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今週末に控えた夏大の初戦。今日ある試合で勝った高校が対戦校になるらしい。まだ強豪校とは当たらないようだが、どんな試合でも気は抜けない。そう言って今日も授業が終わりすぐに野球部の彼らは練習へと行った。
期末試験も終わり、来週から夏休みに入る学校はなんだかまったりとした雰囲気だった。授業も期末試験の解説が終わればほぼ自習で。夏休みはいろんな部活で大会などもあるから、野球部に限らず、部活に所属している人たちは部活モードに入っている。


(夏休み、なんにも予定ないや…)


放課後、授業で配られた夏休みの宿題を夏休み前に一足早く手をつけ始めたなんともずる賢い私はそんなことをふと思った。部活に行く友達を見送りながら、気づいたら教室にひとり。外を見れば少し空はオレンジ色掛かっていた。まだ外からは部活をしている人たちの声が聞こえる。友達はいるけど仲の良い人たちはみんな部活に所属していて、こういうときはいつもひとりになってしまう。それが嫌とか恥ずかしいとかは一切思わないし感じたこともないけど、気づいたときには寂しさがちょっぴりある。
やっぱり部活って入っておくべきなのかな。


「お、いた」


近くで声が聞こえた。
ふと声のした方、教室のドアを見てみると練習着を着た御幸。
どうしたんだろう、という顔をしている私をさて置き、御幸はずんずんと私のそばまでやってきて夏休みの宿題を手につけている私を見て、「真面目ちゃんかよー」と茶化してきた。どうせ今日手をつけたら8月31日まで再度手をつけない気がしてならないけど、「宿題は早く終わらせないとねー」と言った。


「あれ、練習は?」

「鈴森に用があってさ」

「?」

「ちょっと部活来てくれねぇか」


練習抜け出して怒られないのかな。なんて思ったけど、部活のことで私に用事があるということなのか。わざわざ教室まで迎えに来てどうしたんだろう。私にしかできないことなんてひとつもないけど、貴重な練習時間を割いてまで呼びに来る必要があるほどの用事なのかな。
私がうーんと唸りながら考えてると御幸は「一発焼き入れようって話になってな!」と大笑いしながら言った。冗談だと分かっていても相手が前園くんだったら怖いなぁと呑気に考えていた。呑気に考えている時点で怖がってないかもしれないけど。


「誰か怪我したの?」

「誰か怪我してたらこんなに悠長にやってられねぇだろ」

「テーピング?」

「それはいつでもやってほしい」

「マッサージ?」

「まだ明るいのにもうダウンかよ」


頼まれそうなことを先に訊いてみたがことごとく外れだった。ほかになに手伝えそうかなぁと考えてみたけど、基礎体力作りのレーニングプログラム作る手伝いくらいかな。でも今週末に試合控えているのに短期のトレーニングプログラム作るのも、ここまで備えてきた部の流れ乱しちゃう可能性もあるし。


「私、なにやらされるの…」

「分析」

「えっ!?」


思ってもいなかった頼まれ事だ。たくさん部員数がいるのだから、分析班がいないはずない。なのに私に分析を頼んできた。一応野球の試合はたくさん観ているし、ただ観てるだけじゃなくて、配球読んだり打者のタイプを見分けるのは楽しいからよくやっている。だとしてもそれは予想して当てるのが楽しいというレベルだ。この投手・打者にはこういうときがチャンスでここを気をつけて…という戦略的なことまでは常に考えることはしていない。


「礼ちゃんも呼んでるから来てほしいんだ」

「礼ちゃん?…あ、高島先生?」

「そうそう」

「いつだか鈴森とスコアブック見てたとき、お前も試合たくさん観てるせいかセンスあるって思ったんだよ。んで、礼ちゃんにちょっと話してみたら礼ちゃんも興味持ってさ」


高島先生はあのプレハブで話したきり、野球部の話はまったくしていない。というよりも勉強面に関しても一対一で話すことをしていない。あのときが最初で最後になってしまっている。それなのに高島先生はまだ私のことを気にしているのか。
あのとき言われた、"高校野球は私には少し暑苦しすぎるか"ということ。それは自分自身が気付いてそうで気付いていなかった。仮に部活に所属しても部活経験がないから一致団結して頑張れるか不安というのは前から思っていたこと。だけど裏じゃその一員になりたい気持ちもある。野球部の練習風景を見るたびにその裏と表、両方の想いは強まって、夏大に向けて頑張っている姿を見ることができなくなっていた。あの空間に私の入る余地はない、と。


「今回だけで良いから頼む!」


それでもこの人たちは事あれば私を関わらせようとする。私の気持ち、気付いているくせに。どういうつもりでこんなことしているのか。じゃあ、目の前にいる御幸は。手を合わせて頭を下げて頼み込む御幸はどういうつもりなんだろう。 たまになに考えてるかわからない人ではあるけど。
…もしかしたらただ手伝ってほしくて頼んでるのかもしれない。もしかしたらそんなに深く考える必要ってないのかな。


「…構わないけど役に立たなくても知らないよ」

「よしっ」


御幸は「早速」とにっこり笑いながら私の荷物を勝手にまとめはじめた。その荷物を小脇に抱え、空いた手は私の手を掴んだ。ちなみに手を繋ぐという可愛らしいものではなく、手を鷲掴みと言った手荒な掴み方で。「じゃあ行くか」となにも気にしていない様子でまた笑い、そして教室から連れ出された。


「ていうか、マッサージもできんの?」

「一応勉強はしてるけどあんまり進んでやりたくはないかなぁ。マッサージって知識ない人が下手に筋肉触っても危ないから…。だから高校入るまでは鳴を練習台にしてたんだ」

「……へえ」

「…御幸って鳴と仲悪いの?」

「別に」



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