08


「なあ、鈴森ってトレーニングメニューとか組めたりすんのか?」

「え…なに急に…」


先日、応急処置の手伝いをしてからマネージャー勧誘が少し落ち着いてきた気がする。でも倉持は事あれば野球のサポート側の知識や技術はどれくらいのものかと訊いてくるようになった。
マネージャー業としてできるのは応急処置くらい。でも部活のマネージャー経験はまったくないから、それ以外の仕事はからっきし駄目だと思う。道具の準備とかそういうことの気は回らないだろう。もちろんコーチングなんてできない。
野球のプレーヤーとしての経験もあるわけないので、あのプロ野球選手のようなプレイスタイルをイメージしてと言えても、具体的にピッチングやバッティングのアドバイスができるほどではない。できるとしたらそのイメージに近づける基礎体力作りなどのトレーニングメニューくらい。でもきっとそれは監督が指導する分野だから。
じゃあ、私はなにができるのだろう?


「できんのか?」

「基礎体力作りだったらジムの手伝いでしてるから出来るけど…」

「メディカルチェックは?」

「一応出来る…」

「リハビリトレーニングは?」

「資格持ってるわけじゃないから下手にサポートは出来ないけど知識としてはあるかな…」


質問攻めの末、倉持はじっと私を睨みつけた。「え、なに」と戸惑う私は無視で、ただ睨みつけられた。やさぐれてた時期の名残りだろうか。なかなかの眼力だ。
10秒ほど睨みつけられた後、倉持は大きな溜め息をついた。


「そこまで知識と技術つけときながら活かさないでどうすんだよ」

「倉持先生の進路指導っすか」

「茶化すなボケ」

「いたっ」


バシッと頭にチョップを一発かまされた。痛烈な一撃で、叩かれた部分はじんじんと熱い。本当に倉持は容赦がない。酷い。鬼。
そんな倉持は"どうしようもないやつ"と言わんばかりの表情を私に向けてくる。呆れているようにも見える。


「実際に役に立ちたいから覚えたんじゃねぇのか?」


なんで覚えはじめたのか。それはきっと父親が勝手に叩き込んだからだ。
芸能活動は日常の如く当たり前のこととしてやっていたが、きっとトレーナーとしての知識と技術を身につけることも当たり前のこととして学んだのだと思う。そういう当たり前の植え付けを知らず知らず両親それぞれからされていたのだ。いまの言い方だと良く思っていないような聞こえだけど、当たり前になっていたことを良いも悪いも判断できないのが本心だ。


「贅沢なやつだなー」


黙っている私に対して、トーンが少し下がった声でそう言われた。さっきまでの会話はいつものわざとらしいマネージャー勧誘のおふざけかと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。気付いたら真面目な表情をした倉持に圧感され、顔が強張った気がする。


「知識や技術あるって言っても努力してそうなったってのは理解できるぜ。だけど同じように、それ以上に努力しても足元に及ばないやつだっているんだよ」

「えっと…」

「同じような練習して、自主練だってしてんのになんで差がつくんだ…」


独り言のように小さく呟かれた倉持の本音が聞こえた。騒ついているうるさい教室なのに、その言葉は耳に入ってきた。どういうつもりでそう言ってきたのかはすぐに察しがついた。
きっと夏大のレギュラーが決まったのだろう。


「……そろそろ夏大前の合宿に入るんだけどよ、二軍のやつは一軍の練習に付き合わなきゃいけねぇんだ。早く一軍に上がりてぇのに」

「時間取られるのが嫌なの?」

「嫌じゃねぇよ。ただ、ここで一軍のやつと差がつきそうなのが悔しいんだよ。だから追いつくために自分で努力しなきゃいけねえ」


倉持はぎりっと歯を噛み締めて、視線をずらした。つられて私もそちらのほうを見れば、一人じっとスコアブックを見ている御幸がいた。彼は一軍にいる。倉持と同じくスカウトされて青道に来た。でも御幸だけ、一年生ながら認められて一軍になった。きっとお互い小さい頃から野球をやってきてここまで成長したんだろうけど、一見同じにだと思える過程もふとしたときに大きな差を産んでいる。
悔しくて仕方ないんだ。


「はあ…これ完全に八つ当たりじゃねぇか…。悪い、鈴森。気にすんな」


そう言って倉持は机に顔を伏せた。
倉持に対してなにも言うことができなかった。もしなにか言ってもいまの彼にとって私の言葉は戯言にしか聞こえないと思う。

私はどうしたいんだろう。
なにがネックなんだろう。



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