今年こそ初日の出を見るんだ、って言ってなかったっけ。
こたつの中で寝こけている名前を窺いながら、どっと笑いの巻き起こるテレビの音量を少し下げる。

天板の上には空になった丼と、酎ハイの缶が数本。弱いくせにどんどん新しいのを開けて飲むものだから、ヒヤヒヤした。
年越し蕎麦は麺から名前の手作りだった。最近凝ってるの、と言うわりには、所々切れずに繋がったまま不格好に茹でられた麺が目立っていたけれど。
それでもこいつが粉にまみれながら必死に麺を打っているところを想像したら、どんな名店よりも美味しいものに思えるから不思議である。これも惚れた弱味のひとつだろう。惚気と言ったらそれまでだけど。

「…色々あったな、今年も」

かちり、壁に掛かった時計の長針がひとつ動く。
時刻は11時52分。別にこのまま俺も寝てしまって、日の出前に起きてしまえば目標は一応達成されるわけなんだが。

「…おーい、名前。こたつで寝たら風邪引くぞ」

起こそう、という意思はあるのだが、どうしてか小声になってしまう。
名前はもぞもぞと寝返りを打ったが、起きる気配はやはりない。

それにしても、幸せそうな寝顔だ。つい、悪戯心が芽生えて、酒のせいか熱のせいか、赤くなった頬をちょんとつつく。
名前は口をむぐむぐ動かして、何の夢を見ているのかへにゃりと笑った。子供みたいなやつである。

「…名前」

何だかんだ、同棲を始めて2年近く経っている。こいつの良いところもダメなところも、好きなものも嫌いなものもちゃんと分かってるし、俺の収入も安定してる。
だから、その、なぁ?

「……いちろうた?」

見計らったんじゃないか、というタイミングで名前はふと目を開けた。
眠気眼だった目はまばたきを数回、やっとしっかりと俺を映す。

「─名前。初日の出、見るんだろ」
「ん、見る。…一郎太、どうかしたの?」
「どうって?」

何か言いたそうにしてるから。
名前は上体を起こして、にじり寄ってくる。
まだ少し酒が残っているのか、気だるげな視線が少し、艶めかしくてドキリとした。
だめだ、あと少しで今年も終わって新年だと言うのに、このまま欲に従うと初日の出どころじゃなくなってしまう。
俺は自分の意思を誤魔化すようにこたつの下で足をつねりながら問い返した。

「…分かるか?やっぱり」
「うん。だって、付き合い長いもん」

へら、とした笑い顔はやはり子供のようでホッとする。
名前は隣までやってくると、肩に寝癖のついた頭をぐりぐり押さえつけた。
人が必死に自制している時に限って、こいつは!今すぐにでもを押し倒したい衝動を真顔で押さえる俺はよく頑張っていると誉められても良いんじゃないだろうか。

「ね、言ってよ。気になるじゃない」
「うーん…」

カチ、また音がするのと同時に、音を小さくしていたテレビから微かに歓声が聞こえる。
つい二人揃ってテレビを見て、あ、と声が上がった。

「年明けたね」
「ああ」
「明けましておめでとう、一郎太」
「明けましておめでとう、名前」

顔を見合わせ、笑う。小さなアパートに、二人分の笑い声が控えめに響くのがどうしようもなく幸せなことに思えて、やましい気持ちはあっと言う間に消し飛んでしまった。

「…なぁ、名前。お前、前にロマンチックなのが好きって言ってたな」
「ん?…うん、言ったような気がする」

確か月曜の夜にあるドラマを観てる時だっただろうか。主人公がムードもへったくれもないシーンでうっかり恋人にプロポーズしてしまって、それを観た名前は「私ならもっとロマンチックな状態で言ってほしいな」と呟いていたのを覚えている。

「じゃあ…初日の出、見てる時に言うよ」
「えー…」
「ロマンチック、が良いんだろ」

せっかくの新しい年なんだから、カッコつけさせてくれよ。そう言って頭を撫でると、名前は緩んだ頬で笑って、頷いた。

さて、期待を持たせたところで、どんな風に伝えるかちゃんと考えておこう。
左薬指の予約はもう済んでいる。なら、次は家族になろう、とでも伝えようか。けれど名前なら、どんな言葉で言おうが泣いて喜んでくれる気がする。

「どうしたの?一郎太。そんな百面相して」

朝靄の中で涙を流しながら微笑む彼女の姿は容易に想像がついて、愛しくて、俺は思わず首を傾げる名前を抱き締めた。


目醒める世界へ
20140101