地面を侵してく
どうにも、あの雪村に彼女が出来たらしい。
「はあ……」
「はあ、って。それだけ?」
何故か自慢げにその話を持ってきた友人は、私の反応が不満だったらしく唇を尖らせる。
それだけ、と言われても。
「だって何か、嘘くさ……」
「何おう!」
友達の言うことが信じられないのか、と彼女は腰に両手を据えて顔をしかめた。
この友人は、私が雪村を好きだと言うことを知らない。教えていないから。
白恋は比較的小さな学校だ。どんな噂もすぐに尾ひれ背ひれがついて広まるし、それに、あいつが誰かと付き合う──と言うより、サッカー以外のことに興味を持つとは到底思えない。
そもそも中学から急激にモテ始めた雪村は、今までそのサッカーを理由にそれを全部切ってきたのだ。それを今更覆すことなんて。
「(ない、よね。きっと)」
ほんの少し。本当にほんの少しだけ、心臓が嫌な音を立てる。
まだ豹牙くん、と呼んでいた頃からあいつを好きでいて、あいつはその頃からサッカーが一番好きで、私は自分がそれより上になれないことを早々に理解していたから、ずっとただの幼馴染みでいたのだ。
いっそ永遠に片想いでも良いって、あいつの隣に無条件でいられるこの立場でいられれば十分だって。
でも、もしその噂が本当だとしたら。
「おい、名字いるか」
ふいに聞き慣れた声が聞こえてきて、思わず肩を揺らしそうになった。
「……雪村。また、何か忘れたの?」
「消しゴム無くした。半分くれ」
相変わらず横暴だ。私はいつものように溜息を吐きながらペンケースに手を伸ばして、──やめた。
「彼女さん、に借りれば良いんじゃないの。いるんでしょ」
「あ?」
雪村は怪訝そうに眉を顰める。
きっと、何だその話、と言うに違いない、言ってほしいと、私は願ったのだけど。
「何だよ。もう広まってんのか、その話」
「……」
理解するのに、数秒掛かった。
雪村は不機嫌そうな顔で私を見下ろしている。いつものように、それだけが変わらないことが、残酷に思えた。
「──分かったなら、ほら、早く行きなよ。休み時間終わるよ」
「ちっ。分かったよ」
あからさまに舌打ちした雪村は、どかどかと足音荒く教室を去って行く。
ほら言った通りじゃない、と噛み付いてきた友人に、私は適当に相槌を返した。
「……どうせ、すぐに別れるよ。あいつが愛想尽かされてさ」
酷いことを言っている自覚はある。けれど、今の私にそれを気にする余裕はない。
あいつの隣に無条件でいられる、幼馴染みの温い立場。その足場から、私は転落した。もう、あいつの隣には違う人がいる。
果たして私は、今いつものように笑えているのだろうか。何も知らない友人の前では、ただそれだけが気掛かりだった。