セントラルパークの脇にあるビーチは、夜になると閑散としている。
それだけ言うと、とても寂しい場所になってしまったような気がするが、実はそうではないことを俺は知っているのだ。
「あれ、また来たの」
基山くん、と。彼女は鈴を転がすような声で俺の名前を呼ぶ。
数日前、夜中にこっそり散歩に出た時のことだ。月の光が柔らかく降り注ぐ海の際を、踊るような足取りで歩く彼女と出会った。
名前は名字名前さん。家族と一緒に、FFIの観戦にこの島に来たらしい。
名字さんの足下は相変わらず海に浸かったままだ。両手にぶらりと持たれた可愛らしいサンダルに、小さく笑みが零れる。
「名字さんこそ、また来てるじゃないか」
「だって昼間は、人がいっぱいでゆっくり出来ないもん」
口を尖らせながら、彼女はゆっくりと海から上がる。
足に砂がまとわりつくのもお構いなしというように、名字さんは砂浜を踏みしめ俺の方へ駆け寄ってきた。
「それで、基山くん。今日も天体観測?」
「うん、そうだよ」
天体観測と言っても望遠鏡も何も持ってきてないから、ただ砂浜から星空を見上げるだけなのだけれど。
言いながら二人並んで、ゆっくりと砂浜に腰を降ろす。
不思議な感覚がする。彼女とあったのはほんの数日前だって言うのに、俺たちの間には気まずさだとかわだかまりだとか、そんなものは存在しない。
それもこれも、彼女の持つ特別な雰囲気のおかげなんだろうけど。
「今日は満月だね。あの模様、何に見える?」
「今日は…蟹かな」
「蟹かー。さっき岩場にいたよ、小さいの」
空を見上げながら、訥々と他愛ない話をする。
だけどそれも、この島にいる間だけ。そう考えると、どうしても寂しい気分になってしまう。
これは、恋なんだろうか。
「そういえば、イナズマジャパン快調だよね。おめでとう」
「ありがとう。名字さん、練習とか見に来たりしないの?」
他の観光客は、俺たちの邪魔にならない程度に遠目から見学していることがあるけど。彼女がそれに混じっているところを見たことは、一度もない。
言うと彼女は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「一回だけ行こうとしたことはあるけどね。周りの女の子たちがうるさいんだ」
「そうなの?」
「キャア格好いい〜!ってさ、黄色い声で叫ぶの」
その声色を真似ながら、名字さんは眉間に皺を寄せる。曰く、あの声を聞くと頭が痛くなるのだとか。
「私は、試合中のあの熱気とか、息を呑むようなって言うのかな、あの雰囲気があるから、サッカーが好きなの。選手の見た目が好きなんじゃないの」
「…選手からすると、この上なく高尚なファンだよ、名字さんは」
俺の言葉に名字さんは嬉しそうに口角を上げた。だけど反対に、一個人では興味がないと言われた感じがして、俺の心は少し曇る。勿論彼女がそんなことを考えてるとは思わないけど。
「ああ、でもね」ふと彼女は思いついたように、にっこり笑って付け加えた。
「基山くんは、私の中でもちゃんと格好いい人に入ってるから。外見も中身も、ね」
「…あ、ありがとう」
クスクス笑う彼女に、心臓が高鳴る。
ああ、うん。これは恋だ。
とりなくうた
110519