雨というものが嫌いだ。
足下がビッチャビチャになるし、歩きづらいし、時々車が上げた水しぶきに巻き込まれるし。それになによりも。
「リア充爆発しろ…!!」
一つの傘に体を寄せて仲良く玄関から出て行くカップルの後ろ姿に向かって、地を這うような声色で呟いても、雨音に邪魔されてあの二人には聞こえまい。
「何を言ってるんだお前は」
「ほっといて、私は今あの二人に怨念を送ってるの」
途中、彼氏が溝にはまったりとかすればいいのに。舌打ち混じりにぼやくと、いつの間にか斜め後ろに立っていた豪炎寺が溜息を吐く気配がした。
「全く…そんなんじゃ、彼氏なんて出来るものも出来ないぞ」
「良いんですー。私はまだ友達と遊んでる方が楽しいんだから!」
なんて、実はちょっと嘘。ホントは一応興味はある。ほんの少しだけど。
でもまぁ、確かに豪炎寺の言うとおり、仲睦まじいカップルに怨念を送ってるようじゃ自分がリア充の仲間入りを果たせる訳ないなんて分かってるけど。分かってるけど!
「ちくしょう、豪炎寺なんて濡れてしまえ。びちょんびちょんになってしまえ」
「生憎だが、俺も傘は常備してるんでな」
どや顔で豪炎寺は自分の鞄から折り畳み傘を取り出す。黒に無地のカバー、白い持ち手。
「随分地味な傘持ってんね」
「別に良いだろ、地味でも。濡れなければ」
「はいはいそーですね、」
言いかけて、傘立ての上を私の手がさまよう。
あれ、あれ…あれ?
「…名字?」
「……傘がない」
は?と、豪炎寺が怪訝そうな声を上げた。
その間にも、私は横長い傘立ての前を往復しながら、自分の傘の柄を探す。
ない、ない、ない!
「ないって…見落としてるだけじゃないのか?どんな傘だったんだ」
「…今朝買ったビニ傘」
「……」
それは盗られるだろうな、と。ほんのちょっぴり同情の籠もった豪炎寺の声。
ビニール傘というのは盗られやすい。前にお母さんが同じ目にあって、ピリピリしながらそんなことを言っていたけど。
ホントその通りだった。
「豪炎寺、その傘を私に献上してくれ」
「…そんな上から目線で言われると貸したくもなくなるな」
こ、この非情男!ちょっとふざけただけなのに!思わず後ろから肩を掴みにかかると、豪炎寺は「恨むなら盗った奴を恨め」と、折り畳み傘からカバーを外す。
真っ黒なカバーから姿を現したのは、何とも可愛らしい、ピンクの花柄の傘だった。
「………」
「………」
「……妹のと間違えた」
何をどう間違えたらそうなるんだ。私が思わず呟いたのは仕方のないことだろう。
「持ち手の色が同じだし、…用意したとき、急いでたから」
「…ご愁傷様」
ざばあああああ。雨音はいっそう激しくなっている。
しばらく何ともいえない微妙な沈黙が降りて、やがて豪炎寺は言った。
「…名字、一緒に入ってくれないか。流石にこれをひとりで差して歩く勇気はない」
「そうだね、私もあんたがそんな可愛い傘を差して帰る様は見たくないよ」
それに何より、豪炎寺のファンが泣く。
こうして私の初めての相合い傘は、色々と複雑な思い出の残るものになってしまった。
鈍色相合い傘
110601