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青道高校野球部、夏大会初戦を見事コールド勝ち。今日は朝から1年生正捕手の御幸一也くんを一目見ようと教室に訪れる人たちが何人もいる。まだ1回勝っただけではあるが、初打席がホームランという華々しい高校野球デビューを飾った彼の人気は一気に上がったようだ。元からルックスが良いというのも相まってファンクラブでも出来たんじゃないかなと思うくらい、各所から黄色い声や熱い視線が御幸に送られている。
当の本人である御幸はというと、いつも通りスコアブックと睨めっこをしている。だけどさすがにいつもより騒がしいため集中が途切れてしまうのか、少しイライラとした表情にも見える。


「人気者は大変だなー」

「ねー」


そんな御幸を見て、倉持と私は他人事のように遠くから観察していた。まあ、実際他人事だから関与するつもりは全くないけれど。女である私が御幸の側に行ったところで反感を買うに違いない。それほど学年問わず御幸を見てキャッキャしている女は多いのだ。


「倉持もいつかキャッキャ言われるといいねー」

「めんどくせぇしそんな日は来ねえ」


と言いつつ御幸の人気っぷりは少し鼻につくようで、倉持も倉持でイライラしているように見える。なんだか面白いなぁと思いながら倉持のことを見ていたら本人に気づかれ、「笑ってんじゃねぇよ!」と怒鳴られた。「笑ってないよー」と言い返すも、面白がってたの顔に出ちゃってたか。
倉持とそんなやり取りをしていたら、御幸に声を掛けようとしている女子生徒3人組が視界の片隅に入った。私の視線が逸れたのに気づいたのか、倉持もそちらの方を見た。そしてちょうど、勇気を振り絞ってというかんじで御幸に声を掛けた。周囲でキャッキャと見てるだけで、声を掛けようとする人たちが意外にいなかったから、彼女たちの勇気はすごい。


「なに話してんのか聞こえねぇな」


倉持がぼそりと言った。確かに、御幸の席までは少し離れていて、休み時間ということもあり教室の中は騒がしい。ただ話している様子しか伺えない。女子生徒3人は恥ずかしそうになにやら必死に御幸へ話し掛けている。その話し掛けられている御幸はと言うと、案外不機嫌そうではなかった。スコアブックを見ているところ話し掛けられたから無愛想な対応でもするのかなと思ったら、たまに笑顔も見せながら上手いことやり過ごそうとしている。


「社交性あるのね」

「それ俺も思った」


会話のキャッチボールは上手くいっているようで一見和やかな雰囲気。でも正直者というか、オブラートに包まず発言する御幸がいつ爆弾を投下するかわからない。御幸の性格を知っている人なら未だしも、話し掛けている彼女たちはきっと御幸を美化しているに違いない。倉持もそれを懸念しているのか「変な発言しそうで怖い」と呟いた。
そんな心配をしている私たちを他所に、彼らの会話は終わったようだ。御幸に手を振る女子生徒3人は笑顔で、御幸は会話が終わるなりすぐにスコアブックをまた読み始めた。とりあえず、無事終了したようだ。
倉持と顔を見合わせ、安堵の溜め息をついた。しかし女子生徒3人が御幸に声を掛けたのを皮切りに、遠くから御幸を見ていた人たちも御幸の元に行き、声を掛けはじめ、あっという間に御幸の周りは女子生徒で囲まれてしまった。


「入学式のときの鈴森みてぇだな…」

「いや、私のとき以上の賑やかさだよ…」


なんだか御幸が可哀想に思えてきた。女子生徒で見えない御幸に向かって「ご愁傷様。なむ」と私が目を閉じて手を合わせると、倉持も一緒になって「なんだかんだで良い奴だった。元気でな」と手を合わせた。


「鈴森ー!」


こんなおふざけ、本人には見えていないはずだ。なのに女子生徒に囲まれている輪の中から御幸が私を呼ぶ声がはっきりと聞こえた。ハッとして目を開けてそちらを見てみれば、御幸を囲んでいた輪に隙間が出来ていて、そこから真っ直ぐ御幸の姿が見えた。周りを囲む女子生徒の視線が刺さる。


「鈴森って俺のこと好きなの?」

「え!?」

「はっ!?なに馬鹿なこと大声で訊いてんだよ!」

「だってこの人たちがそう言うからよ」


けろっとした表情で御幸はそう言うけれど、話の流れがよくわかっていない私と倉持はパニック状態だ。しかも大きめの声で遠くから訊いてくるもんだから、この会話にはまったく関係のないけど教室にいて話が聞こえてしまった人たちの視線も加えて突き刺さる。空気読めないというかなんというか。そんなんじゃその場の試合状況を読んで咄嗟の判断を任せられる場面で正捕手として立派なリードができないぞ!なんて思ってしまったけれど。
話を戻すと、きっと私がよく野球部の人たちといるという点で、御幸ともよく一緒にいるから、女子生徒の皆さんは恋愛脳に変換して考えてしまったのだろう。お互い言わずともそんな関係ではさらさらないというのはわかりきっていることだけど、なんで御幸はこういう状態でこうやって訊いてきたのだ。


「私、御幸より倉持のほうが好きかな」

「おい!しれっと火の粉飛ばすんじゃねーよ!!」

「あ、ちなみに茶化してないよ」

「マジ顔で言うほうがタチ悪りいからな」


いまの空気読めない行動で御幸の好感度は下がった。まあ、本気で下がったわけではないけど。ちょっとしたジョーク的な意味で。
でもこの下がってしまった僅かなポイントの差で、いまは鈴森ランキングの中では倉持のほうが優位だ。ということで倉持を引き合いに出してみたけれど、顔を真っ赤にして怒られてしまった。あとでなにか技を掛けられそうだ。いやでも本当に茶化してないから許して。


「はっはっは、あとで二人きりでちょっと話そうか。かよこちゃん」

「あはは、御幸くんの嘘っぽい笑顔がいつも以上に嘘っぽいよ」


なんか御幸の癇にも障ってしまったようだ。
この二人にこっ酷く叱られるのは間もないかもしれない。



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