Good luck comes by cuffing.



その日はまるで、バケツを引っくり返したような雨が降っていた。
嵐が近づいてきているらしい─そんな話が施設内で持ち上がっていたが、彼は全く意にも介さなかった。チームメイトの呆れ返ったような視線を背中に受けながら、島へ飛び出したのである。

「…やはり、少し無理があったか」

彼─白竜は、周りに人がいないことを良いことに、そう呟いた。荒れる風の音に声は掻き消され、自分の耳に届くのが精一杯だ。
白竜はサッカーボールを腕に抱えたまま、先程からずっと森の中を走っている。行けども行けども、同じ道を通っているような気がする─彼は事実を認めないだろうが、端的に言うと迷子になっていた。

「ちっ」

小さく舌打ちして、彼は雨で張り付いた前髪を掻き上げる。目にしずくが入り、視界も悪い。
こんなことなら、チームメイトの忠告を大人しく聞いて施設に残っているのだった。

「いや…ダメだ。この程度で音をあげるようでは、究極にはほど遠い!」

大きく頭を振り、白竜は自身を叱咤した。
奴を越えるんだ─小さく呟いた、次の瞬間。

「ッ!?」

足元の地面がずるりとぬかるんだ音をたてて崩れる。
あまりに突然な出来事に、彼は声を上げる暇もなく崖下に転落した。




「…うっ」

ぴたん、と頬に落ちた水滴の感覚に、瞼が震える。
おぼつかない頭でゆっくりと目を開けると、誰かが自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。

「あ…名前様。彼が起きました」

そう言って、人影は後ろを振り向く。
黒い髪を一つに束ねた、少し浅黒い肌の幼い少女だ。

ぼんやりと辺りを見ると、どうやらそこは島にある遺跡の中のようである。
上体を起こそうとして、彼はうっと唸って顔をしかめた。

「無理して起きない方が良い。怪我に障る」

ふと、静かな声が遺跡に響く。
先程の声とはまた別のものだ。
誰だ、と警戒心をあらわにして問えば、声の主は鈴を転がすようにクスクスと笑った。

「それだけ元気なら、足以外の怪我は大丈夫そうだな」
「何…?」

白竜は訝しむような表情で、痛みの走った利き足を覗き込んだ。
足首から脛に掛けて、やや不格好に包帯が巻いてある。そばには治療に使ったのか、薬草と思しき植物が少し、散らばっていた。

「…手当てをしてくれたことは、礼を言う。だが、姿くらい見せたらどうなんだ。話しにくくてかなわん」
「…ああ、それもそうだな」

声の主がゆっくりと言うと、じゃり、と床を踏みしめる音がする。
壁際に掛かった蝋燭の明かりが、その顔を照らし出した。

現れたのは、年が自分と同じか少し上か、というくらいの少女だった。
すっぽりと膝下の隠れた真っ白のローブを着込み、穏やかな笑みを湛えている。
その脇には、先程の小さな少女が彼女の背中に隠れるように控えていた。

「それで?具合の方はいかがかな」
「…良くはないな」

足の痛みと目の前に現れたの得体の知れない少女に顔をしかめ、白竜は唸るように答える。
遺跡の外からは、嵐が近付いてきたのだと訴えるように、ごうごうと風が泣いていた。