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ゆっくりしていたら遅刻になってしまった。西東京地区大会2回戦。シード校である青道高校は今日が夏大会初戦だ。約束もあるし、もともと観に行こうと思っていたから来ることは確定していたのだけど、もう試合開始時刻は過ぎ去っていた。球場の外からでも中の盛り上がりは聞こえてきて、休日ということもあってか、初戦なのに大賑わいだ。
球場の入り口に来て、"本日の試合"と書かれた貼り紙を見れば、青道高校は後攻の三塁側だった。
スタンドに出ると攻撃中ということもあり、外で聴こえた盛り上がりが直に伝わってきた。スコアボードを見れば四回裏の0-11。高校野球の地方大会は五回までで10点差以上あればコールド勝ち。このまま順調にいけば五回表で試合終了だ。


「遅えよ鈴森!」


騒がしいなか名前を呼ばれて右を向けば、メガホンを持ちながら駆け寄ってくる倉持がいた。右後ろには野球部たちの集団がいて、大きな声を出して応援している。よく私が来たことに気付いたなぁと思っていたら、「ずっとスタンド上がってくるところ気にして見てたんだからな」と思っていたことを見透かされたかのような返答がきた。たしかにこんだけ野球部の人がいると倉持がどこにいるかわからない。見つけてくれてありがとう。見つけてくれなかったらぼっち観戦確定してた。


「遅刻厳禁だろーが!」

「えー」

「文句ある顔してんじゃねぇよ」

「いひゃい」


半ギレ状態の倉持は容赦なく私の頬っぺたを左右に引っ張った。そのとき、カキンとバットに球が当たった良い音が響いた。二遊間を超える綺麗なヒット。一三塁にはランナー。点が追加されそうな盛り上がる状況だ。後ろの方にいるブラスバンド部のヒットファンファーレが鳴り響く。スタンドにいる野球部もチアリーディング部も全身から大きな声をあげて応援している。


「コールド勝ちになりそうだね」

「まじですげぇよな、先輩たち」

「うん」


私が声を掛けると、周りの盛り上がりに反して倉持は冷静な態度で呟いた。自分の所属する野球部の先輩たちを純粋に尊敬しているのだろうか。心なしか目がきらきらしているようにも見える。じっとグラウンドを見ていれば球場内に次の打者のアナウンスが響いた。"6番、キャッチャー、御幸くん"と。


「あ、御幸だ」

「一応あいつ、初打席ホームラン打ってるからな」

「へえ、すごい」


ひとり1年生ながら堂々とした様子でバッターボックスに立つ御幸。初戦でまだまだ観客は少ないけれど、攻守ともにここまで御幸の活躍を見ていた人たちは御幸に期待が高いようで、名前を叫ぶ人は決して少なくない。御幸にとっての高校野球、初の公式戦。それなのにもう脚光浴びちゃってすごいな。
そんな中での初球。私、ホームラン見てないんだからもう一本くらい決めてほしいな。そう思ってバッターボックスに立つ御幸をじっと見た。対戦校の投手がモーションに入る。投げられた一球。それを初球から振っていった。が、


「あ、」


打った球は強めのゴロ。ついでにセカンドへのゲッツーコース。そして見事に併殺。期待されていただけに溜め息は大きい。だけど四回裏の青道の攻撃は立派なものだったのか、観客からの拍手が聞こえた。「表しっかり抑えろよ!」「コールドいけるぞ!」という歓声。また一段と盛り上がるなか、私はぼーっとその光景を見ていた。
ちょっぴり温度差かんじるな。まあ、いまさっき来たばかりの自分が悪いんだけど。


「ちょっと、倉持!」

「あ?なんだ」


ぼんやりしていた私を正気に戻した声。ふと声がした方向を見れば、倉持を手招きする青道と書かれたTシャツを着る女の子2人。見覚えあるなぁと思ったけど、すぐに野球部のマネージャーさんだと気付いた。まだこんなに暑くなる前。応急処置の手伝いで初めて青道のグラウンドに踏み入れたときにいた人たちだ。
マネージャーさんたちは倉持になにやら耳打ちをしていた。そしてそのあとすぐに倉持の笑い声。なんの話をしているんだろうと思っていたら、倉持は笑いながら私の隣へ戻ってきた。


「鈴森。こいつら1年のマネージャー」

「梅本幸子です」

「夏川唯です」

「お疲れ様です…鈴森かよこです」


よくわからず緊張気味に名前を名乗り合えば、倉持はツボに入ったのか笑いが止まらない。梅本さんをいう2つ結びの女の子がぱしんと笑い続ける倉持も恥ずかしそうに叩いた。「鈴森がよくわかってない顔してんぜ」と倉持が2人に言うが、間違いない。どういう展開なんだ。マネージャーさん2人はもじもじとした様子で顔を見合わせ、一息吐くを私の方を揃って向いた。


「「と…友だちになってください!」」

「あっ、いいよー」


なんだそんなことか。あっさり私が返事をすると2人は安堵した表情に変わった。「そんな緊張する必要なかっただろ、ヒャハハ」と倉持は笑ったが、"友だちになって"を面と向かって頼むのはなかなかに気恥ずかしいものだと思うけどな。男の子はそこんところ感覚が違うのだろうか。


「こいつらがよく鈴森さんの話してて、野球のことも教えてほしいし、それに良い人なんだろうなって」

「私、良い人?」

「バカとは言ったが良い人なんて俺は思ってねぇけどな」


「んふふ」と私がにっこりと笑えば、倉持はびくりと肩を震わせ「じゃ、ごゆっくり!」と言って、応援している野球部のもとへ戻った。いや、逃げた。倉持この野郎。でも紹介してくれてありがとう。ずっと笑って煽られてたから絶対直接お礼言うつもりないけど。
こんなやり取りをしていたら五回表が始まろうとしていて、「鈴森さんもこっちで!」とショートカットの夏川さんが声を掛けてくれた。


「あ、かよこって呼んでほしいな。よろしくね、唯ちゃん幸子ちゃん」


野球が好きな女の子と初めて友だちになりました。



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