「は?」

私は、目の前にいる彼からの言葉に耳を疑った。

「だから、俺の彼女のフリして欲しいんだっての」

前髪を掻き上げ、南沢はさも面倒臭そうに繰り返す。
へぇ、彼女のフリ。

「あんたアタマ沸いた?」
「そんなわけねーだろ」

南沢は疲れたように溜息を吐いたが、正直溜息を吐きたいのはこっちだ。
何でそんな自分から針のむしろに飛び込むようなマネをしなくちゃならないのか、訳が分からない。

「お前以外、頼める奴がいねーんだよ」
「……」

妙に演技掛かった口調で言って、南沢はズイと私に一歩近づく。
このやろう大声上げて変態のレッテル張り付けてやろうかと言ってしまおうかと思ったが、昼休みの体育館裏にはめったに人がこないからあまり意味がない。

「そんなに女の子を振る口実を増やしたいの?」
「いつもの文句も使えなくなっちまったからな」

南沢が女子を振るときの文句は、いつも「今はサッカーに集中したいから」だ。
だけど彼はつい先日何故かサッカー部を自主退部し、帰宅部の身。本人が言う通り、その文句も使えなくなってしまったのである。

「…仕方ないなぁ、やってあげるよ。─とか言うと思ってるの?」

一瞬肩を降ろした南沢が顔をしかめた。
私はその無駄に端正な顔立ちを思いきり睨みつける。

「あんた、これサイテーなことだからね。私に対しても、相手に対しても」

南沢は容姿のせいで競争率が高いから、もしも私が彼女(仮)なんかになったら、集団リンチに遭うのは必至だ。
その上、もしそれが無いにしろ、偽物の彼女を理由に振られる女の子たちに申し訳が立たない。

彼女たちの気持ちはおしなべて本気なのに、それを蔑ろにする手伝いをするなんて、私はイヤだ。

「ふぅん…成る程な」

顎に手を添えて、南沢は考え込むポーズを取った。
ああ神様、何でこんな酷い男をこんなイケメンに作り上げたんですか。

内心天に手を合わせていると、彼は唐突に私と目を合わせる。

「じゃあ言い方変えるわ」

そんなことを言って、南沢は手慣れた手つきで私の腕を引いた。
吸い寄せられるように傾いた私の体を支えて、彼が耳元で囁く。

「俺と付き合えよ、名前」

閃く視界の中で、唇に柔らかいものが触れた。
カッと体が熱くなって、私は迷うことなく利き手を思いきり振り上げる。

「ざけんな、エロ沢!!」

激しい音と掌の痺れ、それから罵倒を残し、私は転がるように逃げ出した。
最低だ、女の敵だ!!

心の中で罵倒を繰り返しても悔しいことに体の熱は引かなくて、私はただ体育館裏から飛び出していく。
だから私は、南沢が頬に紅葉をつけてニンマリと笑っていたことも、次の日から何故か彼が私に執拗に迫ってくるようになることも、知らなかったのである。


回りくどい愛の捕らえ方
20120418