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「あれ、鈴森やないか」 「お邪魔しております」 「なんでここにおるん?」 「こいつ日雇いの分析班」 「ヒャハ、ついに片足突っ込んじまったな!」 前園くんに倉持をはじめ、1年生の知った顔触れがぞろぞろと集まってきた。時計を見れば19時半になろうとしていて、夏になって日は延びてきたとは言え外は暗くなっていた。ああ…もう夕食の時間なんだと思うと、寮母さんたちの作る夕食の美味しそうな匂いにいま気付いた。分析を手伝いはじめて3時間くらい経っていたんだ。と言うものの、今週末の対戦校の分析は1時間くらいで済んだのだけど、同じブロックのほかの強豪校のデータや映像を見はじめてしまい、こんな時間になってしまったのだ。 「なんで鈴森かよこがいるの?」 「小湊先輩」 「俺、小湊亮介ね。亮介でいいよ。よろしく」 「あっ、鈴森かよこです」 誰かが先輩の名前を口にした。名前を知られてはいたけど、一応私も名前を名乗ると亮介先輩はにっこりと笑い「知ってるよ」と言った。小柄でにこにこと笑顔が印象的な先輩だ。だけど見た目のわりにはっきり発言する人なんだなと、このちょっとの会話でわかった。言葉が鋭いというか。 亮介先輩は私の右隣にいた御幸を「場所交換してよ」と言って間に割り込んできた。私の左隣りが空いているにも関わらず。御幸も御幸で、「亮さんズルいっすよ。俺の特等席取るなんて」と口答えをしながら席を明け渡し、前園くんや倉持に並んで立った。 「前までよく練習見に来てたよね」 「よくご存知で…」 言葉もそうだけど観察力も鋭い。「あの鈴森かよこは誰を見に来ているのか結構話題になったけどね」と亮介先輩は言った。私がよく練習を見に行っていたことは亮介先輩以外の人たちにもバレていたのか…。集中して練習している野球部の人たちには見学に来ている雑多の一人として気付かれていないものかと思っていたけど案外バレてるものだったとは。 気付かれてたと思うと急に今まで行動が恥ずかしくなって笑って誤魔化していれば、亮介先輩は私の目の前にあったノートを見始めた。先ほどまでまとめていた初戦の相手の分析データだ。簡易的なものではあるけど、投手の配球と相手打者の特徴に合わせたリード。打席に立ったときの癖などなど。そしてそれに対する解析と私なりの考察。何種類かの展開パターンを以ってどう対処していくべきか。人それぞれの考え方はあるけど、参考までにという程度だ。 「へえ…ちゃんとできるんだ」 「鈴森はなかなか良いセンスを持っている」 「わ!ありがとうございます…」 パラパラとページをめくる亮介先輩に、なにやらノートに書き込みをしていたクリス先輩。先輩様から褒められるとは嬉しい。お父さんから見て学ぶように分析のことは勉強したけれど、こうやって実戦に使おうとするような分析はしたことがなかった。だから評価してくれるかは心配だったけど、とりあえず一安心だ。 それにしても。まだ会って間もないけどクリス先輩の野球の知識はすごい。勉強になることばかりだ。同年代の人とは思えないくらいの知識量。経験値もなかなかのものなんだろう。そういえば、クリス先輩は分析班の人ってことでいいのかな。御幸があとで話してくれるとは言ってたけど…。 「そっか。1年の中で騒いでる子ってかよこのことなんだね」 亮介先輩にさらっと名前を呼び捨てにされたけど、本当にどんだけ私のこと騒ぎ立てているんだこいつらは。その1年たちをじろりと見れば揃いに揃ってみんなは目を逸らした。 「確かに、これだけできるなら勿体ないなぁ」 そう言って亮介先輩はにっこりと笑みを私に向けてから席を立ち、歩いて行ってしまった。とても素敵な笑顔なんだけど何故か黒さを感じる。釣られて私も笑ったけれど、口元が引き攣っている自覚があった。 「あ、鈴森かよこだ!」 「青道にいるって本当だったんだな!」 「え!本物かよ!なんでいるんだ?」 そのあと続々と戻ってきた野球部の人たちに見つかるとすぐに周りを一気に囲まれ、サイン攻めに遭った。 クリス先輩は困ったように薄く笑い「遅くまで付き合わせて悪かったな」と言った。 : : : 「鈴森」 「なに?」 サイン攻めが収まり夕食を取り始めようとしている人たちがいるなか、帰り支度をしていた私に倉持が声をかけてきた。「早くごはん食べなくていいの?」と訊いても「…ああ」と言葉を濁された。夕食の時間って決まってたりしないのだろうか。3杯以上食べなきゃいけないから食事にも時間かかるんじゃないのかな。 「あー、その、なんだ。駅まで送ってやるから準備しろ」 「あ、うん」 ちょっとびっくりした。倉持が意外にも紳士的だったことに。少しぽかんとした表情をしてしまったけど、すぐに鞄に荷物をまとめ、「もう帰れるよ」と言った。倉持の背後にはにやにやと笑う御幸と前園くん。もしかしたら、もしかしなくても茶化されてる。 |