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野球部は夏大会前の合宿に入ったようだ。 合宿と言っても、学校が休みなわけではないから、授業もきちんと出席している。夏大前の合宿は一軍レギュラーをとことん鍛える合宿とのことなので、一軍である御幸をちらりと見たが意識がどこか遠くに飛んでいる。二軍の倉持と渡辺くんはというと、一軍のスパルタ練習に付き合わなければいけないようで、練習する側ではないにしろなかなか体力を削ることをしているのか、目を開けながら寝ていた。 やっぱり、スポーツ推薦があるような部活って大変なんだなぁ。 : : : 「鈴森ー!」 「ん、なにー?」 昼休み。クラスの友達と机を囲んでお弁当を食べ終わり、まだたっぷりとある残りの時間を楽しく話をしていたところだった。教室の外から御幸に呼ばれた。こっちに来いと手招きをしていて、一緒にお昼を食べていた友達は少しきゃっきゃとしていた。「かよこって本当に御幸くんと仲良いよね」「いつかも二人でお昼食べてたし!」と小さい声で盛り上がっている。「残念ながら期待しているようなこと一切ないから!」と釘を刺し、席を立ち上がった。 廊下に出ると「こっち」と言われ、御幸の後ろについて行った。着いたところは特別教室などがある、人気のない廊下。 「なに?」 「お前、倉持となんかあったのか?」 「あははっ」 「笑って誤魔化すな」 バシッと頭に一発チョップを入れられた。最近は御幸にも暴力を振られるようになってきた。類は友を呼ぶというやつだろうか。倉持が私にする扱いに似てきた。 悪い見本を見習ってはいけない、御幸よ。 「最近あいつ鈴森の話すると機嫌悪くなるんだけど」 先日のことがあってから、倉持とはなんだかギクシャクしてしまっている。私が意識し過ぎているだけかもしれないけど、休み時間の何気ない話も、プロ野球の試合の話も、部活であったことの話も、あれから全部なくなった。ぽっかりと空いた日常。寂しくないと言えば嘘だ。気にしないようにしていたけど、いまだって左胸のあたりがもやもやとする。 だけど、なんでか素直になれなくて。 「倉持先生の進路指導を受けただけっすよ」 「なんだそれ」 そうやって笑って誤魔化した。あはは、と笑うけど、だんだん笑い声がわざとらしくなってきて、気づいたら俯いていた。最初から顔は笑ってなんかなかった。 御幸は大きな溜め息をついて、私の頭をがしがしと撫でた。こういうところ見られたらまた周りに勘違いされちゃうよ、と思ってもそう反論する気が起きないほど、心の中がぐちゃぐちゃになっている。でも一人じゃきっと解決できないし、自分から相談することもできないだろうから。御幸が気付いて気にしてくれてる今、相談していいのかな。 「…私」 「うん」 「なんていうか…こう…友達と気まずくなる経験なくて…。仕事ばっかであんまり友達いなかったっていうのもあるけど…」 いままで一緒にお昼食べるような友達とか、遠足とかで一緒に行動する友達はいた。でもそれは気を遣った関係だった気がする。相手の機嫌を損ねないような、程よく踏み入れて、程よく一歩距離を置くような。変に遠慮をしてしまっていた。きっといまもその気はあるけど、倉持とか御幸はなんだかそれとは違う。早々と私の性格を見抜いていたからなのだろうか。 悩む私に対して、御幸は「何が原因で気まずくなったんだ?」と訊いてきた。 「んと、なんのためにコンディショニングの知識と技術つけてるんだって言われた」 「まあ、それは俺も思うことだけどよ…」 「できることあるのになんでやろうとしないのかってことで怒られた…ような気がする」 贅沢なやつって言われた、と言うと御幸は一瞬きょとんと表情が固まり、次には大きな声で笑い始めた。そして「たしかにお前は贅沢なやつだ」と頷きながら笑い続けていた。こっちは真剣に悩んでるのに、一方の御幸は面白がっているようにしか見えない。笑い過ぎて腹痛えなんて言ってるし。やはりこの人は性格が悪い。 「鈴森が思ってるより、鈴森のやれることってすごいことなんだぜ」 「え?」 「鈴森も必死に努力して身につけたってことを否定する気はねぇよ。でも、鈴森が何気なくやって熟すことを頑張って身に付けようとしてるやつもいるってこと」 「誰でもやればできることだよ…」 「だけどよ、鈴森の場合、親父の存在自体が他のやつらにはなくて、ジムで学びながら手伝いできるってことも恵まれた環境だろ?それをお前は変に謙遜し過ぎ」 御幸の言うことになにも言えなかった。だって的を得ているから。私が当たり前と思っていた環境は、他の人からしたら羨ましくて堪らないものなのかもしれない。もし本気でコンディショニングトレーナーを目指している人がいたら。私のポジションが欲しくてしょうがないだろう。テレビ番組の特集でお金持ちの人が取り上げられて、"羨ましい""ああなりたい"と思って憧れても、そのお金持ちの人にとってはなんで憧れられているのか、羨ましがられているのか理解できないんだろう。だって、その人にとっては当たり前だから。 「それに倉持の性格からして、野球部のこと興味あんのに乗り込んで来ないのがもどかしいんじゃねえの」 ニシシと笑う御幸だけど、その意見ももっともだ。倉持の性格上、はっきりしないうじうじした感情は苛立ちの元だろう。それに今回は夏大のレギュラーのこともあって、更にイライラしたんだろう。いつも茶化すようにマネージャー勧誘をしていたけど、もしかしたら発破をかけていたのかもしれない。まあ、倉持バカだからそこまで考えてない可能性のほうが高そうだけど。 「…うん、マネージャーのこと、ちゃんと考えてみようかな」 「そうしてもらえるとこちらも有り難い!」 「ありがと、御幸」 「どういたしまして。早く仲直りしろよ」 |