※ほの暗い 恋愛要素なし
もうここに来てどのくらいが経ったんだっけ。
指折り数えようとしても、指がうまく動かないほど今の私は疲弊していた。
きっかけは正に唐突と言う単語が似合うだろう。
趣味で続けていたサッカークラブの帰り、突然黒づくめの人たちに囲まれてリムジンに引き込まれ、気付いたらここにいた。完全に誘拐だ。
目覚めて出会った牙山教官は初めこそ、私の力を引き出す手助けがしたいだの親御さんには既に話を着けてあるだの、見た目にそぐわないよく回る口で私を無理矢理言いくるめたが、今はもう見る影もなく他の黒づくめと一緒に小難しいデータを取り無茶苦茶なマシンで私を─私たちを特訓と称し痛め付けている。
化身使いになれば、この島から帰してやる。そんな甘い言葉でさえ、もう信じるのもバカらしい。
勿論中には化身を発現させた選手も何人かいたが、彼らはシードと呼ばれ結局奴らの駒として動くしかないのだ。
バカらしい、アホらしい、面倒くさい。いつのまにか、私の口癖はそんな否定的な醜いものばかりに埋め尽くされていた。
「……いって」
口を動かして、ちりちりとした痛みに唇を怪我していることに気付く。
多分顔にボールが直撃した時だな。鏡を見る気にもなれず、私は固いベッドに俯せたまま額を枕に押し付けた。
『名前』
ふいに自分の名前を呼ばれても驚く余裕がない。インターホンが鳴りやむ間もなく聞こえた声は、苛ついたようにもう一度私を呼ぶ。
『おい、いるんだろう名前』
「……何か用、白竜」
ああもう、面倒な時に面倒な奴が来た。
起き上がるのも億劫で、寝転がったまま答える。
扉越しの白竜が、これ見よがしに溜め息を吐くのが気配で分かった。
『お前さっき、医務室に行かないまま戻ったろう。出てこい、お前に治療を受けさせるよう頼まれた』
「牙山教官でしょ、どうせ」
白竜は選手にしてそれなりの地位に腰を下ろしていて、平である黒づくめたちより余程偉い立場にいる。
そんな白竜が素直に言うことを聞く人間は、牙山教官かマッドサイエンティストとの噂(逆らったら魔改造される、等)がある五条研究室長くらいだ。
『この際誰が頼んだかはどうでも良いだろう。俺も明日は早いんだ、手間を取らせるな』
「だったらそのまま帰りゃ良いよ、別に酷い怪我もしてないし」
扉から背を向ける。
別に嘘は言っていない。目立つ怪我なんてきっとこの唇くらいで、今の私の体を蝕むものなんてこの疲労感くらいなんだから。
「毎回そんなことを言って、次の日周りに迷惑を掛けているのは誰だ」
「はいはい私です、……ってちょっと待って何で入って来てんの!?」
急にクリアになった声に振り向くと、白竜はいつの間にか私の真後ろまで来ていた。
待て待て鍵はどうした、流石に過労で死にそうとは思ってたけど鍵を開けっぱにするほど私は不用心じゃない!
「名前が駄々をこねた時の為に、教官からスペアキーを預かってきた」
「……用意周到なことで」
白竜の手には白い救急箱が抱えられている。どうせ私が言うことを聞かないのを予想して準備してきたんだろう。
「む……確かに、いつもより怪我はないな」
「だから言ったのに」
横向けになった私の体をざっと見て、白竜は考え込むように目を細めた。
「だが打ち身はあるだろう、見せてみろ」
「見せるわけないでしょセクハラ」
ピシャリと言い返すと白竜の動きがピタッと止まる。…変なところで真面目と言うか、遠慮するところがあるのがこいつの扱いにくいところだろう。
「も、自分でするから道具だけ置いてってよ。明日も早いんでしょ」
「……名前」
起き上がった私から救急箱を奪われた白竜は、ふと重たい声で私を呼んだ。
「最近のお前はおかしいぞ」
「いつも変なやつに言われたくない」
「茶化すな」
ぐ、と白竜が私の肩を掴む。
痛いよ、離して、と声が出ないのは、決して疲れているだけのせいではなかった。
「昔の名前はもっと、前を見ていた。目標があったように見える。だが今は、…今のお前は、まるで死人だ」
痛ましい目で、私を見る白竜の声色はどこまでも真剣だった。いつも口を開けば剣城がどうの究極がどうの、とにかくサッカーのことばかりの白竜が私の心配をしているのはとても不自然なことに思える。
「死人、ね。そうかもしれないね」
事実、私はもうこの島から出ることをほとんど諦めてしまっている。
化身が万人に宿る力だと言っても、それを可視化出来るのはほんの一握り。努力すればするだけ力は着いても、これとそれとはほとんど畑が違うようなものだ。
化身は心の強さの形。なら私は多分、化身使いには絶対になれない。
ここにいるのなら、尚更。
「……バカらしい」
ふは、と下手くそな私の笑みに、白竜は眉根を寄せる。
「私はね、白竜。ここが嫌いだよ。フィフスセクターなんてどうでも良いし、勝ち負けすらどうでも良い」
「何……?」
フィフスセクターの考えに傾倒している白竜のことだ、私のこの台詞はさぞや許されないことだろう。
けれど彼は小さく反応を示しただけで、あとは黙りだった。
「私はただ、友達とバカみたいに騒ぎながら、楽しくサッカーやってたかっただけだよ。目標らしい目標なんて、それしかなかったのに」
それが、どうしてこうなったのかな。呟いて、草臥れたシーツを握りしめる。
涙はここに来てしばらくする内に、とうに枯れ果てていた。
「……悪いが、今の俺にはお前の欲しい答えはやれん」
「知ってるよ、ただ話したかっただけ」
俯いた頭上に、低い声が響く。
同情も怒りもない、淡々とした声だった。
「ただ、戦友のよしみでお前のさっきの反逆とも取れる発言は、教官たちには内密にしておいてやろう」
「それはどーも…」
それだけ言って、白竜は踵を返し私の部屋を後にする。
私は再び仰向けになって、青白い光に自分の手を透かした。傷だらけのくせ、戦いを知らないヒトの手を。
クラブで一緒だった友達は、今頃どうしているだろう。
だけど今更元に戻れたところで、昔のような真っ直ぐな気持ちでサッカーに向き合うなんて、私には到底無理な話に思えた。
わななく怪獣
20140308//にやり