The best of friends must part.
薄暗い遺跡の中に缶詰にされて、丸一日が経過しているような気がした。
明確な時間の経過が分からないのは、体内時計がこの暗がりのせいで少し狂ってしまったからである。
不思議と空腹は感じなかった。
時おり、自身を巫女だと言ったあの少女が思い出したように篭に食べられる木の実を入れて白竜の元へやって来たが、それもほんの少し摘まんだ程度だ。
「妙なところだな、ここは…」
「人の住居を妙とは、失礼な話だな」
独り言のつもりが、思わぬ返事に白竜は思わず大きく肩を揺らす。
振り返ると、一体いつからそこにいたのか、冷たそうな石畳の上で名前があぐらを掻いていた。
「…失言だった。だが、盗み聞きも失礼なことではないのか?」
負けじと言い返すと、名前は肩を竦め鼻を天井へ反らす。
「そう言うな。私も聞きたくて聞いたわけではない。ただ、ここにいるから耳に入っただけさ」
幼い子供を諭すような声音に、白竜はむっと眉根を寄せた。
すると名前がふと真面目な顔になって、「すまんな、何せ話し相手があの子しかいないものだから」と答えたものだから、彼は少し目を丸くする。
「…? 俺は今、口に出していたか?」
「いいや?」
名前は事も無げに首を振った。
だが今しがた、彼女は確かに自分の心の中の声に答えたように思える。
白竜はふと、あの小さな少女の言葉を思い出した。
名前様は、人の心が視えるんです。感謝も、憎悪も、全部─
そこまで反復して、白竜は頭を振った。
きっとあれは比喩のようなものだったのだ。人の心が視える人間なんて。
「そこまで疑うのなら、お前が私たちに話していないことなんかを当てて見せようか?」
白竜は目を見開き、ゆっくりと名前を見た。
彼女は白いローブの下で、足を組み替えながらこちらを眺めている。
どこか品定めするような目に少し身動ぎしていると、 彼女はやがて小さく口を開いた。
「ふむ、ふむ。随分仲間が沢山いるようだな。だが…仲間と言うには少し、希薄か。好敵手と判断してるのが一人だけとは、逆に張り合いに欠けるんじゃないのか?」
「…お前は、プライバシーと言う言葉を知らないのか?」
ずばずばと言い当ててきた名前に思わず口を挟むと、彼女はいけしゃあしゃあと「カタカナには弱いもんで」と答える。
「…まぁ、寝食を共にする人間がいることは、良いことだ」
「お前だって、いるだろう。あの…巫女が」
名前がいまだわからないので、言葉尻がどうしても小さくなった。
彼女は小首を傾げ、薄く笑う。
「そう…そう、だな。でもそれも、あと少しで終わってしまうから」
「?」
にわかに落ち込んだ名前に、今度は白竜が首を傾げる番だった。
「終わる…?」
「うん」
名前はぼんやりとした様子で、蝋燭の炎を見つめる。
白竜は、初めて彼女の偽りない表情を見た気がして、思わずその横顔を見つめた。
「今まで、何人も少女が巫女としてここにやってきた。私が望んだわけではないけど、それでも…寂しさは紛れたから、嬉しかった」
ぴゅるる、とすきま風が笛のような音を立てる。
僅かにそよいだ前髪をそっと押さえ、名前は目を伏せた。
「でも、彼女たちは消えてしまう。新しい風がやってくると、いつも。それをずっと、繰り返してきた」
名前がふとこちらを振り向いたので、白竜はつい体を揺らす。
彼女は小さく笑って、困ったような、泣きたいような微笑みを浮かべた。
「…もうすぐ、新しい風がくる。そしたら、私もここで独りだ。─次の巫女も、来ない。喜ばしいことでもあるがな」
「……」
白竜は、口を開いて言い淀む。
しかし名前には意味をなさなかったようで、彼女は白竜の考えていたことをピタリと言い当てた。
「ちっとも喜ばしそうに見えない、って?」
「…ああ」
ここまで来ると、彼も名前の言い分を信じざるを得なくなってくる。
名前は少し眉を下げると、ローブの裾を払って立ち上がった。
「そうだな…独りは、とても寂しいからな。でも、巫女なんて本当は来ない方が良いんだ。だから、構わない」
ぽちゃん、と岩の隙間から流れてきた雨水が、石畳を濡らす。
「でも、出来れば…私も彼女たちを追いかけて、もう一度、外の明るい景色を見てみたいと思うよ」
独白のように呟いて名前はまたひとつ微笑んだが、白竜にはやはりそれが泣き顔に見えてしまってしょうがなかった。