足並みは揃わない



幼馴染みの男の子、と言う一文の説明は、シンプルかつ世の女の子からすれば中々に甘美な響きだろう。
勿論、幼馴染みは美少年。家はお隣同士、親同士の仲も良くて、小さい頃に結婚の約束なんてものもしちゃったりして。
まあ、少女漫画ならそこまでがテンプレート。

だけど悲しいかな、これは少女漫画ではなく私の現実で、その妄想と合致しているものなんてほとんど有りはしないのだ。

「あの、名字さんって、雪村くんと付き合ってるの?」

──この質問、今月入って何度目だっけ。
私は呆れた顔を表に出さないように、必死に表情筋を引き締めながら、目の前にいる女の子を見た。
あまりよく知らない子。隣のクラスの子だから、仕方ない。

「……ううん、違う。雪村とは、腐れ縁の幼馴染みだよ」
「本当?」

嘘を吐いてどうする。ああ本当、面倒臭いったらありゃしない。
ほんと、と頷いた私に、彼女はそっかぁと嬉しそうに、付き添いで来たのだろう友人と笑い合う。それはもう、心の底から幸せそうに。

「あっ、もう授業始まる。突然ごめんね、名字さん!」
「いいえー」

ハッと時計を見上げた二人は、ぱたぱたと忙しない足音を立てて私の教室をあとにする。
私は机に突っ伏して、重たい溜め息を吐き出した。

私こと名字 名前と雪村 豹牙は、所謂幼馴染みの間柄である。
小学校の頃のあいつは背も低くて喧嘩っ早くて自分勝手で、多分女子が嫌いな男子ベスト10に入っていたのではないだろうか。
しかし中学に入ってから成長期を迎えたあいつは急に背が伸びて(それでもまだ小柄な方ではあるが)、いつの間にか声変わりしていて、知らない間に女子にモテる男子ベスト10に入っていた。

だが、あいつを好きな女子の大半は知らない。
雪村 豹牙の自分勝手で喧嘩っ早い性格が、小学校の頃からほぼ変わっていないと言うことを。

「おい、名字!」

全校の女子生徒皆さん、騙されてますよ。そんなことを心の中で叫びながらぼんやりしていると、後頭部に聞きなれた声が掛かった。
ああ、おいでなすった、私の癌が。

雪村は違うクラスだと言うのにズカズカと教室に入ってくるなり、私の眼前に右手を突き出す。

「何、この手は」
「英和辞典貸せ。持ってくんの忘れた」

それなら人にものを頼む態度をもう少し改めろ。
って何年言っても直らないものだから、もうとっくに諦めている。私は今日に入って何度目か分からない溜め息を吐いて、鞄から英和辞典を取り出した。

「この間みたいに、変な落書きしないでよ」
「しねえよ、バカ!」

バカとは何だバカとは。雪村は先日貸して帰ってきた数学のノートに落書きされていたよく分からない何か(本人曰く豹だったらしい)を私が笑ったのをまだ根に持っているらしい。
今回はノートじゃなくて辞典だ。卑猥な単語にラインとか引かれないと良いんだけど。

「それ、四時間目に使うから、ちゃんとそれまでに返してよね」
「ああ、覚えてたらな」

おざなりに答え、雪村はろくに礼も言わずに教室を去っていく。
全く、中学に入ってから本当に可愛いげがなくなった。いつの間にか名前も名字呼びなんかになっちゃって、こうやって困ったら頼ってくるくせに、廊下ですれ違うとあからさまにシカトしちゃったり。
──本当、バカみたいだ。あいつも、それを寂しいと感じてしまっている私も。

あいつの見た目の良さに騙されている女子生徒たちも大概だが、中身を知っていて尚、小さい頃から変わらない想いを抱いている私はきっと男の趣味が悪いのだろう。

私こと名字 名前は、自分勝手で喧嘩っ早い、ついでに子供っぽいの三重苦な雪村 豹牙に──かれこれ八年ほど片想いをしていた。