歌は何う読む 心のいとを
声と言葉で 綾に織る



月山国光は稲妻町から電車で5時間ほどかけた地方にある学校だ。運動部は隣県にある姉妹校、戦国学園とは頻繁に練習試合や合同合宿を行い、互いに切磋琢磨している。
男女比は6対4、何でもその昔この学校は男子校だったが、入学生の減少を受け何年か前から女子生徒の入学を募り始めたものの、それから全体の生徒数は増えたが女子生徒そのものは4割に差し掛かったところでストップしてしまったそうだ。

まぁ、ここまで語ったが所詮は前振りでも何でもない部外者向けのただの豆知識だ。これから話すことになんの関係もない。
いや、やっぱり多少はあるかもしれない。

「南沢よ。今日の練習メニューはこのようになっているが、何か意見はないか」
「あ? ……ああ……いいんじゃね、それで」
「あいや待たれよ兵頭、この内容だと最後の模擬試合の時間が少なすぎるのではないか?」

俺を挟んで兵頭と長船の背がでかいコンビが会話を交わす。やめろ、そこで話し込むな。俺が小さく見えちまうだろうが。
近藤監督は基本的に練習の内容なんかは選手の自主性に任せている。例えばこの前雷門と戦った時みたく特別なことがない限り、うるさく口出ししてこない。
左右の頭上でああだこうだ話し合う二人を尻目に、俺は辺りへ視線を向けた。

月山国光サッカー部に、女子のマネージャーはいない。俺たちの世話をするのは専ら1年の補欠と男子マネージャーだ。
グラウンドの向こうを見れば、汚れてくすんだ道着を着た柔道部たちがランニングしているのが見え、校舎の方を見れば応援部の野太い声が屋上から聞こえてくる。

「(名前に会いてえな……)」

ぶっちゃけた話、むさ苦しいのだ。この学校は。
だからと言って女子がいればどうにかなると言う話でもない。浮気とかするつもりないし。
ただここまでむさ苦しさが極まると、会えない虚しさが余計に増長されると言うか。

「……む。南沢、今何か言わなかったか?」

と、一拍遅れて地獄耳の兵頭がこっちを見下ろしてくる。
何でもない、と頭を振ったところで納得するような奴じゃない。「そんなことはあるまい」と兵頭は眉間に皺を寄せた。

「俺は確かに聞いたぞ。誰某に会いたい、とお前が呟くのを」
「…………周りが男ばっかでむさ苦しいから久し振りに恋人に会いてえな、って言ったんだよ」

その途端、ざわっと辺りに動揺が広がる。
こ、こいびと、と壊れたおもちゃのようなぎこちない口調でおうむ返しした兵頭は少し耳を赤くしながら、ややあってゴホンと空咳をした。

「そ、そうか。南沢にはそのような相手がいるのだな」
「何だよ、そこまで驚くようなことか?」
「俺たちにはあまり縁のないものだからな……」

顔を見合わせた長船と金平が悲痛な表情を見合わせ溜め息を吐く。顔がいかついからただでさえ少ない女子生徒から避けられがちなのを気にしてるんだろう。

「だがしかし、一文字には好い女子がいるのを俺は知っている」
「な、何を言うか正宗! それを言うなら月島にだってだな──」
「おい一文字!!」

かと思えばあっちの方では一年生たちがやいのやいの。こんな環境でもやはり全くそう言った話がないわけではないようだ。

そんなこんなでサッカーとは何の関係のない話でしばらくミーティングの時間を無駄にして後からやってきた近藤監督にしこたま説教され、その日の部活動はいつになく厳しい練習をこなすことになった。




「ただいま」

疲れきって家に帰れば、リビングから肉じゃがの匂いが漂ってくる。キッチンの方からお袋の声が階段を上がる俺を追いかけた。

「おかえり。手紙が届いてたから、机の上に置いといたわよ」
「手紙……?」

少し考えて、ピンと来た。階段を上がる足がほんの少し早まる。
部屋に入ると、言われた通り机の上には白いシンプルな封筒がちょんと置かれている。捲れば目に入る、すらりとした美しい文字。
名字名前。名前を確認した俺は、素早くその封を切った。

──南沢くんへ。
お元気ですか。あなたが筆不精なことは知っていたけど、まさか2ヶ月も放置されるなんて思っていませんでした。まあ、メールが嫌いな私にも多少問題はあるのでしょうけど。

手紙はそんな皮肉と共に始まった。名前は携帯こそ持っているが、メールの類いがあまり好きではない。ので、何か約束をするときは大抵顔を合わせて、もしくは電話で、と言うのが暗黙のルールだ。
閑話休題。
手紙の内容自体は、風邪を引いていないか、そちらで変わったことはないか、こっちではこんなことやあんなことがあった──と淡々と語っていく取り留めのないものだった。

ただ、結びに。
最後の最後、何度か消しゴムを掛けたらしく少しよれた下の部分に、一文。

──会いたくても会えない、と言うのがこんなに歯痒いものだとは思いませんでした。
やっぱり、あなたが隣にいないのは寂しいです。次に会える日を、楽しみにしています。
追伸、たまにはあなたから手紙を頂戴ね。
名字名前より。

「……ああ、うん」

それまでベッドに腰掛けて手紙を読み耽っていた俺は、そのまま仰向けに倒れ込む。
じわ、と熱くなる頬は誤魔化しようもなく赤くなっていることだろう。2か月ぶりのこの破壊力。らしくないことは分かっているが、どうしてもときめくものがある。

とりあえず、明日は帰り道に文具屋に寄って便箋セットを買ってこよう。出来れば、あいつの好みそうなシンプルなものを。
お袋が「ご飯出来たわよ」と呼びに来るまで、俺は枕に顔を埋めていたのだった。