同じクラスの名字名前いう人間は、どうにもこうにも女子らしさのない奴だった。

足癖は悪いし一挙一動はがさつだし、口論になれば女子の口から出たとは思えないほどの罵倒の数々がいともたやすくポロポロと飛び出してくる。
ただ、それが逆に良かったのか否か、名字はクラスでも疎まれることのない、浜野に次ぐムードメーカーみたいな奴で。
そんなのと日々の休み時間を一緒に過ごすのも、何だか自然なことに思えた。

「倉間、倉間。ちょっと来てみ」

明くる日の昼休み。購買から戻ってきた俺を浜野が手招きする。
何かも分からずただそれに従うと、何故か俺の席に座った名字がどこか偉そうにふんぞり反っていた。その向かいには、前の席の速水が何かぐったりしながら右の手首を押さえている。

「…何だ、この状況」
「良いからホラ、座って座って!」

浜野は状況を説明することもせず、速水を押し退け俺をその席に座らせた。
目があった名字が、ニヤリと笑う。いつにも増して、女子らしさの欠片もない顔だ。

「腕相撲しよう、倉間!」
「はぁ?」

心の底から呆れると、「そんな反応すんな!」と名字は机を叩く(おい、俺の机)。
いまだ手首を押さえている速水が、名字を恨めしそうな目で見ながら言った。

「名字さん…冗談抜きで強いですよ。はぁ」
「何だよ、負けたのか速水」
「ちゅーか、俺も負けたしね!」
「あァ?」

仮にも運動部員二人が女子に負けるとは何事だ。ああ、だからこいつはこんなに得意満面だったんだな、はいはい。

「で、やるのやらないの?」
「仇とってくれよー、倉間ぁ」
「…ったく、分かったよ」

名字が伸ばしてきた手を掴む。悔しいが俺の手の大きさと大差ないそれは、躊躇なく俺の手にギュッと指を絡めてきた。

「オッケー?んじゃ、いくぞーっ」

「レディファイっ」気合いの抜けるような浜野の声と同時に、腕に力を込める。
こ、これは。

(き、きつい…!!)

何だこいつ何でこんなに強いんだよ。
名字は腰を少しだけ浮かして、肩ごと俺の腕を持っていこうとしていた。こいつ…心得てやがる!

「ふっ…ぐぐぐ」
「頑張れ倉間!」
「ふ、二人ともスゴいですね…」

ちょっと黙れお前ら気が散る。
気が付くと俺は真剣だった。
ここで負けたら男が廃る、もしこのことが先輩の耳に入ったら確実に情けないと怒られる!(特に車田先輩とかに)

やがて連戦だった名字の腕が、こちらに傾いてきた。
眉間に皺を寄せた名字が、小さく息を漏らす。
行ける!手にぐっと力を込めた、その瞬間だった。

「んッ…いたっ」

か細く、高い声が鼓膜を揺らす。俺は思わず顔を上げた。
名字の唇が、苦しげにパクパクと小さく動いている。

(─う、え)

多分、予想外のことに体が固まったのだと思う。
一瞬、力の緩んでしまった俺を、名字は見逃さなかった。

「っだあ!!」
「いでぇっ!?」

ずだん、と机に叩きつけられた手の甲の痛みに、思わず声が出た。
名字は方で息をしながら、ガッツポーズを掲げている。

「名字の勝ち〜っ」
「ちょっと待て!今のずるくねぇか!?」

つい立ち上がって抗議すると、速水たちは「何が?」と首をかしげる。
どうも、あの声は小さくて、二人には届いていなかったらしい。

「や、だってこいつ、痛いとか言いやがって…!」
「仕方ないじゃーん。倉間ったら爪くじかけるんだもん」

唇を尖らせた名字が、俺の掴んでいた方の手の甲を撫でる。
そこにうっすらと赤く残った爪の痕に、俺は何だか無性に恥ずかしくなって目をそらした。

(だって、あんな、女子みてーな声…)

ふと見ると、名字は三連勝がよほど嬉しかったのか、ニコニコと笑っている。

くるりと上を向いた睫毛と弧を描く唇は確かに女子のソレで、俺は内心色々な悔しさで一杯で、一つ舌打ちを溢した。


艶やかな輪郭
20120615