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「あっ…と、ごめんなさ…」

「あ、わり」

「あ、御幸」


廊下を歩いていたら曲がり角のところで人にぶつかった。その人はというと御幸だった。さっきの古典の授業の提出物を何故か私が持っていくことになり、その帰りだった。あまりちゃんと前を見ずによそ見してぼんやりと歩いていたせいもあって、曲がり角で見事に御幸と正面衝突をしてしまったのだ。がっちりと鍛えられた胸板は硬くて、少し痛かった。痛いと思って顔を上げたとき初めてぶつかった相手が御幸だと気付き、こんなに思い切りぶつかった相手が知り合いでよかったと内心安堵した。
が、ぶつかられた御幸はというと、いつもとはちょっと違った様子で。


「疲れてるの?ぼーっとしてるように見えるけど」

「あー。まあ、…うん」


やけに歯切れの悪い。こんな様子の御幸は初めて見た。いつものニヤニヤも、掴み所のない喋りも、飄々としている感じもない。7月に入って今週末には開会式があり、いよいよ夏大もはじまろうとしている。そんな時期にベンチ入りメンバーがこんな様子で大丈夫なのだろうか。


「今日の放課後は練習見に来るか?」

「今日はいかないかなー」

「つーか、最近来てないよな」

「まあ、ちょっとね」


お互い教室に戻ろうと、自然に歩き始めた。
最近練習を見に行っていない理由は日差しが優しくなくなってきたからだ。夏の太陽になりつつあるなか、温室育ちの私は外で見学するのに心折れている部分がある。そんな日差しのなか運動している彼らには、この理由を話すのは非常に申し訳ないし失礼な話だ。
……でも100パーセントそういう理由ではないけど。
もうすぐ夏がはじまるなぁ。


「練習終わったあとちょっと話せないか?今日は練習早く終わるらしいからさ」

「あ、別に大丈夫だよ」

「悪いな」

「ううん」


そう約束したとき、授業がはじまるチャイムが学校中に鳴り響いた。「じゃあ、6時くらいに校門で待ってて。駅まで送ってくから」と御幸に言われ、自分の席に着いた。







放課後。18時。
ほかの部活終わりの人たちもちらほら目立ち始めた頃、校門で御幸を待っていた。帰宅部の私はこんな時間まで学校に残っていたことはない。いつも野球部を少し見てからすぐに帰ってしまう。だから、部活終わりの人たちの賑わいを見るのは初めてで、わいわいと話す姿がなんか羨ましいとちょっぴり思った。中にはクラスの友達もいて、「かよこちゃん、またね」と声をかけてくれた。そういうやり取りを何回かやっていたら、「悪い、鈴森」と、御幸が走ってやってきた。
「お疲れ様」と言うと「遅くまで残らせて悪いな」とまた謝られた。そんなに、というかまったく気にしてないけどな、と思いながら歩き出す御幸の隣に並んで歩き出した。
歩き始めてしばらくお互い無言で、相変わらず御幸はなんだかいつもと様子が違かった。片目でちらちらと御幸を窺っていると、その視線に御幸は気付き、小さな溜め息をついた。


「俺さ、」

「うん」

「この夏大、正捕手になったんだ」

「え、すごい。おめでとう」


話し始めた御幸の口からは出たのは吉報だった。野球部の名門校青道で、一年生ながら正捕手の座を射止めたのだ。スカウトだったり、ここで野球をやりたくて来た人はたくさんいるだろう。名門校には必然的に優秀な選手が集まってくる。そんな中でベンチ入りできるのはひと握り。加えて正捕手という座を得た。すごい、という感想しか出てこない。
けど、御幸が嬉しそうじゃないのはあからさまだ。


「一個上に同じ捕手ですげえ先輩がいるんだ。その人が怪我してさ、代わりに」

「へえ」

「………」


黙り込む御幸。前を向いて歩いていた私は気になって隣を見た。俯きながら歩く御幸は眉間に皺を寄せて、難しそうな顔をしていた。
正捕手になれた。なのになぜ御幸が嬉しそうじゃないのかすぐに理解できた。


「悔しいんだねー」

「は?」

「御幸の様子と、先輩にすごい捕手がいるのと、その先輩が怪我した代わりにレギュラーってことしかわからないけど、悔しいのかなって」

「悔しい…のかな、俺。よくわかんねえんだよな」


御幸は困ったように力なく笑った。がしがしと頭を掻き、うーんと唸る。悔しくないのかな。私だったら悔しいな。きっと御幸自身、いまは複雑な心境だと思う。正捕手になれたことの嬉しさ反面、人の不幸で得たポジションであることの蟠り。まだ御幸のことは全然理解していないけど、この短い間で感じた彼の性格上、納得はできていないし心の整理もできていないんだろう。


「ポジション争いして正捕手になりたかったんじゃないの?」

「あ」

「でしょ?」


御幸はハッとした表情だった。「なんだ、こんな簡単なことで悩んでたのかよ」と困ったように笑っていた。
彼がもやもやしていたことは案外簡単に当ててしまった。ちらりと御幸の顔を一瞥すれば、先ほどとは違う、いつもの表情になっていた。


「その先輩とは直接ポジション争いはできてないけど、監督は一年生でも御幸が正捕手として務まるって判断してくれたわけだから精一杯頑張らないとねー」

「ははっ、すげえプレッシャーだわ」


ふと鳴のことが頭によぎった。鳴はあんな大口叩いてたけど、プレッシャーは感じてないのかな。俺が投げれば勝てるって思っている節もあるだろうから、レギュラーになって当然って考えてそうな気はするけど。
普通なら、こんな名門校で一年生から一軍に所属してたり、夏大でベンチ入りできるのもそうだけど、レギュラーって相当なプレッシャーだろうな。


「応援してる」

「おう」



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