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全く知らなかった。準決勝で青道と稲実が当たるということを。
自分たちの準々決勝があった翌日が稲実の準々決勝だったみたいで、偵察に行っていた部員からの連絡が先ほど入ったそうだ。今日、準決勝の相手が決まると聞かされていた私は青心寮で待機をしていたが、まさか稲実が対戦相手とは知らなかった。
自分自身、少し落ち着きがない気がした。遅かれ早かれ、西東京という同じブロックにいる時点で勝ち進めばいつかは当たることは確実だったのに。なんでそんなこと気づいてなかったんだろう。
過去の稲実のデータを見せてもらいながら偵察班の人が帰ってくるのを待っていたら、一緒に分析をするため練習から御幸が戻ってきた。


「相手、稲実だってな」

「うん」


御幸は溜め息をついて「大丈夫か?」と訊いてきた。なんでそんなこと訊いてきたのか一瞬わからなかったけど、すぐにハッとして「ごめん、ぼーっとしてた」と笑って応えた。御幸の声かけにいつも通りに応えたつもりだったけど、様子が少し変に思われたのかもしれない。
夏前に鳴と会ったとき、青道を応援するような宣言をしたけど、実際、鳴のこと1ミリも応援しないはずがない。試合は日程の関係もあって観に行けたことはないけど、ちゃんと速報だって気にしてたし、試合後のニュースもチェックした。鳴の活躍、見てたんだけど。


「ちゃんとトーナメント表チェックしてなかったよ」

「……」


もしかしたら無理してるように見えるのかな。…無理しているつもりはないけど、ちょっと困っているのは本音だ。100パーセント。100パーセントを青道の応援に向けられるか、分からない。
心臓がばくばくしているそんなとき、偵察班の人が帰ってきて、すぐにクリス先輩と御幸と一緒に分析をはじめた。







「──…鈴森、ケータイずっと鳴ってんぞ」

「え、電話かな」


分析をはじめて2時間ほど。外は暗くなってきていたが、まだまだ分析は続く。いまはちょうど鳴の球種と、捕手の原田さんの配球の癖を解析しているときだった。ビデオ越しだけど、鳴のピッチングを初めて見た私は鳴がこんなにすごかったのを初めて知った。高校1年生でこんな技術を持っているなんて。強豪校である稲実に1年生からベンチ入りしているくらいだから、わりとすごいんだなぁということは分かっていたけど、まさかここまでとは。
少しでも付け入る隙はないか。必死になってビデオにかじり付いていたら、鞄の中にしまい込んでいた携帯電話がずっと鳴っていたようだ。鞄の中を漁り、携帯電話を取り出してみると、"成宮鳴"と、ディスプレイにあがっていた。出るか少し悩んでいたら携帯電話の着信音は途切れた。だけどまたすぐに着信音が鳴り響き、これは出ないと怒られるかなと思って「ごめんなさい、ちょっと失礼します」と言って通話ボタンを押した。


『電話出るの遅い!かよこのバカ!』

「う、うるさいよ…」

『さっきからメールも電話も反応ないんだから!』

「そんなずっとケータイ手元に置いてないよ」

『携帯してこそ意味のある電話だろ!』


やっぱり怒った。電話口から響く鳴の声はとても大きく、音漏れしているんじゃないかというくらいだった。少し通話音量を下げてもまだ耳がぎんぎんとするレベル。鳴のまわりに人いないのかな。確実に迷惑でしょ、これ。


『かよこ、いつも適当なこと言って稲実の試合観に来てねぇけど、準決勝は絶対行くよな!』

「うん、青道観に行くよ」

『青道じゃなくて稲実!』


「もー!かよこは素直じゃないなー」とぶつぶつ言っているけど、素直と素直じゃないとかそういうんじゃなくて。と、呆れている私の気持ちなんて通じないんだろうな。


『俺、準決勝さ、先発じゃねぇんだけど…。でもかよこは稲実側で応援してくれるよな!』

「だからなんで分かりきったこと訊くかな」

『だよなー!稲実側のスタンドの最前に───

「や、普通に青道側でしょ」


だからさっきから青道観に行くって言ってるのに。鳴も人の話訊いてないな。しかもさらっと対戦校に準決勝のオーダー教えてちゃってるよ。大丈夫なのか、この人。


『俺は甲子園でてっぺん取りに行くからこんなところでは負けない』

「…試合するの私じゃないからその辺なんとも言えないけど、青道は負けない」

『かよこを奪った学校なんて滅多打ちにしてやる』


奪ったって…。自分から青道に行ったんだけどなぁ。本当にわがままというか自己中というか。早く大人しくなってくれ。


「まあ、がんばってね。うるさいから早く寝ろ」

『!!かよこががんばってって言ってくれ───


鳴が喜びの声をあげている途中で通話ボタンを押した。ぶつり、という音が聞こえ、うるさい声をずっと聞いていた耳に変な感覚があった。映画館で映画見終わったときのかんじに近い。
はぁ…と溜め息をつくと、御幸は私の顔を覗き込んできた。


「いまの鳴?」

「あ、ごめん。対戦相手と」

「いや、いいんだけど」


さすがにあんなでかい声出してたら音漏れもするし、私が喋っていること聞いたら鳴っていうのも想像つくだろう。次の対戦相手とこういうやりとりしてるのは、気分良くないことかなと思って謝った。いいんだけど、と言った御幸の表情は少し不安そうだった。


「なんでそんなに不安そうなの?」

「かよこちゃんが鳴と仲良くて一也くん寂しいなー」

「うわ…」

「本気で嫌そうな顔やめて」


御幸はすぐにいつもの飄々とした態度へと戻った。もしかして、稲実のスパイとか思われてたり…しないか、さすがに。情報漏洩なんて一切してないし。青道のこと応援してるし。
あ、そういえば。


「準決勝ね、鳴は先発じゃないみたい」

「は?それ鳴が言ったのか?」

「うん」

「バカか」

「バカだね」



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