25 |
神宮球場の一塁内野席。もはや慣れてしまった青道高校野球部の中での応援。いまは試合開始前のアップを稲実がしているところだ。先日の鳴の電話口での発言の通り、先発はほかの投手だった。鳴は外野に入ることもなくベンチスタートのようだ。7回くらいから登板するのかなぁ。初めて生で鳴が野球している姿を見るわけだけど、素直に応援できない試合であることが残念だ。いろいろ文句言ったりはぐらかしたりしているけれど、やっぱり幼馴染みのことは気になる。そう思うと青道への罪悪感がじわじわと心の中を侵食して、胸のあたりがもやもやとする。 稲実が対戦校に決まったとき、不安に思っていた100パーセントを青道に向けること。全然できてないや。 「なんだか複雑だなぁ」 「無表情すぎて悩んでるようには見えねぇけどな」 思っていたことが、ぽつりと独り言となって声に出てしまった。すぐさま突っ込みを入れてくれたのは倉持で、なんだか意味もなく、さすが…!と思ってしまった。 目を見開いて倉持のほうを見れば、倉持はぼんやりとグラウンドを眺めているようだった。下唇が上唇より前に出ていて、なんだか不満気な表情として捉えられる。 「成宮のことか?」 「あ、バレバレ?」 「鈴森がいま悩む要因、それくらいしかねぇだろ」 さすが…!と、また思ったときは、たしかにほかの人から見ても私が悩むことはこれくらいしかないなと自覚した。 なに驚いてんだよ、と言いたいような倉持の呆れたような視線が突き刺さるが、乾いた笑い声で誤魔化した。誤魔化しきれてないけど。 「私は青道応援してる」 「へえ」 「稲実は応援してない」 「それで?」 「でも鳴を気にしていないかと言われれば嘘になります」 「なるほど」 「稲実は応援してない」 自分自身の整理をつけるように、ひとつひとつ思っていることを口にした。倉持は煽ることもなしに、相槌を打って話を聞いてくれた。 試合開始前に複雑な心境を語られるのもたまったもんじゃないと思うが、きっと吐き出さないと9回裏まで平常心で見届けることはできないかもしれない。 「鳴が稲実入るの知ってたし、青道が稲実と同じブロックなのも知ってる。でも青道の野球部と関わってから、青道を応援したいって気持ちでいっぱいになったんだけど…、……なったんだけどなぁ…」 よくわからない。自分のことなのによくわからない。ひとつひとつ思っていることを口にしていたはずなのに言葉が詰まった。もうなにを言っていいのかわからない。 「さっき、試合始まる前に球場の外で鳴に会って、そしたら御幸も来て、」 「え、その場で御幸にも会ったのか」 倉持は目を丸くして驚いた。試合前に偶然鳴に会ったことも驚きだけど、そこに御幸もいたとなると驚きは倍増だろう。同じ場所にいるのはわかっていたけど、こんなに人が大勢が集まる環境。私だって2人に会うなんて思ってもみなかった。 「ちょっと話したあと、鳴のチームメイトが呼びに来たときに"成宮のこと心配なんだろ"って言われて、私なんにも答えられなかった」 御幸がいる手前、無意識でその言葉に反応しづらかったのはあるかもしれない。稲実が対戦校に決まったときから、御幸は大丈夫という私を気にかけてくれていたのは伝わっていた。もし仮にあの場で心配していないと答えたら、御幸にもっと心配されていたかもしれない。もし仮にあの場で心配していると答えたら、私は青道にうしろめたさを感じて御幸の顔を見れなかったと思う。 だけどいま倉持と話しながら気付いたことはある。 「心配してるつもりなんてなかった。でも、中学まではなんだかんだで家もお隣だし気にかけることできたけど、高校はいってそれもなくなった。…気になってるだけじゃなくて、知らない間に心配…してたのかもっていま気づいて…、それで…」 いま猛烈に青道にうしろめたさを感じている。鳴のこと、心配している。そう自覚した瞬間、心の一部は軽くなったが、別の部分がきりきりと痛み始めた。曖昧な自分に対してとても嫌な気分。 「──……まあ、なんつーか、そこんところはしょうがねぇんじゃないのか。そこに知り合いいるのに気にするなっていうのは難しい話だし、まして仲良い相手じゃな」 私が言葉に詰まっていると黙って聞いていた倉持が言葉を繋げた。「公私混同すんななんて誰も思ってねぇよ」という倉持の発言がきりきりとした痛みを和らげてくれた。 「鈴森は、俺たちと…青道の野球部と関わってなかったら、青道は応援してたか?」 「自分の通ってる高校だから気にはするけど、試合結果見るくらいかも」 「稲実は?」 「稲実…というより、鳴一人を応援してる可能性はある」 「なんでだ?」 突然なんで倉持がこんなことを聞いてきたかはわからない。そして最後の問いの意味も。 「幼馴染みのよしみ、かな」 これしか理由は浮かばないけれど、そう言った私を少し不服そうに見る倉持が目の前にいた。 「鈴森にとって成宮はただの幼馴染みなんだな」 「なにそれ」と言ったとき、観客の歓声で私の声はかき消された。気付いたらグラウンドには青道と稲実が整列していて、球場が沸き上がっていた。私を取り囲む野球部のみんなも大きな声をあげ「青道頑張れー!」「今年こそ甲子園だ!」と力の限りエールを送っていた。 今日、どっちかが勝ってどっちかが負ける。 「青道がんばれ…」 勝ってほしいのは青道。 : : : ──…あれ、鳴ってこんなかんじだったっけ。 6回。鳴が登板した。 ビデオでも見ていたけど、目の前で見る鳴のピッチングはすごいの一言に尽きる。それに、普段の様子からは想像つかない気迫で、幼馴染みの鳴とはどこか違う気がした。 鳴の登板により流れが悪くなってきた青道野球部。 スタンドから必死に応援した。 応援した、けど。 青道高校の夏は今日、終わってしまった。 |