小唄都々逸なんでもできて
お約束だけ出来ぬ人
名前自身は有名人だが、あいつと俺が清いお付き合いをしていることを知っている生徒は案外少なかったりする。
「悪いけど……その気持ちには応えられない。ごめんな」
「っいいえ!お時間取ってしまってすいませんでした……!」
ぼろ、と大粒の涙を零した後輩の女子が頭を下げて、勢いよく走り去って行く。
校舎の角にその姿が消えた途端、頑張ったね、泣かないで、と複数の慰めの言葉が聞こえてきたあたり、大方友達が影から盗み聞き、もとい見守っていたのだろう。
「はぁ……」
その声が遠離っていったのを見計らい、髪を掻き上げ大きく溜息を吐く。
告白されることにはそれなりに慣れている。これで今年に入って通算何度目だろうか。
彼女がいる、と断ればきっと数は減るだろう。
だが、そう答えればきっと女子たちの不満の矛先はその彼女、名前に向く。そして始まる嫌がらせ、からの名前の盛大な仕返し、と言う負の連鎖。
多少大袈裟かもしれないが、有り得ない話ではない。流石にそんな自体は避けたくて、とりあえず当たり障りのない理由でこれまで色んな女子からの告白を断ってきた。
「(と言うか、いい加減俺に好きな奴がいるとか検討付けるのが出始めても良いと思うんだが)」
どうも恋する乙女とやらは自分のことを考えるので頭がいっぱいらしい。
あいつは例外として。
「──ああ、やっぱりここだったか」
「……」
「…………おい、名前」
「あ、南沢くん。いたの」
いたのって。仮にも彼氏に対していたの、って。
若干気落ちしている俺を後目に、名前はどうしたの、と手元の本から目を離さないまま聞いてくる。
場所は図書室の奥、資料室だ。ここには主に辞書や図鑑が埃を被って並んでいて、図書館を半ば住処にしている名前の城でもある。
「そんなに熱心に何見てるんだ」
「気になる花があって。見た目がね、時計みたいで面白いなって」
よくよく見ると、名前の足元には星座の図鑑やら神話の本やらが置いてある。どこからどう派生して花を調べる気になったのかさっぱり分からない。
「時計みたいな……なぁ、それトケイソウじゃねーの」
「知ってるの?」
「ばあさんちの庭に咲いてる」
「へぇ、そうなんだ」
今度一緒に見に行くか、と誘おうと思ったが止めた。まだ親にもろくに紹介していないのにいきなりじいさんとばあさんに紹介なんて順序がおかしすぎる。
念のため言っておくが家に呼んだことは何度かある。ただ、何と言うか、親に名前を会わせるのがこう、まだ気恥ずかしい物があって毎回親が家を空けていないタイミングで招待してしまうのだ。
蛇足だが家に二人きりの状況でも俺たちの間に何か起こったことは今のところ一度もない。
自分のいざという時の意気地のなさに関して考え込んでいると、名前は読んでいた植物図鑑を閉じて元の場所に戻した。
「何だ、もう良いのか?」
「うん、名前が分かったから。南沢くんは案外物知りよね。だからモテるのかしら」
「…………」
さらりと放たれた言葉に、一瞬体が強張る。
声が若干上擦りそうになるのを堪えながら、俺は肩を竦めた。
「──そうだな、頭も良くてスポーツも出来る。優良物件だ」
ナルシストではない、事実だ。髪を掻き上げると、視界の端に収めた名前が無言で目の前にあった窓を指差す。
「…………あ」
目を眇め窓から下を覗き込むと、そこは先程まで俺が下級生に告白されていた現場が丸見えだった。成る程、一部始終はバッチリ見ていたと言うことか。
「南沢くんは後輩にもおもてになる優良物件と」
「…………何だ、嫉妬か?」
「いいえ?」
私は嫉妬なんてしないわ、と名前は何てことないように答える。こいつ、今一瞬も躊躇しなかったぞ。流石の俺でもそろそろ挫けそうだ。
ここはエスプリの効いた返しの1つもしてやろうと思考を巡らせていると、名前は真顔でこう言った。
「だって、誰に告白されたって南沢くんの好きな人が私であることに変わりはないでしょ」
何で俺よりも彼女の方がイケメンなんだろう。