「何スか、その量」

大きな紙袋を二つ、両手に引っ提げてサロンを訪れると、真っ先に倉間が引いた顔をする。
羨ましいか?と鼻で笑ってやれば、「糖尿病になっちまえ」と呟いたので、もっとその背が縮むように頭を押さえつけてやった。

「ちゅーか、その量だとホントに糖尿病になっちまいそうッスよねー」

ベンチに座って足をぶらりぶらりとさせながら、屈託なく笑うのは浜野である。
俺は一言アホ、と向けて、携帯を取り出した。

「これを処理すんのは俺じゃねーよ。…ああ、もしもし」
「は?」




「あんたも毎年毎年、ご苦労なもんね」

そう、玄関先で大きな溜息を吐き出したのは、クラスメートで帰宅部、幼なじみの名前だった。
名前は俺から紙袋を受け取って中身を確認すると、小さく肩を竦める。

「まぁ、私も損はしないから良いんだけど」

毎年バレンタインになると、受け取った山のようなチョコレートをこいつに処理を任せるのは恒例行事みたいなモンだった。
女は大概甘いものが好きってのは知ってるが、こいつも例に漏れず。
俺としては、チョコレートの食い過ぎで胸焼けしなくて済むので助かってはいるが。

「とりあえず、中、入れろよ。さみい」
「はいはい、ったく仕方ないんだから…」

おざなりに出されたスリッパに足を突っ込んで、前を行く名前について行く。
リビングについて適当にソファに体を沈めると、少しした後に目の前のテーブルへ渋そうな緑茶が出された。

「緑茶って、お前」
「文句言わないの」

曲がりにも天下のバレンタインに、しかもこれから洋菓子を食べるって時に、緑茶って。
俺の文句は右の耳から左の耳へ流れて行ったようで、名前は戸棚から料理器具を取り出して、紙袋から出したチョコレートの物色を始める。

「あっちゃんもさぁ、一つくらい食べてやろうとは思わないわけ?」
「それはもう一昨年で懲りたんだよ。それに、量が多い方がお前だって良いんだろ」

一昨年に貰って一つ食べてみたチョコレートは、体に毒なんじゃないかと思うほど甘ったるかった。
手作りのチョコは大体ひどく甘ったるいということを、俺は身をもって学習したのだ。

だからいつも、こうして名前の家に押し掛けて、溶かせる物は溶かして一個のケーキにしてもらう。
そしてそれを二人で食べながらテレビを見るのも、恒例行事。

「それに俺は、本命のしか食わねえって決めてんの」
「はぁ、嘘ばっか。毎年私のケーキ食べてるくせに」

ガッシャガッシャとチョコレートを湯煎で溶かしながら、名前はカラカラと笑った。

カチリとテレビをつけると、当たり前というか何というか、バレンタインを取り上げた番組ばかりが放送されている。
明らかに女々しい雰囲気の男のリポーターが、チョコレートをもらえましたかと町中の男に聞いて回っている映像が垂れ流しになっていて、それが何故だか女々しくて笑いも起こらない。

(…だから、食うんだよ)

もしも本音を漏らしたら、こいつはいったいどんな顔をするだろうか。
だけどそんなことは口が裂けても言えやしない。だてにこちとら、幼稚園時代から片思いしていないのだ。

湯気の沸き立つ湯飲みを持ち上げると、薄緑の水面に自分の顔が写る。
吐きたくなる溜息を抑えながら渋い緑茶を啜る俺も、大概女々しかった。


甘くて苦い
20120214