雷門中学美術部は、暇人の最終地点と呼ばれていた。
入りたい部活が見つからず妥協案として入部する生徒、怪我をして満足にスポーツができなくなり仕方なく途中入部した生徒などなど。

初めっから真剣に絵を描きたいと思って入部した人間に取っては、まったくもって迷惑な話である。

「だああっもう!」

大きなキャンバスに叩きつけるようにのせた絵の具が、勢い余ってピッと私の頬に飛んだ。
何が暇人の最終地点だ、こちとら確かに暇人ではあるけど真剣に絵が描きたくてここにいるっつーの!
「今の部活、キツくてやめちゃった。でもうちの学校絶対に部活に入ってなきゃいけないし、しょうがないから美術部でも入ろうかな?」と、さっきクラスの派手な女の子が友人にこぼしていた。

ふざけるなよ、そんなこというなら先生に申請して帰宅部でも立ち上げろっての!
なんて言えれば良かったが、彼女の攻撃的にも見えるラメラメキラキラに光る伸びた爪と、中学生らしからぬ化粧を施したキラキラというよりギラギラな派手な顔立ちを見ると、私は何も言えずただ自分のホームグラウンドである美術室に走るしかなかった。
イーゼルにこの前水張りしたばかりのキャンバスを置いて、私は自分の持っている一番大きな刷毛を使って、イライラと一緒にキャンバスに色をぶちまけた。
普段短気だ何だと言われている私だが、絵を描いているときだけは、安らかになれる。

まぁ、今の状態は全然安らかには見えないだろうけど。

「名字、怖いんだけど…」
「……何だ、半端か」

知らない間に扉の隙間から私を伺っていた半田が、「誰が半端だ!」と叫びながら美術室に入ってくる。

「で、何か用なの?半田少年」
「三時間目、美術だったろ?」

その時にシャープペン忘れた。
言いながら半田は、授業中自分が座っていたらしい席の辺りをごそごそと漁り、目的のものをポケットに突っ込むと、そのままひょいと手近な椅子に腰を下ろす。

「何してんのさ」
「染岡もマックスも、今日他に用事があるんだってさ。暇だから、ここでお前の絵が出来上がっていく様を見届けようと思って」
「何か上から目線みたいでムカつく、半田のくせに」
「お前の方がよっぽど腹立たしいこと言ってるからな」

半田は眉を苛立ち気味にヒクヒクと動かしたが、その席からは動こうとはしなかった。

まぁ、別に描いているところを見られると集中できない、なんてデリケートなわけでもないし。半田を意識からほっぽりだして、私はキャンバスに向かい再び刷毛をふるう。

「てか、それ何描いてんだ?」
「さぁ」
「はぁ?」

イライラぶつけてたら、こんな風になってた。

そう言う私の前のキャンバスは、桃色やら空色やら黄緑やら、苛ついてたのとは真逆に淡くきれいな色ばかりで満たされて、その色は混ざり合い混沌とすることなく、それぞれが主張をしていた。
やっつけ仕事にしては、良い出来じゃない?
私はちょっと満足すると、一歩キャンバスから離れる。
うん、なかなか良いじゃないか。

「自画自賛ってやつか、それ」

笑う半田に絵の具の付きっぱなしだった刷毛を無言で突きつけると、「すいませんでした」と瞬時に謝ってきた。
今日は湿度も天気も丁度良いし、放課後になるころには乾いているだろう。

「私さぁ、中途半端な色が好きなのよ」
「?」

私の中途半端という発言に反応したのか、半田が少し顔をしかめる。
「そういう意味じゃないっての」一言断りを入れながら、続けた。

「半端っていうか、淡い色?空の色とか、桜の色とか」

そういうのに、惹かれる。
ぼんやりとして言った言葉に、半田は何故か呆然としていた。

「何、その顔」
「えっ、ああ、いや…」

何か意外だったから。

そうだろうね、私のイメージカラーは闘牛の向かってくる赤だって前友達も言ってたし。

私の切り返しに、半田は一瞬面食らったような顔をする。「確かに」おい、神妙に頷くな。

「だからさぁ、今日はイライラぶつけるために描いてたわけだけど。気に入ったの描けたし、今日の空は好きな色だし。話し相手もいたし」

案外、良い日だったかもね。

笑いかけると、半田は「ふぅん」と言いつつ、ちょっとだけ頬を染める。
熟した桃みたいな色だった。

「あ、その色も結構好きだな」
「う、うるさいっ」


空の絵の具で塗りつぶした
タイトル/夜来