流れ星と言うのを見たことがない。

理科の授業の後、何となく交わした雑談に混じった私のふとした言葉。
水、金、地、火、木、とそれまで指折り星の名前を覚えようとしていた彼は、びっくりしたように目を丸くして私を見ていた。

「えっ、ないの?マジで?」
「マジで」
「えーっ」

信じらんない、と狩屋は驚いたように、もしくはバカにしたように大袈裟に肩を竦めて見せる。

そうは言ってもこんな都会のど真ん中、排気ガスで汚れビルの明かりに照らされた空では、まず星自体きれいに見えることは稀有で、流れ星なんてもっての他。
確か狩屋だって生まれも育ちも町は違えど東京ではあったはずだ。なのに流れ星を見たことがあると言うのだろうか。

「…嘘?」
「嘘じゃねーし!ま、前に一度、家の人とキャンプに行った時見たんだよ。…一回だけ」
「一回だけ」
「そこだけ繰り返すな!」

顔を少し赤らめて声を上げた狩屋に、クラスメートたちが何事だと振り返る。
ハッと口を押さえてジト目になった狩屋は、一拍置き呼吸を整えると、私に人差し指を突き付けた。

「じゃあ、名字さんにも証拠見せてあげるよ」
「証拠…?」

首を傾げる私に、狩屋はにんまりと笑って。

「今日の8時、学校前のバス停まで来て!」




りぃんりぃん、と草の影で虫の鳴いている声がする。
私は今、稲妻町から離れた郊外の山に来ていた。

「何故…」
「言ったろ、名字さんにも流れ星見せてやるって」
「言ってない、言ってない」

証拠を見せてやる、とは言ったけど。どうやら狩屋の中で、ここに来た目的が微妙に擦り変わったようだった。

ちなみに、訳のわからないまま素直にバス停で待っていた私を狩屋と共にこの山に連れてきてくれたのは、彼の保護者だと言うヒロトさんと言う人である。
その人の赤髪にどうしても狩屋の面影を見出だせずに、兄弟ですか?と疑問を投げ掛けた私に、彼は一瞬目を丸くした後にっこり笑った。

「うん、そうだよ」

その答えを聞いた時の狩屋は、嬉しいような怒鳴りたいような、何だか複雑な顔をしていた。

そんな経緯もあって連れてこられたこの山道。
山、と言ってもコンクリートで舗装されている道だから、そこまで人里離れているわけではない。
ただ頭上に鬱蒼と生い茂る木がまばらに空を隠し、暗闇を増長させている様子がひたすら不穏だ。

「さて、と。ここだったかな?」

開けた窓から外を覗いて、何かの看板を見たヒロトさんが車を止める。
え、と思っている内に車のロックが外されて、狩屋は事も無げにシートベルトを外していた。

「道は分かるだろ?と言っても階段の手摺を辿れば良いだけだけど…」
「分かってる、大丈夫だよヒロトさん。…その、送ってくれてありがと」

さぁ行くよ、と狩屋は私の体を強引に外へ押し出して、やや乱雑に車の扉を閉める(寸前、「聞いてよ緑川、今日は狩屋が珍しく素直なんだ」とヒロトさんが誰かに電話するのが聞こえた)。
行くよ、と言われても。真っ暗闇にたたらを踏む私に、狩屋は明け透けな溜め息を吐いた。

「あれぇ、どしたの。もしかして暗いの怖かったり?」
「うん」
「…名字さんて正直と言うか、自分を取り繕うってことを知らないよね…」

今度こそ呆れたように溜め息を吐いて、狩屋はぼりぼりと頭を掻く。
ほう、ほう、とどこかで梟らしき鳥が鳴くのをひとしきり聞いた後、彼はそっぽを向いて右手を翻した。

「ほら」
「? はい」
「そうじゃなくて!」

差し出された右手を右手で握り返すと、怒ったように振りほどかれる。
そしてすぐに、こうだって!と左手を取られた。

「こ、こうしときゃ怖くないし、転んだりしないだろ!?」
「うーん…」
「何でそこで悩むの!?」

だって狩屋と手を繋いだところで不安が全消しになるわけじゃないし、仮に私が転んだとして狩屋がそれを支えきれるとは思わないし。
思ったままをそのまま伝えると、狩屋はパクパクと口を動かした後、「名字さんのバカ!」といきなり怒鳴り付けてきた。

「良いから、このままで行くんだよ!」
「ああ、うん…」

手を繋ぐことはやめないらしい。
私は念のため足元に気を付けながら、手摺を伝って階段を登っていく。

一段、二段と踏み締めて、三分は経っただろうか。
ずっと足元に注目していた私の頭上から、ふいに着いたよ、と言われて顔を上げる。
そして、ぽかんと自分の口が空いたのが分かった。

「…きれい」

真っ黒の紙に、白いビーズをぶちまけたような。頭上には、そんな景色が広がっていた。
長いこと東京に住んできたけど、郊外に出るだけでこんなに見えるものが違うなんて思わなかった。

ほう、と息を吐き出した私に、狩屋が満足げに笑う気配がする。

「ここなら、しばらく粘れば流れ星だって」
「あっ、流れ星!」
「えっ、どこどこ!?」

指を指しても時既になんとやら。
さっきと変わらない星空を見回した狩屋が、何だよ、と口を尖らせた。

「…何か願い事したの?」
「無理だった」
「じゃあ、もっかい流れたら?」
「金、金、か「もう良い」冗談だよ」

狩屋の方を振り向くと、ずっと上を向いていたせいか、首がごきゅりと鳴る。

「もっかい流れたら…そうだな、また来年、ここに来れますようにって」
「…本人に頼めば良いじゃん」
「そっか、じゃあ後でヒロトさんに」
「俺に!…言えば良いじゃんってこと!!」

目がまたたく。星がまたたく。
狩屋は明後日の星空を見上げていた。

「…道、迷ったりしない?」
「気にするところ違うんじゃないの」

顔をしかめて咳払い。狩屋は繋いだままの手の甲を確かめるみたいに親指で撫でる。

「迷わないよ。来年もぜってー、連れてきてやる」

次は二人で、と呟くように付け足した彼の頭上で、赤い星が輝いていた。


夜鷹の椅子
20130830