思えば不動明王と言う男は、思春期を共にした時代から掴み所の少ない男だったと思う。
ふらりと消えてはふらりと現れ、感情をにやり笑いの内側に隠したと思ったら分かりやすく激昂したりする。
とにもかくにも、私の思い出の中にぽつんと佇む不動は、そう言う少年だった。

「…あ」
「え?」

だからなのか、彼がこんな夜も更けたコンビニの酒類コーナーにいることに酷く違和感を感じる。
高校を卒業してから、5年振りの再会だった。

「……名字、だよな」
「う、うん……うわぁ、びっくりした」

私たちは顔を見合わせ、しげしげと成長したお互いの姿を見つめあう。
高校を卒業した頃には短かった不動の髪は、1つに括れるほど長くなっていた。

「何買ってんの、それ」
「お菓子……と、お茶」
「買いすぎじゃね」

不動は私の持っている買い物カゴからお菓子の箱をひとつ摘まみ上げ、苦笑いする。
現に今カゴの中には5つ以上のお菓子が放り込まれているので、否定は出来ない。だが仕事帰りに新商品を買うのが私のストレス発散のひとつなので、多目に見てほしいものだ。

「不動は?」
「ビール」

短く答えて、不動はビール半ダースを抱えてレジへ向かう。
私たちの5年越しの再会は、五分で終了となった。ちゃんちゃん。

(でもまあ、そんなもんだよね)

不動との会話の中に美化できるような思い出はほとんどないし、つるむことは多くても奥までは踏み入らない、そんな浅い友人関係だった。
ケータイ番号は最後まで交換しないまま薄いスマートフォンに変わって、メールアドレスを書いた手紙の交換なんて考えも浮かばなかった。
少し、勿体なかったかもしれないと卒業後しばらくしてから考えたのは秘密である。

「ありがとうございました、またご利用下さい」

こんな夜中、草臥れたスーツの女にもキラキラな営業スマイルをくれる彼女は店員の鏡だ。最早このコンビニの常連になっている私はレジへ会釈して、再び音の少ない夜道へ出た。

「おっせ」

─はあ。
唐突に掛けられた文句に、そんな情けない声が出る。と言うか、何でまだここにいるんだろう。
不動は寄り掛かっていた柵から体を起こすと、「家、どっち」と歩み寄りながら聞いてきた。

「え、と。一丁目の方─て言うか、何。送ってくれるの?」
「おう、つーか、泊めてほしい」
「はあ?」

大口を開けた私に、不動は溜め息を吐く。ああ、これは疲れているときの顔だ。案外思い出って言うのも簡単に引っ張り出せるものなんだな。

「今、事情があって中学生預かって指導してんだけどよ。そいつらがうるさくて。明日休みだし、丸一日お守りから解放されたいんだよ」
「指導って……サッカーの?」
「おー」

私は少し驚いていた。不動がサッカー部なことも、卒業後に留学したことも知っていたが、彼が懇切丁寧に子供にサッカーを教えるような人間だとは当時を思い出すと到底考え付かなかったのである。

「ああ、もしかして名字、彼氏いんのか」
「いや、いないけど…」
「じゃ、頼む」

頼む、と言いつつ不動は少し高い目線から私を見下ろしたまま、頭も下げない。
それが人に物を頼む態度か、と思いもしたが、それと同時にこれが不動と言う男だと思い直し、頭を振る。

「私も明日休みだし構わないけど、妙な気起こしたら叩き出すからね」
「しねーよ、んなこと」

にま、と笑って不動は私の隣に並んだ。
そのまま合図するでもなく、歩き出す。不動は着かず離れず私の隣を─車道側を歩いている。歩調を合わせているわけではないだろう。私の家を彼は知らないのだから。

「名字って今何してんの」
「んー…OL?」
「何で疑問系なんだよ」
「や、転職したいな〜って思ってて」

子供の頃は何となく憧れたオフィス・レディも、なってみると女の魔窟に揉まれる一介の戦士だ。
お局のご機嫌とり、上司のパワハラ・セクハラ、同僚同士のヨイショもしくは足の引っ張り合い。
まぁうちの会社がちょっと特殊な可能性もなくもないわけだが、数年前の就職活動中の自分に会えるとしたら声を大にして言いたい。やめるなら今のうちだ、と。

「次やるなら、もっと充実したと言うか…一人酒してても泣きたくならないような仕事が良いな。あ、家そこね」
「随分抽象的な理想だな」

私が住んでいるのは小さなアパートだ。家賃の割に広くて、それなりに気に入っている。
左右を背の高いマンションに囲まれているせいか日当たりはあまり良くないが、住めば都、そんな些細なことは半年で気にならなくなった。

「言っとくけど、豪勢なおもてなしとかは出来ないからね」
「わぁってるよ。オジャマシマース」

棒読みなんですけど。不動は家に上がった私の後ろをのそのそと着いてくる。
電気をつけると、いつもと代わり映えない部屋が私を出迎えた。

「お腹空いてるし軽くなんか作るけど、うどんで良いよね。はい決定」
「拒否権もねえのか」
「いらないなら良いよ」
「や、いる。いります」

うどんと言ってもスープがセットになった冷凍物だ。茹でるのに数分、お湯を沸かすのに数分。昨日作りおきしていたお浸しと、スーパーで買ったものの食べきれずに冷蔵庫にしまっていた磯辺揚げを取り出す。
不動は勝手にリモコンを探し当てて、テレビを見ながらビールをちびちび飲んでいた。まったく自由な男だ。

「はい、お待ち」
「ん、さんきゅ」

ずるる、とうどんを啜る音と、深夜バラエティの笑い声が合唱する。
麺が半分ほどなくなったところで、ふと不動が言った。

「名字さぁ、こうやって誰でも家に上げてるわけじゃねえよな」
「そんなわけないじゃん。何で?」
「ダチっつっても、久々に会った男を簡単に入れるとかねえだろ、普通」

不動の少し緑がかった目が私を捉える。
─ああ、そう言えば。

「まぁ、そうだよね。でも不動だし、良いかなって」

一時期、彼のことを少しだけ好きだった頃があった。友人としてじゃなくて、恋愛的な意味で。
ただ当時の不動は妙にモテていて、距離感の近い女友達は沢山いたから、育てようともしなかった想いだったけど。

「ふぅん。信用されてんな、俺は」
「そーよ。感謝しなさい」

冷蔵庫から先週買った酎ハイを出してプルタブを引く。かしゅ、と空気の抜ける音が耳に心地良い。

「俺的には、もう少し警戒して欲しいんだけどな?」
「……ん?」

ごっくん。アルコールと炭酸が喉を焼く。
ふわ、と首元が熱くなる。私はお酒にあまり強くないのだ。

「お前、高校の頃俺のこと好きだったろ」
「あ、うん」
「……そこは少しくらい恥じらえよ」
「いや昔のことだし……」

はぁ、と不動は2度目の溜め息を吐く。
カン、と置かれたビール缶は、多分もう空っぽになっている。それでも不動は変わらない顔色と視線で、じっと私を見つめた。

「名字さぁ、転職先、専業主婦とかどうよ」
「……はあ?」
「結婚を前提にお付き合いしませんか、ってこと」

………ああ、疲れがたまっていたせいかいつもよりアルコールが回るのが早かったらしい。何かあり得ない幻聴が聞こえる。

「えー…と…なんで」
「何でって、お前が好きだからだけど」

─今まで生きてきた中で何回か告白はされてきたけど、こんなロマンもムードもへったくれもない告白はあっただろうか。いや、ない。
不動はにこりと胡散臭さと子供っぽさと爽やかさが混じったような絶妙な笑みを浮かべた。

「お望みとあらば既成事実でも作って、」
「ていっ」
「うごぅっ」

テーブルの下、不動の股間目掛け足を突き出す。
嫌な感触の後、不動はその場に踞り呻き声を上げた。

「てめっ…使いもんにならなくなったらどうしてくれんだ…」
「その時はその時でちゃんと責任とってあげるから、安心しなさい」
「男前ですこと…」

じと、とした目でこちらを見上げ、「じゃあ返事はイエスだな」と確認を取ってくる不動も中々の根性をしていると思う。
私は中身のすっからかんになった酎ハイの缶を逆さにしながら、欠伸を噛み殺した。

「そーね…誰もいない部屋に帰る寂しさも結構堪能したし、不動相手だし、たまには流されるのも良いかもね…」
「流されるなんて人聞きの悪い、…おい名字?寝んのか?おい、この流れで?…」

不動の少し焦ったような声とテレビから流れる笑い声がやかましい。
ベッドの側面に寄り掛かったのを最後に、私の記憶はそこで途切れた。






次に目を開けると、外はすっかり明るくなっていた。

「……ん?あれ…?」

私、昨日ちゃんとベッドに入ったっけ。そもそもあれはどこからどこまでが現実だ?
テレビは消え、テーブルの上には空き缶どころかゴミひとつ転がっていない。

もしかして、昨日コンビニに行ったこと自体が夢だったのだろうか。

「……うん…夢だな」

大体、いくら酔っていたからと言ってあんなプロポーズ紛いのことを受け入れるなんて、いつもの私じゃあり得ない。
そりゃあ不動のことは好きだったし、今会えばさぞやイケメンになっているだろうけど、だからってこんな数年越しに夢に登場しなくたって良いじゃないか。恋する乙女か私は。今年24だぞ。そろそろ生意気なちびっこにおばさん呼ばわりされる頃だぞ。

(とりあえず、水飲も…)

何だか妙に喉が乾いている。
食洗機からコップを取りだし、冷蔵庫を開ける。
ビールが五本入っていた。

「………あれ?」

次にシンクを見てみると、水を張ったタライに丼と箸が二人分浸かっている。

「…マジか……」

振り返ると、視界に入るテーブル。改めて見てみると、チラシの裏に何か走り書きがしてあった。

『鍵は郵便受けに入れておく。お邪魔しました』

律儀か。どうやら昨日のことは夢でもなんでもなかったらしい。
不動は初めに言った通り、私に何もせず、結局子供のお守りとやらに戻ったのだ。
─となると。

「しばらく先の転職先は、専業主婦……」

ふと、狭くも広くもない部屋で、誰かを待つ自分を想像して無性にこそばくなる。─やっぱり次にあいつに会ったら、ちゃんと恋人期間を置いてほしいとお願いしよう。ひとまず、5年の空白を半分ほど埋められる程度に。
スプリングコートに入れっぱなしだったスマートフォンに、不動のメールアドレスと番号がいつの間にか登録されていることに気が付いたのは、それから数時間後のことだった。


愛されたい明日
20140426//休憩