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準決勝当日。天気は晴れ。そして暑い。 青道の試合はなんだかんだで平日に当たっていたということもあって、日曜にあった初戦と夏休み入ってからの準々決勝と準決勝。これで観に行くのは3回目だ。初戦は遅刻でほぼ観れなかったからカウントに入れていいのかはわからないけど。でも準々決勝、そして準決勝の今日はちゃんと早く来ている。 まだ一個前の準決勝の試合中のようで、外にまで歓声は聞こえる。神宮球場なのにすごいなぁ。ちょっと早いけどもうスタンドに入ろうかな、と思ったとき、見覚えのあるユニフォーム姿の集団が目に入った。青道野球部だ。まだ球場入りしていないようで、外で準備して待機しているようだった。試合はじまる前に集中高めているときだろうし、声かけるのはやめておこうかな。 試合開始時間って予定だと何時からだっけ。そう思い、鞄からケータイを取り出して時間を見ているときだった。 「かよこ!」 「え、…っわ!」 突然名前を呼ばれたその瞬間に背後から誰かに抱き着かれた。公衆の面前で警察沙汰にも出来るようなことをいきなりされたわけだけど、私の名前を呼んだ声で誰だかはすぐにわかっていた。今日は同じ場所にいるというのもわかっていたから、心のどこかでもしかしたら会うかもしれないと思っていたのかもしれない。抱き着かれたことにはびっくりしたけど、会うことにはあまり驚きはなかった。 「こんなところにいていいの、鳴」 「まだ控え室入れないからトイレ行ってきただけだよ。でも出口間違えて出てきたらかよこがいたからラッキー」 「迷子か」 「違う」 ぎゅっと抱き着いてきたのは鳴。とにかく重いし暑い。それにさっきから行き交う人にちらちらと見られているのも困る。今夏、注目の1年投手である鳴。試合用ユニフォームを着ているだけで目立つのに、さらにその人が鳴というのもまた目立つ。でも当の本人はまったく気にしていないようで、「かよこ久しぶりー」なんて言いながら随分とリラックスモードだ。 「恥ずかしくないの?」 「え、なんのこと?」 まったくお構いなしな鳴に溜め息が尽きない。こういうところ、まだまだ子どもっぽいなぁ。なんて思っていたら、突然ずりずりと私を引きずり出した。なにしてんだ、この人。という視線を向けたら、鳴はニカッと笑い「応援、三塁側ね!」と言った。 いやいやいや…自己中にも程があるでしょ。 「…鳴?」 「あ!一也!」 「!」 鳴に引きずられるなか、鳴を呼ぶ声が聞こえたかと思うと呼んだ相手はどうやら御幸のようだった。鳴に抱き着かれ、ちょうど鳴の陰で私が死角に入っているようで、御幸は私の存在に気づいていないみたいだ。 思春期ならではの考えかもしれないけど、知り合いにいまのこの状況を見られたくない…。かなり気まずいよね、これ。 「おめぇ一塁側でなにやってんだよ」 「ん?かよこ捕まえたの!」 キラキラとした表情で満足気に鳴は腕の中にいる私を御幸に見せつけた。それはまるで流行りのおもちゃを手に入れ、自慢するかのように。というか、捕まえたって人に対して言う言葉じゃないでしょ。 知り合いに見られたことで恥ずかしさいっぱいの私は御幸を直視することができず、右手をひらひらと振りながら「…ちっす」と小さな声を出した。 でも、鳴が話したことにも、私が声を掛けたのにも、御幸は一切反応がなかった。恐る恐る御幸のほうを見てみれば、目の前まで歩み寄ってきていて、間近にいる御幸をまじまじと見てしまった。 「あれれー?一也怒ってる?」 ぷぷーと鳴は笑い、相手を挑発するときのような喋り方でそう言う。そして私を抱き締める力をぎゅっと強めた。 でも鳴の言う通り、御幸は明らかに機嫌が悪いようで。幼馴染みと言えど公衆の面前でこんなことしてたら色々と勘違いするよね。 あ…そういえば。御幸の機嫌の悪さ、鳴と付き合ってるのかと誤解されていたときに似ている。 「鈴森離せよ」 「なんで一也に言われなきゃ…あ!羨ましいんでしょ!」 「羨ましがってる様子一切ないからとりあえず放して」 暑い、暑すぎる。引っ付く鳴を頑張って剥がそうにも、細身ながら高校野球児の力は強い。びくともしない。離れてくれない鳴に溜め息を零すと、周囲の視線が突き刺さっていたことに気付いた。ちら見ではなくがん見だ。足を止めて私たちのことを見ている。準決勝の対戦校同士である青道と稲実。お互い強豪校で一年生ながらベンチ入り。そしてメディアにも取り上げられつつある将来有望な捕手と投手。ここに見に来ている人たちは高校野球ファンも多いだろうから、きっとこの2人を知っているのだろう。 「おい、成宮!」 そしてまた新しい人が登場。稲実のユニフォームを着ている。肌の色が褐色で、顔付きがハーフという感じの人。すらっとしていてスタイルが良い。その人は「早く戻るぞ」と鳴に言い、視線を御幸から私に移した。「御幸に…、鈴森かよこ?本物かよ」と独り言のように言った。相手は御幸のことを知っていて、知り合いなのかと御幸のことを見れば特に驚いた様子はなかった。 「幼馴染みって本当だったんだな。まあ、幼馴染み以上にも見えるけど」 「かよこ!こいつ、カルロス!俺のチームメイト!」 カルロスくんは「どうも」と言って頭を下げた。私もぺこりと頭を下げるとまじまじとこちらを見ていた。そして「……かよこちゃんも大変だな」と目を細めながら言って、鳴のことをちらりと見た。鳴はなんのことかわかっていない様子で「かよこはあげないからな!」と威嚇していた。きっと、カルロスくんは鳴の幼馴染みであるということを"大変"と言ったのだろう。そりゃ、もう、大変ですとも。 「成宮、早く戻るぞ」 「えー、俺まだかよこといる」 「先輩も探してたんだからな」 そうカルロスくんが言ったとき、「おい、鳴!なにやってんだ!早くしろ!」と遠くから声が聞こえた。御幸のときと同じく、鳴が死角になってその人が誰だか私は見ることができなかったけど、「雅さんタイミングわる…」と鳴が小さく呟き、抱き締めてた私のことをパッと手離した。そしてビシッと私に向けて指を差した。 「とにかく!稲実応援しなかったこと、後悔させてあげるから」 そう言い捨て、鳴は三塁側の入り口へと走って行った。鳴を呼びに来たカルロスくんもその後を追おうとしたが、急に立ち止まり、私のもとに戻ってきた。 「成宮のこと心配なんだろ」 「え」 そういうと片手にずっと持っていた、時間を確認しようと取り出したケータイをカルロスくんは取り上げた。そして勝手に操作をして、私の手にケータイを戻した。 「なんかあったら教えてやるよ」 そしてカルロスくんは走り去って行った。ケータイを見ればちゃっかり連絡先が登録してあった。 鳴が心配か。何故だか私は胃のあたりがもやもやしてきたけど、言いたいことを言いそびれたのが原因だと思う。気持ち悪いかんじをぐっと堪え、振り向くと御幸がイライラした表情で鳴とカルロスくんが走って行った方向をずっと睨んでいた。 「…ねえねえ」 「なんだよ」 「鳴って私のこと好きなのかな」 「!?」 「やっぱそれは自意識過剰か」 「……」 「え、なんかコメントほしい」 |