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昨日、ついに甲子園を目指す彼らの夏が始まったようだ。東・西東京大会の開会式。クーラーで快適な温度となっている我が家でアイスをかじりながらテレビの中を観ていた。今日は雲ひとつない晴天。日陰も逃げ場もない神宮球場には260校ほどの野球部部員がいる。
手元にある新聞紙を大きく広げて試合日程を見てみれば、青道の初戦は来週の日曜日。もちろん休みの日なので観に行くつもりだし、倉持とのこともある。野球部がいるところに行くかはとりあえず置いといて。そして、稲実の初戦はその次の日の月曜日。授業あるから普通に見に行けないや、すまん、鳴。と心の中で謝り、アイスのついていない棒をがりがりとかじった。シード枠を取っている青道も稲実も初戦は少し遅めだ。だけど勝ち進めば進むほど空き日程は狭まってくる。疲労などで怪我をしないことを祈るばかりだ。
最近は甲子園から遠ざかっている青道高校だけど、今年は行けるのだろうか。甲子園に。行って欲しいな。


「あ、あたりだ」


アイスの棒を見てみれば"あたり"と書かれていて、少し気分が良くなった。







「鈴森」

「お、は…よ?」


月曜日。朝練が終わり登校してきた御幸は真っ先に私のもとまでやってきた。心なしか少し不機嫌そうな顔なのは気のせいではない。なんか私、知らずに御幸の機嫌損ねることやっちゃったのかな。直近で御幸と話したことと言えば、プロ野球のオールスターで選出された選手の話、スコアブックを一緒に見て試合の分析話、私が最近仕事がないから干されたんじゃないかという話、長澤ちゃんと共演した自慢話。あ、長澤ちゃんのことかな。


「御幸、機嫌悪い?」

「微妙にな」

「やっぱりこの前のことか…」


首を傾げる御幸。「長澤ちゃんのこと」と言うと「いや、いまさら急にそれで機嫌悪くしねぇよ」とチョップをお見舞いされた。でも機嫌悪いのは間違いないことのようで、本人も機嫌が微妙に悪いことを明言している。長澤ちゃんのことじゃないとすると心当たりがまったくない。


「訊きてぇことあるんだけどさ」

「うん、なに?」

「……あー…」

「?」


突然訊くことを悩みはじめた御幸は自分の頭をがしがしと掻いた。いままでの勢いからすんなりと訊きたいことはポンと出てくるものかと思ったけど、そうじゃないらしい。なんでもズバズバと発言する御幸が発言を躊躇ったということは相当言いにくいことなのだろう。言いにくいことをこれから訊かれるのであろう私は覚悟を決めた。
腹を括った私は席の隣に立つ御幸をじっと見た。どんなことを訊かれても私はちゃんと答えるぞ。


「…鳴」

「え?」

「成宮鳴と知り合い?」

「あ、うん」


あれ、気構えてたよりも普通な質問だった。というよりもここで鳴の名前が出てきたことに驚いている。それと、鳴と御幸の間で私が話題に出たこと。鳴と御幸は知り合いだった…ということでいいのだろうか。鳴からシニアの友達の話とかは訊いたことはあるけど、いちいち名前までは覚えていない。もしかしたらその人たちの一人が御幸だったのかもしれない。
そんなことよりも、御幸は私が鳴と知り合いだったことを隠してたのに怒っているのか。でも隠していたつもりは一切ない。だってそっちも知り合い同士だなんて知らなかったから。


「機嫌悪い理由それ?」

「前に知り合いが鈴森のファンって話したけどさ、」

「ああ、それが鳴ってことかー」

「……付き合ってたのかよ…」

「!!?」


独り言のような声のトーンで呟かれた御幸の台詞は言い捨てるように吐かれた。とても冷たく、苛立ちが伝わる。だけどおかしな点がひとつある。"付き合ってたのかよ"ということ。いまの話の流れからすると、鳴と私が付き合っているかのような物言いだ。
鳴と?私が?
きっと御幸は私が友達なのに、そういう関係の相手がいることを黙っていたのが気に食わないのだろう。だから機嫌が良くないのかもしれない。でも鳴はそういう相手じゃないし、そういう相手自体存在しない。御幸はどうして急にそんなことを言ってきたのだろう。
突然のことすぎて頭の中がごちゃごちゃだ。


「まっ、て…。誰から訊いた?」

「開会式のときに鳴に会って本人から訊いた」


その瞬間、私は気が抜けた。そしてすぐに鳴の嘘だとわかった。なんで鳴が嘘をつくようなことをしたのかはわからないけど、よりによって付き合っているなんてことをでっち上げたのか。
人がいないところで勝手なこと言うなんて。次会ったらまず一発平手打ちだ。


「付き合ってない!付き合いたくない!」

「なっ…鈴森!?」

「鳴と付き合うとか精神的に持たない!無理!」


いつになく必死に訴えた気がした。はっと我に返ったとき、私は縋り付くように御幸のワイシャツに掴みかかっていた。悪いことしたと思って掴みかかった手を解いたらワイシャツに皺が残っていた。思ったより強く掴みかかっていたことに自分でも驚きながら「わ、ごめん」と謝りながら皺になったワイシャツを手で伸ばしたけれど、あまり変化はなかった。
ふと御幸のことを見れば、私のことをじっと見ながら呆気に取られていた。そりゃ、こんな必死に否定するんだからびっくりするだろう。ちなみに照れ隠しでは一切ない。無反応な御幸に名前を呼んで声をかけるが反応はない。


「おーい、御幸?」

「…はは、はっはっはっ」

「!?」


ぱちぱちと御幸の頬を軽く叩くと突然御幸は笑い出した。ほっぺた軽く叩いただけなのに頭のネジでもぶっ飛ばしてしまったのか。いや、どう反応すべきなのだろうか。腹を抱えて笑い出してしまった御幸をどう扱っていいのかわからない。


「なんだ、鳴に牽制かけられただけか。すぐバレる嘘なのによ」

「牽制?」

「鳴にストーキングされないように気をつけろよ」


そして御幸は笑いながら自分の席に行こうとした。その行く途中で私の席の隣にいつの間にかいた倉持の肩をバシバシと叩いて席に戻った。倉持も半切れ気味で「俺を巻き込むんじゃねぇ!」と御幸に突っ掛かっていた。


「…なんなのさ、君たち」


私の独り言は1時間目が始まるチャイムに虚しく掻き消された。



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