに顔をしかめると、そそくさとその場を立ち去りました。
一瞬、間。
その人の姿が人混みに消えたと同時に、彼はパッと私の顔を覗き込みました。
「大丈夫でしたか!?」
「あ、はい」
切羽詰まった顔を緩めて、彼は「良かった」と溜息を吐きます。
そしてハッと目を見開いたかと思うと、私の手を掴んでいた手を慌てて引っ込めました。
「すっ、すいません」
「いいえ、……あのぅ、いつもお店に来て下さる方ですよね」
念のために尋ねてみると、彼は少し顔を赤らめて頷きます。
「ああ、やっぱり!おかげで助かりました、ありがとうございます」
「い、いや……」
鞄の持ち手をギュッと握って、彼は視線をあっちこっちにやりながら俯きました。
あんなに勇気のある行動をしていながら、何を恥ずかしがる必要があるのでしょう。
と、そこで私はあることを思い出しました。
「そう言えば、私の名前……?」
「あっ」
そう、彼はあのとき、確かに私の名前を呼びました。
おかげであの人の手から逃れられたわけですが、彼は何故私の名前を知っていたのでしょう。
すると彼は、リンゴのように顔を真っ赤にして、早口に言いました。
「そ、その、店の人がよく、君の名前を呼んでいるから覚えてしまって……!」
「あ、なるほど」
確かに言われてみると、私はお店でよく名前を呼ばれています。
常連の彼にとって、覚えるのも無理はないでしょう。
「すいません、あの、名字で呼んだ方が良いですよね」
「いいえ、そのまま名前とお呼び下さい!」
お客様に名前を呼ばれると、何だか仲良しになれたようでとても嬉しいです。
そう進言した私に、彼はやっぱり赤いままの顔で、口を薄く開きました。
「名前さん……」
「はい?」
どうやら、ただ口に出しただけだったようで。
彼はハッとすると、困ったような顔になっていきなり踵を返しました。
「じゃ……じゃあ、俺はこれで!またお店の方で!!」
「あ、は……」
はい、と答える間もなく彼はすごいスピードで駅の中へと走り去って行きます。何かスポーツでもしているのでしょうか?
「……あ」
そして私は、ここでまた一つ重要なことを思い出します。
「名前を聞くのを忘れてしまいました……!!」
何という失態!